二度目の入学式
「———以上を以って、新入生代表挨拶とさせて頂きます。新入生代表、アイラ=グレース」
そう言葉を締めくくり、腰まで伸びた金色の髪をたなびかせた新入生代表の少女、アイラが壇上から降りる。
「うわ、流石だな」
その姿を見て、俺は思わず声を漏らす。
アイラの動きはその一挙一動が気品に満ちており、それらの動きが幼い頃から身につけられたものであることが容易く窺える。
それもそのはずで、グレースという名字から分かるように彼女は王族の一人でオスカーの妹にあたる。つまりはこの国の皇女様だ。
現在はグレース剣魔学園の入学式の真っ最中であり、俺はその式典に新入生として参加している。半年前まで通っていたとはいえ、名目上では編入生。つまりは新入生なわけだ。
正直サボろうかとも思ったのだが、昨日アーレットから直接入学式に出席するよう釘を刺されてしまった。曰く、国からの目を欺くためなのだとか。
迎えられる側として二度目の入学式。まあ今回に関しては、俺を迎えたくない人間も一定数いそうだが。いや、前回も平民という理由で気味悪がられていたか。
はは、二年経っても何も成長してないようだ。
「在校生挨拶。在校生代表、生徒会副会長シエル=ハースエル」
「はい」
降壇したアイラに続き、名を呼ばれた生徒シエルが壇上へと上がる。
はて、一昨年と去年の在校生挨拶はどちらも生徒会長が行っていたはずだが。今年は生徒会長のイヴェルではなく、副会長のシエルが行うようだ。何かあったのだろうか。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表し、歓迎の意を表したいと思います。学園での四年間が皆さんにとっての———」
そんなシエルの柔らかく澄んだ声は耳に入りやすく、新入生達はその歓迎の言葉にこれからの学園生活への期待を膨らませたことだろう。
「——以上を以って、在校生代表挨拶とさせていただきます。在校生代表、シエル=ハースエル」
「...」
だがしかし在校生挨拶を述べた後、舞台を降りるシエルのその表情が、俺にはどこか寂しげなもののように思えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、約半年間の退学期間を経て再度グレース剣魔学園へと入学し直した訳だが、その間にいくつかの変化があったようだ。
一つ目は———
「君が噂の編入生か!俺はバルトだ。これからよろしくな!」
「う、うん。よ、よろしく...」
焦茶色の短髪にラグビー選手のような屈強なガタイ。それにこのはっきりとした大きな声。
約一年前の総合特別演習。そこで魔人コネンサスによって殺されてしまった青年、バルトが生き返っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは3-Aの教室。
編入生という扱いの俺だが、入学式前に少し重めのテストを受けてその結果、編入生 (という設定) ながらもAクラス行きを許可された。
そして今は入学式が終わった後、自分の席に着いた途端にバルトが話しかけて来たところだ。まあ、小説の方でも長期休み中にセインが未発見ダンジョンを攻略してクラスメイトを生き返らせるという話は書いたので、こちらでもそうなるとは思っていたが。
そんな相変わらず元気なバルトの更に奥の方には、自分の席に着席し、授業の準備をするオッドアイの少女——エマの姿も見えた。彼女もバルトと共に生き返ったようだ。
「ちょっとバルト。アルマくん吃驚しちゃってるでしょ。距離感を考えなさい」
初対面にしては少し馴れ馴れしいバルトの態度を赤縁眼鏡が特徴的な少女、ロニーが注意する。因みに当然といえば当然なのだが、この場で俺はアルマという偽名を名乗っている。
「お、おう。そうか。すまんすまん」
「ごめんね、アルマ君。バルトはこういう奴なの」
バルトと喋ることが久しぶりなのは当たり前なのだが、バルトの死後、俺はロニーと喋る機会もほとんど無かった。
彼等が喋っている相手が”アルト”ではないにしろ、感慨深いものがあるな。
「だ、大丈夫。これからよろしくね、バルト君、ロニーさん」
「あれ?私、名前言ったっけ?」
ロニーの驚いたような様子に、一瞬だけドキリとする。
「え?え、えっと、編入が決まってから何回か授業の様子とかを見学させてもらってたから、みんなの名前は大体…」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、僕の名前とか分かる?」
「え?」
ロニーの指摘に思いつきの言い訳を述べていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。
そちらを振り向くと、そこには藍色の長い髪を後ろで一つに縛った青年が立っていた。
「...グルガー君でしょ?」
「おお、正解。本当に全員の名前を知ってるっぽいね」
「おー、流石だな。自分で言うのもなんだが、うちの学園に編入なんて余程優秀じゃないと———」
と、そんな風にバルト達は大して気にした様子もなく新しい話を展開し始める。
危ねー。つい、ロニーの名前が普通に出て来てしまった。上手く誤魔化せたみたいで良かった良かった。
だが、編入生である俺が初日からこういう風にクラスメイトと喋ることができるとは思ってなかったな。この学園では編入生など滅多にいるものではないだろうし、他の生徒から見れば得体の知れない奇妙な存在として映るはずだ。それこそ、入学当初の俺やセインのように。
だがそんな二年前の扱いとは打って変わって、今の俺の周りには暖かいクラスメイト達がいる。クラスがこんな風に良い方向へ変化したのは多分——
「お、いいところに。おーい!」
ふと廊下の方へ視線を向けたバルトが、大きな声をあげて手を振った。すると、それに気がついた青年が廊下からこちらに向かって歩いてくる。
その金髪碧眼の青年はこの半年間で背も大きく伸びたようで、俺の知っている幼さを少しだけ残していた青年とは受ける印象が少し異なって見えた。まるで本物の王子様のようだ。
「バルト、そんなに手を振ってどうしたの?」
「あれだ、例の編入生だ。名前はアルマっていうらしい」
そんな雑なバルトの紹介に預かった俺は、覚悟を決めてその青年——セインに向けて手を差し出す。
「どうも、アルマと言います。...よろしく、セイン——君」
「...うん、こちらこそよろしくね。アル——マ君」
俺とセインはまるで初対面かのように、自然な笑顔で握手を交わす。
そんな、俺達の様子をクラス内にいた全員が注目して見ていた。まるで、セインの対応次第で俺への対応を決定するかのように。
「じゃあ、僕は次の授業の準備があるから。またね」
セインは握っていた手を離すと、そう言って自身の席へと戻っていった。案の定というかなんというか、セインが戻っていったのはAクラスの首席、つまりは学年首席の座る席だった。
「やっぱ、セインは王族になっても変わらないよな」
「それはそうよ。セイン君だもの」
席へ戻り、着々と授業の準備を進めるセインを見てバルトとロニーが呟く。
これが変わったことの二つ目。
セインが王族の一員として正式に認められたことだ。
なんでもセインはこの半年間で未発見ダンジョンのソロ制覇や他国の組織に狙われていたアイラの保護など、輝かしい功績をいくつか達成したらしい。
その類稀なる才能及びその整った容姿から、王宮主導で精密な検査が行われた。その結果、セインが王族の一員であることが証明されたようだ。これに関しても原作と同様の流れであり、想定の範囲内ではあるのだが。
おおまかな話の流れとしては、元々セインは現国王とその元側室との間の子供だった。
しかしセインの母親は他の側室達との生活に耐えかね、物心つく前の彼を連れて王宮から逃亡。逃げ続けた結果セインの母はヌレタ村付近の森の中へと辿り着き、そこにセインを置いて本人はその後自殺......という流れだったような。
「...」
そんな王族の新たなる一員であるセインを一際強く睨む視線が一つ。同じく王族の一人である、オスカー=グレース君だ。
しばらくの間は鳴りを潜めていたが、今となってはセインをそれはもう敵意剥き出しで睨みつけている。まあ、オスカーからしてみればセインの王族入りは面白い話ではないだろう。
セインは王の子ではあるが正妻である王妃の子ではないし、誕生日はオスカーのそれよりもわずかに遅い。そのため王位継承権の序列はオスカーの方が高い。しかし純粋な実力及び人望についてはセインの方が一枚上手だ。王族や貴族の中からもオスカーではなくセインを次期王へ押す声が日に日に高まっているのだとか。
つまり、王族の長男であるオスカーにとっては、王位の継承が確実だと思っていたものが突然現れたセインという存在によって揺るがされようとしているのだ。まさに目の上のたんこぶ。そりゃあ睨みたくもなるだろう。
「取り敢えず、面倒なことに巻き込まれませんように...」
「え?何か言った?」
「いや、別になにも」
正体を隠したい俺にとって、面倒ごとに巻き込まれる事は是が非でも避けたい。
これから激しさを増すであろう王位継承権争いの火花がこちらへと飛んでこない事を、俺は小さく祈った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、変化したこと最後の三つ目はというと、
「…イヴェルさんが休学?」
「ああ、本日正式に受理された。なんでも家の事情だとかでな」
生徒会長であるイヴェルが家の事情で休学になっていたことだ。
まあイヴェルは剣聖の家系だし、そんなことがあっても別におかしくはな———いや、待て。
アーレットが言うには、イヴェルは家庭の事情で休学をしている。だったら何故、エリオットは何事もないように学園へ来ていたのだろうか。
剣聖であるイヴェルがわざわざ休学までしているんだ。只事ではないのだろう。
そんな家庭の事情を抱えながら、エリオットの方は普通に学園に来ることができている。これはどうにもおかしい気がする。
更に言えば、こんなことは原作の小説にはなかった。バルトやエマの蘇生もセインの王族化も小説内の設定と類似するものだ。だが、イヴェルが休学になることなど書いた記憶がない。
つまり彼女が休学するに至ったのは、この世界でのイレギュラー......俺が原因になった可能性が非常に高いといえる。
とはいえ、俺とイヴェルが最後に接したのは半年前の武術祭で——駄目だ。思い当たる節がない。
しかし、なぜだか分からないが物凄く嫌な予感がする。どうにもきな臭い。
「...分かりました。貴重な情報をありがとうございます」
「ああ、気にするな。…これはラーシルド家の中の話だ。その為、私は表立って動くことができない。だが、君に裏から協力をする事くらいは出来るはずだ。何か協力出来ることがあれば言ってくれ。今回は少し、嫌な予感がする」
最後にアーレットはそう呟くように言った。
彼女もなにか怪しいと感じているのか。この件は何か裏がありそうだ。
「...はい。そのときは頼らせてもらいます」
アーレットにそう告げて、俺は学園長室を後にする。
もしかしたら、俺たちが考えすぎているだけかもしれない。本当に家庭の事情でイヴェルだけが休学になっているだけかもしれないし、数ヶ月もすればひょこっと帰ってくるかもしれない。
...だが、アーレットの勘はよく当たる。
何事も無ければ良いのだが……取り敢えずは情報収集から始めるとしよう。




