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加藤→果糖

神は世界を創る。


しかし神とはいえ、己のみで世界を形作ることはそう容易いものではない。0から1を生み出し、1から100へ成長させなければならないからだ。


エリーナという女神は1を100へ昇華させることは非常に得意であったが、0から1を生み出すことが極めて苦手であった。



苦肉の策としてエリーナは、世界の種とも言えるその”1”をどこかから貰うことにした。彼女はあらゆる手段を介して、着想の種を得ようとした。その中でも彼女が着目したのは物語、作り話の世界だった。

著名な作品は駄目だ。他の神が似たような世界を既に創っている。


著名ではないが、極めてオーソドックス。そして何よりも彼女自身が創ってみたいと思えるような、そんな世界の種。



そんな条件の元、彼女が見つけたのは———


「——そんなわけで創られたのがこの世界で、その種の産みの親こそが、”ふるくとーす”...つまりは俺のことだと」


「はい。大まかにその経緯で合っています」


彼女の話の内容をざっくりとまとめた俺に、エリーナは頷く。


ふるくとーすとは、前世で使用していた俺のペンネームだ。なぜそんなペンネームにしたのかって?いちいち説明させるなそんなこと。恥ずかしくて死にそうになる。


因みに俺は小説内でエリーナという名の女神を幾度か登場させていたのだが、それと目の前のエリーナとの間には全く関係がなく、名前とポジションが一致していたのは全くの偶然のようだ。


そんな話をするとエリーナは、


「これって運命だと思いませんか?」


と、茶目っ気たっぷりに笑っていた。

前世の俺、マジでグッジョブ。



「というか、そもそもどうして俺はこの世界に転生したんですか?ま、まさか...」


「いやいやいや、私が貴方を死ぬよう仕向けたわけではありませんよ!そんな眼を向けないでください!ただ、参考にした作品の著者である貴方が倒れるところを偶々見まして、せっかくなら私の創った世界にご招待しようと思っただけです!恩人である貴方をあのまま死なせたくなかったですし、それに上手に世界を創れたので貴方にも見てもらいたかったんです。...ご迷惑、でしたか?」


エリーナは始めは焦るようにその手を振って否定し、最後には叱られるのに怯える子供のような顔を向けた。


「...迷惑なんてもっての外です。むしろ、エリーナ様には感謝してますよ。俺をこの世界へ連れてきてくれてありがとうございます。まあ、少し驚きはしましたが」


エリーナにそんな顔をされたら迷惑だと言えるはずもないし、転生したことを迷惑だと思ったことは一度もない。

むしろ、ライトノベルのようだとめちゃくちゃ喜んでいた。


というか彼女の目的は、俺にこの世界を登場人物として過ごして貰うのではなく、客観的に見て貰うことだったのか。だから俺は、物語の登場人物でもなんでもない村人アルトAに転生したわけだ。ようやく合点がいった。


「...そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたいです。この世界の種をくれた上に、邪神の存在を伝えてくれた恩人である貴方を易々と目の前で死なせるわけにはいきません。勿論、貴方の願いである少年たちの蘇生及び記憶の消去も私が責任を持って行います」


続けてエリーナはそう宣言をした。


「ええっと、俺からしてみればとても有難いんですけど...それって大丈夫なんですか?」


神はあくまでも世界の管理者であり、それの動きに干渉してはならない。

そんな感じの設定はラノベの中ではありふれた設定の一つだ。現にエリーナは先程まで願い事の数に制限を課していた。きっと何かしらの制約はあるのだろう。


「貴方はソロでこのダンジョンの100層までを踏破し、そこに居座っていた邪神の存在を私に知らせ、更にはこの世界のまさしく生みの親なのです。貴方の願いを3つ叶えるのには、十分すぎる理由ではありませんか?」


あー、うん、なるほど?

つまり、エリーナ自身が納得できるような理由を作れれば良いってことか?意外と緩いなこのルール。


「そういえば、邪神ってなんですか?俺、書いた記憶がないんですけど」


「そうですね。邪神とは正規のルートを通らず、その世界の神になろうとする存在です。先ほども説明したように、神は自身で自分の管理する世界を創ります。ですが邪神は他の神が創った世界に忍び込み、正規の神の名を騙って人々からの信頼を得ようとします。その邪神が正規の神よりも多くの民の信仰を得ると、その世界での神は入れ替わります。その邪神が正規の神となるということですね。その言わば、泥棒の存在を知らせてくれた貴方は間違いなく私の恩人なのです。幸いにもあの邪神はまだそこまで力をつけていなくて、簡単に追い出すことが出来ました」


俺の素朴な疑問にエリーナは詳しく丁寧に説明をしてくれた。


邪神こわ。神も大変なんだな。

てか、追い出したって...わざわざ醜いモンスターの姿にする必要はあったのだろうか。


表には出していなかったが、エリーナも普通に腹が立っていたのだろうか。


「なるほど。邪神については分かりました。ですが、邪神の存在を知らせたというのは?」


俺は続けて質問をする。

これはさっきから気になっていたことで、俺はエリーナへ邪神の存在を伝えた覚えなんてないのだ。というか、最初は邪神のことを普通に信じていたし。


「それは貴方の闇魔法のことです。私たち神は、自らの弱点である闇魔法の存在にとても敏感です。そんな闇魔法が急に何十個も感知されたので普通ではないと思い、ここに駆けつけることができたのです。その結果、邪神を見つけることができたというわけですね」


おお、なんたる偶然。

女神の弱点を突こうとしたのは事実だが、それがエリーナへ異常を伝える最適解だったとは。俺にその気は全く無かったのだが、結果オーライだ。


「...なるほど。本当に色々とありがとうございます」


「いえいえ。恩を返す身として当然のことをしたまでです。あの、最後に少しだけいいですか?」


「はい、なんですか?」


「今代の魔王のことで…少しお願いがあります」


「魔王、ですか」


エリーナから出た魔王という単語。

それを聞いた途端、脳裏にはかつての先輩の姿がよぎる。


「はい。今代の魔王ですが——貴方の思い描いた魔王像とかなり異なっています。今代の魔王は人類のことはおろか、魔人達のことすらも全く考慮せず、自らの利益しか考えていません。それのせいでと言いますか、特に魔王軍の動きが貴方の書いたものと大きく異なっています。これは恐らくですが、きっと今代の魔王は何らかの理由によりこの世界へと紛れ込んだ、貴方と同じ転せ———」


「——なるほど、話は分かりました。つまり、俺に魔王を倒して欲しいということですね?」


エリーナの話を遮り、俺はその結論を導く。


「...端的に言ってしまえばその通りです。私はこれ以上、この世界を...荒らして欲しくはありません」


エリーナは悔しそうな顔をして振り絞るように言った。


相当悔しかったのだろう。好き勝手をする魔王を見て、それでも何もすることの出来ない自分が。この世界の創造者、管理者でありながら自身ではそれに干渉することが出来ない。


それが、神というものだ。


「...分かりました。元々その予定でしたし、女神様の頼みとあれば絶対に遂行して見せます」


「...ありがとうございます」


その言葉にエリーナは、とても嬉しそうな顔で礼を言う。


「あとそれとは別にですが——黒いローブを羽織った男には注意してください」


「!!、どうしてそのことを…」


真剣な顔に戻ったエリーナの忠告に、思い返されるのは去年の文化祭の日。突如現れた黒いローブの男たち。


何故、彼女がその存在を知っているのか。


「すみません。あまり詳しいことは言えないのですが…その男は、恐ろしく高度な魔道具を大量に所有しています。その詳しい目的は分かりませんが、きっと彼は——」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「じゃあ俺はもう行きますね」


エリーナとの少しの話し合いを終えた後、淡い青色に包まれる扉の前で俺は彼女に告げる。


この世界の女神である彼女に聞きたいことは山ほどあるが、いつまでもここに居座るわけにはいかない。お別れの時間だ。


「はい。…あの、もし良ければなんですが、手を出して貰えませんか?」


「?、手ですか?」


そんな要望に両手を差し出すと、エリーナはそれを外側から自身の両手で包み込んだ。


「!!?」


柔らかく温かいものが俺の手を包む。


「最後に貴方へ神の祈りを授けます。御守り程度ですが、貴方の、ふるくとーすさんの無事を願って。祷」


エリーナがそう唱えると、俺たち2人を囲むように金色に光る雪のような粒子が降ってきた。なんとも幻想的な光景だ。


「むっ」


「ありがとうございます——ってどうしました?」


それの礼をしようとすると、エリーナはその手に包む俺の手を見つめて不機嫌そうな顔をしていた。ん?どうしたんだ?


「あの、エリーナさ——」


「——いつの間に?あ、多分あの亜空間に逃げ込んだときですか。...これを壊しては色々と不都合が起こりそうなので今は見逃しましょう。ですが私の恩人に勝手に...少しくらい嫌がらせをしても...」


エリーナは俺の声が聞こえていないのか、ブツブツと何かを呟いている。

だ、大丈夫かな?






「では、ふるくとーす、改めアルトさん。また会いましょう」


「は、はい」


数分間に渡ってブツブツと考え事をしていたエリーナは、今度は怖いくらいの笑顔になって、俺をダンジョンの外へと送り出した。

一体なんだったんだろうか。


「まあいいか」


淡く光る扉を渡り久しぶりにダンジョンの外へ出た俺は、眩しすぎる陽の光に目を細めて呟く。




こうして、グレースダンジョン攻略は幕を閉じたのであった。

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