スタバ
5層の造りは1層から4層でみられた迷路の様な造りではなく非常にシンプルで、5層全体が一つの部屋のように広い空間になっていた。その空間の中央には、瞳を閉じた一匹のモンスターが悠然と佇んでいる。
それ以外にこの階層には炎鳥や炎狐などのモンスターらしきものは見当たらない。どうやら階層主のいる階層では、他のモンスターは出現せず俺と階層主のサシで勝負をするようだ。
そしてその階層主というのが、中央に佇むモンスターなのだろう。
炎を纏った巨大な鳥———炎鳥とは違う、体長は10メートルを優に超える———は、俺が5層に入って来ても目を閉じたままで動こうとしない。
あのモンスターは確か————
「スタート • ザ • バーサーク...」
思い出した。
このダンジョンでの各階層主はすべて、四神をモチーフに作ったモンスターだ。そして今、目の前にいるのが、スタート • ザ • バーサーク。四神の朱雀をモチーフにして作ったモンスターだ。
俺がそれらを思い出すのと同時に、
「キュァァァァァァァァァ!!!」
でかめの赤い鳥こと、スタート • ザ • バーサークの目が開かれた。
スタート • ザ • バーサーク、通称スタバ。
俺が生み出したモンスターで、カイナミダンジョン5層の階層主だ。名前のセンスについては言及しないでくれると助かる。
さて、スタバの特徴についてだが、あいつは物理攻撃と魔法攻撃、そのどちらについても威力が非常に高い。そして本体は空を飛び、その動きも機敏。体力も非常に高いというまさに階層主という感じのモンスターだ。
また、更に厄介な点として、
「キィィィィィィァァァァァ!!!!!」
「ッ~~~~~~~~!!!」
——————この怪音波が挙げられる。
この怪音波が発せられると地面のランダムな場所から溶岩が噴き上がり、挑戦者はそれの回避を余儀なくされる。さらに耳がしばらくの間まともに働かなくなるし、キーンという音が脳内に響き渡り頭がうまく回らなくなってしまう。
「あの怪音波さえなんとか出来れば、長期戦に持ち込んで倒せそうなんだが...」
正常に機能しなくなった耳を擦りながら、その翼を靡かせる巨大な鳥を睨みつけて呟く。耳栓などがあればいいのだが、あいにく今は持ち合わせがない。あの怪音波を早くなんとかしなければ、いつか思考の乱れから致命的なミスを犯し負けてしまうだろう。
最悪、一旦引いて街に戻り、再度準備をして挑み直すという選択肢もある。面倒であったとしても、命は何物にも換えられない。
そんなことを考えているとき、頭にある案が浮かんだ。
「いや、そんなこと出来るか?上手くいけば、起死回生の一手になるかもしれないが...いや、やってみるか!失敗したら、さっさと逃げよう!」
怪音波でストレスが溜まっていた俺は少し自棄になりながら、その考えを実行に移すことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
5層の階層主、スタート•ザ•バーサークは苛立っていた。
「キィィィィィィァァァァァ!!!!!」
「ッ~~~~~~~~!!!」
彼は侵入者に対し再度怪音波を放つ。
その怪音波は普通の生命体が食らえば一撃で気絶する様な威力を持つ、いわば必殺技だった。しかし侵入者はその音波の直撃を避け、耳を塞ぎながらこちらの様子を油断なく観察している。
現在、彼の戦っている相手は1人のか弱い人間。しかも、成人ではなくただの子供だ。
自分の攻撃を一撃でも当てれば、その瞬間に吹き飛ぶような雑魚だ。
しかし現在までに放った攻撃は全て避けられており、その人間へ命中したものはない。それどころか人間の攻撃により、彼の体力は全体の3割ほどが削られている。
雑魚のくせにちょこまかと。
彼はそう思いながら、再度その人間に向かって何度も攻撃を仕掛ける。人間はその攻撃を最小限の動きで避ける。そして魔法で攻撃を仕掛けてくる。今までの戦闘はずっとそれの繰り返しだ。
次の攻撃も避けられて、相手は魔法を放ってくるだろう。彼はそう推測する。わざわざこちらから攻撃をするのは、人間のスタミナと魔力を少しでも削るためだ。
案の定、人間は彼の空中からの体当たりを難なく避ける。
体当たりを外した彼はこれから放たれるであろう魔法を避けるため素早く立ち上がり、人間の動きを観察する。するとその人間は予想とは裏腹に、素早い動きで彼の方へと突っ込んできた。
この動きには彼も驚き、つい、怪音波で動きを封じようと口を開いてしまう。開いてしまった。
その瞬間、接近してくる人間は何かを腰のあたりから取り出すと、それを彼の開いた口へ向かって投げつける。それは球状の物体で、それの中には、茶色の液体が入っていて——————
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「キィヤァァ——————!?!?!?????」
「よし!成功した!」
バリンッという何かが割れた音と戸惑うようなスタバの様子、怪音波がいつまで経っても聞こえてこないことから俺は作戦が成功したことを確信する。
スタバの口内に投げ込んだのはチンピラ退治の時にも使った特製水風船だ。
あれはガラスで出来ているためスタバの喉の辺りで割れた後、その破片が喉の内部に突き刺さり大変なことになっているだろう。更にガラスの中の液体は刺激性がとても強くとても臭い。傷口に沁みて激痛が走り、匂いで不快感は最高潮だろう。
階層主といえど喉の内側の防御力はそれほど高く無かったらしく案の定、スタバは喉の痛みと匂いに苦しんでおり、声も出せない状態のようだった。
「これで、とりあえず怪音波は封じた。後は喉の調子が回復する前にあいつを倒せばいいだけだ」
混乱状態から脱出したスタバは怒りの形相でこちらを睨む。先程とはまるで立場が逆転した様だ。
「おー、怖い怖い。目が血走ってるよ。でも悪いけど、お前を倒させてもらう」
「————————」
俺の言葉にスタバは潰れた喉で叫ぶ。そんなことをしても、回復が遅くなるだけだろうに。怒りで正常な判断ができていないらしい。しかし、それはこちらにとってありがたいことでしかない。
「では、5層突破といきますか」
小さくそう呟き、俺はスタバに向かって水魔法を繰り出した。




