ぼっちの寵愛者
そして、アーネ以外にも俺の周りの人間関係には変化が起きていた。
それは———
「あ、イヴェルさん。おはようございます」
「お、おう。ア、アル——アルマか。ど、どうした?」
「あ、いえ、特に用事とかがあった訳では無いんですが、イヴェルさんと最近あまり喋れてないなー、と思いまして」
「そ、そういえばそうだな、だ、だが、すまないが、私はこの後学園長に呼ばれていてそちらに行かなくては——」
「そうなんですか。では、途中までお供しますよ」
「い、いや、いい!では、私はもう行くな!またな、アルト!」
イヴェルはそう焦ったように言うと、逃げるように廊下を走っていった。
というか、走って行った方向は完全に学園長室とは反対だし、最後に完全にアルトって言っちゃってるし……ツッコミどころが満載だ。
そう、イヴェルの様子が最近おかしい。
アーネが怒ったことに関しては思い当たる節が山ほどあるのだが、イヴェルに関してはそれが全くない。
俺が無自覚で何かをしたのだろうか。アレ、オレマタナニカシチャイマシタカ?
「やれやれ…これじゃあ本当にぼっちだな、俺」
アーネとは決別し、イヴェルには避けられ、シエルとは武術祭以降会っていない。
クラスメイト達も時々話しかけてはくれるが、どこかよそよそしさを感じる。まあ、編入してすぐに1ヶ月間も学校を休んでいたのだ。興味も薄まれば、気味悪くも映っただろう。
「ぼっちには慣れていたつもりだったが…結構、精神的に辛いものがあるな」
真に一人ぼっちとなった俺は、アーネやイヴェルの存在がどれだけ自分にとっての支えになってたのかをここでやっと実感した。
「アルト君、君は神を信じるか?」
「は?」
そんな学園生活を送ること、早3ヶ月。
孤独に寂しくもある一方で、平穏な俺の学園生活は学園長のそんな一言であっけなく終わりを迎えたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いや、深い意味はない。ただ、君の価値観を聞きたいだけだ」
学園長室へ呼び出されたと思えば、アーレットはなんの突拍子もなく、そんな宗教勧誘のようなことを言い出した。
「いや、深い意味なく生徒に神の存在について問うてくる学園長はなかなかやばいと思うんですけど…まあ結論から言えば、神はいますよ。この世界を創ったとびきり美人の女神様が」
それに対し俺は、神の存在を断言する。
「おお、断言したか。それは都合がいい。実は、隣国のワンド聖王国から君を国に招待したいという話があってな」
「ワンド聖王国ですか。それに招待?」
ワンド聖王国。
グレース王国に隣接する大きな国で、女神エリーナを唯一神として信仰している国家だ。国民を通じてその信仰は厚いとされている。因みに、聖女であるシエルの祖国だったりする。
「ああ、今度の週末、聖王国では女神祭というものが開かれるらしくてな。そこへ君を招待したいらしい。曰く、君が神の祈りを受けし寵愛者だとかなんとか言っていたか」
「はぁ」
神の祈りを受けし寵愛者、か。まあ心当たりがないこともない。
グレースダンジョンでエリーナと別れる直前、彼女は神の祈りを捧げるだのなんだのと言っていた気がする。多分それのことだろう。
「俺はその女神祭に行った方が?」
「ああ、君さえ良ければ聖王国へ向かってくれるとありがたい。それに、女神祭には毎年高名な魔道具の製作者達が自らの作品を出展するという。他にも様々な出し物があるようだし、いいリフレッシュにもなるだろう」
一応アーレットの希望を尋ねてみると、そのような返答が返ってきた。その返答の中にあった、ある単語に強く意識が向く。
「高名な魔道具の製作者…」
半年前のグレースダンジョン。
そこでエリーナに忠告された黒いローブの男の存在。彼女曰く、その男は恐ろしいほどに高性能な魔道具をいくつも所持しているのだと言う。
その男の具体的な名前は分からないが、彼が女神祭に参加する可能性もあるのではないだろうか。
「…どうかしたか?」
「…いえ、何でもないです。分かりました、女神祭に参加します。集合日時とか場所とかありますか?」
急に考え込んだ俺へアーレットが不審な目を向けるが、それを誤魔化して女神祭へ参加する旨を伝える。
アーネやイヴェル、シエル達と疎遠になっているとはいえ、彼女達に迷惑をかけてしまった過去が消えるわけではない。
今はただの装飾品としか振る舞っていないが、彼女らにつけられたピアスの意図は何なのか。
それに加え、グレースダンジョンを去る直前。エリーナに告げられたこと。
『きっと彼は——貴方の事情を知っています』
俺の事情というのは、他の世界からの転生者であるということだろう。何故、男がそれを知っているのか。他にも黒いローブの男には聞きたいことが山ほどある。
まあ、現地にその男がいるかは分からないし、それを見つけることのできる確証もないのだが。
「そう言ってもらえると助かる。集合時間は明後日の放課後。場所は一旦ここに集合だ。必要なものとしては———」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして迎えた聖王国への出発当日。
「さて、全員集まったか。まずは、私の急な頼みに応えてくれてありがとう」
大きな椅子に座ったアーレットが集まった面々に向けて感謝の言葉を述べた。
そう、学園長に集まったのは俺一人だけではなかった。まあそれは別に良い。1人だけで行っても暇だろうし、他に人がいた方が精神的にも楽になるだろう。しかし、
「学園長。それはいいのですが、」
「学園長。それは別にいいんですけど、」
「「何故、アルト (生徒会)がここに?」」
俺とイヴェルの言葉が綺麗に被った。
一緒に集まった生徒というのが、イヴェルやシエル、アーネをはじめとした生徒会メンバーだとすれば、その話は別だろう。




