ダンジョン攻略は時間がかかるね
エクリプスダンジョンの入り口から歩く事、一時間。
アルクターレから少し外れた森の奥、草木の下に隠されるようにダンジョンの入り口はあった。
「あぁ、なるほど。カイナミダンジョンだったか」
俺はダンジョンの場所や入り口の特徴から、このダンジョンはカイナミダンジョンであると断定した。カイナミダンジョンは現時点では、正真正銘の未発見ダンジョンである。
現時点では、と言ったのは小説内において、セインが学園の一年生のときにひょんなことから発見することになるダンジョンだからだ。彼はカイナミダンジョンを苦戦しつつも攻略し、強力なモンスターとの戦闘経験や様々なアイテムを得て更なる力をつけることになる。そのため今はまだこのダンジョンに名前はない。
セインが攻略した後に、カイナミダンジョンと名付けられるのだ。
「うーむ、これはどうしたものか...」
そんなカイナミダンジョンの入り口で俺は腕を組む。というのも、当たり前ではあるが俺がここでこのダンジョンを攻略してしまうと、このダンジョンは未発見ダンジョンでは無くなってしまうのだ。
未発見ダンジョンを攻略すると、初攻略報酬としてレアなアイテムを手に入れることができる。また何者も足を踏み入れていないため、既に発見されているダンジョンに比べ宝箱等のアイテムが豊富に存在すると言われている。
未発見ダンジョンを攻略するということは非常に危険だが、やはりそれだけの危険を冒す価値のあることなのである。
つまり、俺がここでカイナミダンジョンを攻略してしまうと、本来ここを攻略するはずであったセインはそれらの報酬を手に入れることが出来なくなってしまうのだ。
攻略することでどんなアイテムが手に入るかは全く覚えていないが、初攻略の報酬として手に入るアイテムであるので有用なアイテムであることは間違いないだろう。
「果たして、このダンジョンを攻略していいのだろうか...」
初攻略報酬などの本来はセインが獲得するはずのアイテムを、俺が獲得することで彼の成長に悪影響を与える可能性があるのではないか。それによりセインが魔王の討伐に至らない、或いはその道中で死んでしまうのではないか————
「いや、でも俺は実際に見つけるまでこのダンジョンの存在を忘れていたわけで、自分の実力で見つけたわけだし問題ない。最悪、セインに何か不都合があれば俺がフォローすれば良いか」
最終的にそう結論づけた俺は、明日からこのダンジョンに挑戦すべく、ダンジョンの設定や出現するモンスターについての詳細などを思い出しながら宿への帰路へとついたのであった。
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カイナミダンジョンを発見した翌日、本格的にダンジョンの攻略をするべく、再度その入り口の前に立っていた。
一晩中かけて考えた結果、カイナミダンジョンについて思い出したことが幾つかある。
まず、このダンジョンは全部で20層まであり、5層と10層、15層、20層にはそれぞれ階層主と呼ばれるボスモンスターが出現する。
出現するモンスターについては、1層から5層までは火属性のモンスターが、6層から10層までは水属性のモンスターが、11層から15層までは風属性のモンスターが、16層から20層までは土属性のモンスターがそれぞれ出現する。そしてセインはこのダンジョンを約1ヶ月で攻略した。
学園の1年生のセインがたった1ヶ月で攻略したと聞くと、易しいダンジョンであると勘違いしそうになるが、決してそんなことはない。彼はこのダンジョンをソロで攻略をしたのではなく、学園の友人5人とパーティーを組んで、1ヶ月かけて攻略したのだ。
更に、そのパーティメンバーは1年生だけなく、2年生や3年生をも含んでいたはず。つまりこのダンジョンは、才能のある若者しか通うことのできない学園の生徒5人が真面目に攻略した上で制覇するのに1ヶ月かかるダンジョンなのだ。
あらゆる方面において才能のない俺がソロで攻略するとなると、どれだけの時間が掛かるだろうか。
「半年に一度孤児院に顔を見せるっていう約束は守れなさそうだ」
攻略には短くても半年、長ければ1年以上かかるだろう。
しかし、このダンジョンを攻略するまではヌレタ村へ帰るつもりはない。
「まあ、死なない程度に頑張りますか」
俺は再度覚悟を決め、ダンジョンへと足を踏み入れた。
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カイナミダンジョンへ初めて足を踏み入れた日から、1ヶ月が経った。
「思ったより時間が掛かってるな...」
俺は現在、ダンジョンの2層にいる。3層以降には未だ辿り着けていない。というのもこのダンジョン、めちゃくちゃ広いのだ。
まだ2層ということもあって、正直モンスターは全く強くない。しかし階層の構造が複雑で、マッピングをしながらでないとまず確実に道に迷う。それを1層で身をもって知った俺はマッピングの道具を購入し、最初の半月は1層でマッピングの練習をしていた。
「マッピング、慣れてきたけど面倒なんだよな。でもこれをしないと、どれだけ経ってもこのダンジョンは攻略出来ないだろうし...」
こんな入り組んだ階層が20階層もあることを考えると、どれだけ面倒であろうともマッピングの練習をしないという選択肢は無かった。勿論、階層のマッピングだけをすればいいわけではなく、ダンジョンであるのでモンスターの相手もしなければならない。
1層と2層で出現する主なモンスターは、火鬼や火炎狼などと呼ばれるモンスター達だ。
火鬼とは、その名の通り火を纏った鬼で、体長は幼稚園生と同じくらい。額に角が一本だけ生えているモンスターだ。火炎狼についても名前の通り、身体に火を纏った狼のような姿をしたモンスターである。
火鬼は殴りなどの物理的な攻撃しかせず、動きもそこまで素早くないため攻撃を当てることも避けることも容易い。しかし火鬼は群れで行動していることが多く、一匹見つけたら周辺に十数匹いることもよくあり、囲まれたりすると厄介なモンスターだ。
一方で火炎狼は物理攻撃に加え、魔法でも攻撃を行い動きも素早い。しかし耐久力に乏しく、群れも3から5匹ほどと多くはないため殲滅はしやすいモンスターである。
どちらのモンスターも弱くはないが対応できないほどではなく、俺は水魔法を使いながらそれらのモンスター達を殲滅し、階層のマッピングを進めた。
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2層の探索も終了し3層に進むと、新しく体長2メートルほどの炎を纏った鳥、炎鳥というモンスターが出現した。
このモンスターは物理攻撃をしないものの、空から攻撃を行なってくるモンスターだ。またその動きは非常に機敏であり、攻撃がとても当てずらい。というか、マジで攻撃が当たらない。これは慣れるのに非常に時間がかかった。
しかし、炎鳥は群れる性質が無かったことと、攻撃を避けること自体は難しく無かったためピンチになることは特に無かった。まあ、攻撃が当たらないのでストレスの溜まる相手ではあったが。
俺は更に1ヶ月半を3層で過ごし、ほぼほぼ100%の精度で炎鳥へ攻撃を当てることが出来るようになってから4層へと進んだ。
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4層では炎を纏った狐のようなモンスター、炎狐が出現した。
炎狐は魔法でのみ攻撃を行うモンスターで、その魔法の威力と精度はとても高い。しかしそれらの魔法は避けられないほどではなく、当たったらまずいくらいのものだった。
また炎狐自体の体力や防御力は高くなく、炎鳥のように空を飛ぶわけでも、火炎狼のような機敏さがあるわけでも、火鬼のように同種で群れているわけでもない。
しかし、炎狐は今まで出現したどんなモンスターよりも厄介だった。
なぜかというと、炎狐は火鬼や火炎狼、炎鳥などの他のモンスターを数十体従えて行動をしていたからだ。
炎狐の攻撃を避けるだけならばなんの問題もない。しかし、炎狐に加えて取り巻きのモンスター達もこちらへ攻撃を仕掛けてくるためそれらの攻撃を避けることは非常に神経を使い、心身を疲労させるものだった。また一群のモンスターの数も多いため、殲滅にも非常に時間がかかった。更に炎狐の厄介なところはこれだけに留まらなかった。
「他のモンスターをエンハンスとか…あれはマジで反則だわ」
炎狐は自身と他のモンスターをエンハンスする魔法を使ったのだ。これをされるとモンスターの動きは機敏になるわ、力も強くなるわで本当に大変だった。
そんな訳で、この階層は非常に苦労を強いられながら探索を続けた。
炎狐達に苦戦を強いられる一方で、俺は炎狐との戦闘を繰り返す事でモンスターの気配などからそれぞれの位置を特定する空間把握能力、及びモンスターの攻撃を避け続けることで単純な身体能力と行動の観察力などが確実に向上していることを実感していた。
このダンジョンに挑み始めてから4ヶ月が経とうとしていた頃、遂に4層を抜けることができた。そして、
「想定よりも遥かに時間がかかったけど、ついに来たぜ。階層主!」
一度ポーションやアイテムなどの準備を万全に整えた俺は、このダンジョンの第一のボスが待つ5層へと足を踏み入れた。




