ダンジョンと気配
冒険者登録は思いの外簡単で、申請をしてから10分ほどで登録することができた。
冒険者登録と同時に冒険者カードなるものが発行され、そのカードには名前やランク、モンスター討伐数、依頼達成数などの情報が記録されるようだ。
冒険者のランクとは、モンスターの討伐数や依頼達成数などの実績に応じた冒険者個人の強さや信頼度を示す指標の一つだ。
単に指標の一つとはいえ、冒険者にとってランクとは己の価値を示すものである。ランクが高い者とはその実力をギルドから認められた者であり、多くの人から尊敬される対象となる。ランクはFからAまでの6段階に分けられていて、俺の冒険者カードに書かれている文字はFだ。
冒険者登録をした者は全員Fランクからスタートをし、冒険者達は己のランクを1日でも早く1つでも上へ上げるため日夜戦いへ身を投じる。因みに我が父親は、冒険者を引退したときにはCランクだったらしい。
Cランクと言うと少しショボく聞こえるかもしれないが、現在、在籍している冒険者の中でAランクに所属しているのは上位1%以下だと言われている。Bランクは上位10%、Cランクでは上位20%、Dランクで上位40%、Eランクで上位60%程度だ。
このことから分かるように、ランクを上げることはそう簡単なことではない。冒険者登録をしてから引退するまで自身の最高ランクがEランクだったとか、なんならずっとFランクだったという話も珍しくない。
つまり親父は、結構腕利きの冒険者だった訳だ。その親父に冒険者になることを認められたことは、自分の中でかなりの自信になっていたりする。
「冒険者登録も済んだし、今日はもう宿を探して、明日にでもダンジョンに潜ってみるか」
色々な事があり少し疲れていた俺は早めに冒険者贔屓の宿に入り、ダンジョンに挑むための準備をしてから床へ就くのであった。
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アルクターレダンジョン。
その名の通り、アルクターレ内にいくつかあるダンジョンの中でも都市を代表する場所であり、駆け出し冒険者がまず初めに挑むことの多いダンジョンである。アルクターレダンジョンは都市内にあるダンジョンの中でも群を抜いて易しく、駆け出し冒険者がダンジョンに慣れるため挑むことが多い。
そして今日、そのアルクターレダンジョンの元を訪れた訳なのだが...
「完全に観光地じゃないか、これは」
アルクターレダンジョンの目の前で俺は、一人ひどく落胆して呟いた。
初めてのダンジョン攻略に向けて期待と高揚に満ちていた心は、一瞬にして落胆へとその姿を変えた。
まず、ダンジョンの入り口の真上にでかでかと『ようこそ!アルクターレダンジョンへ!』と書かれた横断幕が設置されている。
またダンジョンの入り口付近にはいくつもの屋台が出店しており、ポーションや魔道具などのアイテムから、アルクターレの名産品、更にはアルクターレダンジョンの各階層の地図、攻略法を記した本まで様々なものが売られていた。
因みにポーションとは、飲むだけで体力や魔力を回復することのできる内服薬である。内服薬とは言うが、飲まなくとも体にかけることでも一応体力や魔力を回復することはできる。しかし、その回復量は飲んだときと比べて半分程度になるので、ポーションは出来るだけ飲んで摂取するのが普通だ。ダンジョン攻略、特に階層主と呼ばれる強力なモンスターとの戦いでは必須のアイテムである。
そんなポーションがダンジョンの前で売られていることは理解できる。しかしアルクターレの名産品やダンジョンの攻略本などが売られているのは、到底理解できない。
ダンジョンへは遊びに行くわけではないし、ダンジョン攻略とは未知のモンスターと戦いながら階層の構造を観察し、理解して、それらについて考察し、攻略法を探っていく、自身の腕っぷしと頭脳の両側面を用いながら攻略することが醍醐味であると思っていた。
そんな俺の思いに反し、前述のようにアルクターレダンジョンは観光地のような場所であり、気持ちは完全に冷めてしまっていた。
「完全に期待外れだ」
これまで抱いていたダンジョン像というものは、暗くて湿っぽく、冒険者が己の力を限界まで引き出しながら進んでいくものであり、決して賑やかで入り口周辺に出店が出ているようなものではなかった。
「今日はもういいや、帰ろう」
完全にやる気を削がれてしまった俺は何をすることもなく、アルクターレダンジョンを後にしたのであった。
とはいえ、このまま真っ直ぐ宿に帰ってもやることがないということで、付近を散策しながら帰ることにした。散策の途中でアルクターレ周辺の地図を購入し、魔道具店や他のダンジョンの場所などを確認する。
明日こそ何かしらのダンジョンに潜る決意をした俺は、アルクターレに存在するダンジョンの中でも比較的郊外に位置しているダンジョンに狙いを定め、今日はその前まで下見をすることに決めた。
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「まあ、アルクターレダンジョンよりはマシか...」
アルクターレダンジョンを離れ、数時間歩いた地点。エクリプスダンジョンの入り口前まで到着した俺は、その付近を見渡す。
エクリプスダンジョンには、街の中心部に位置するアルクターレダンジョンほどの人や賑わいは無いものの、やはり出店なども数店舗ほどは見られた。
「どこのダンジョンもこんな感じなのか?俺の抱いていたダンジョンとは一体...」
なんだったのか。そんな言葉が溢れる直前、あることに気がついた。
「…森の奥から、魔力の気配がする。しかもこの感じ…ダンジョンか?」
そもそもダンジョンとは、多種多様のモンスターの巣窟である。そしてモンスターとは魔力を帯びた生命体であり、その魔力量は人間よりも多い。そのためダンジョンからは常に一定の魔力が放出されており、放出される魔力の密度が濃いほど強力なモンスターが、量が多いほど数多くのモンスターが、ダンジョン内にいるとされている。
俺は幼少期から魔力の扱い方については毎日のように練習を行なっていたため、魔力の存在には敏感になっている。そんな俺でも集中しなければ何処から漏れ出た魔力なのかを認識できないくらい、微弱な魔力がこのエクリプスダンジョンの更に向こうにある森の奥から感じられた。
前述のようにエクリプスダンジョンは、アルクターレにあるダンジョンの中でも都市の中心部から外れた郊外の方にあるダンジョンである。改めて地図を確認するが、それの付近に他のダンジョンは確認されていない。しかし、確かに微弱な魔力が森の奥から感じられるのだ。
「まさか——未発見ダンジョン…か?」
未発見ダンジョン。
その名の通り、未だ誰にも見つかっていないダンジョンのことである。
誰にも見つかっていないため、その中には見たことのないモンスターや鉱物などが手に入る可能性があり、それの報酬を独り占めすることができる。しかしその一方で、当然だが情報のないダンジョンほど厄介なダンジョンはなく、その攻略には常に危険が付きまとう。
だが自身の成長と未知、そして危険を求めるダンジョン冒険者にとって、未発見ダンジョンの発見及び攻略は一生に一度は達成したい名誉とされている。
ドクンッ、と胸が高鳴るのを感じる。
本当にこの先にダンジョンがあるかは分からない。仮にダンジョンがあったとしても、地図を作成した人が記し忘れていただけかもしれない。
しかし、もしかしたら、もし、これが未発見ダンジョンなのだとしたら。
紛れもないこの俺が、誰も足を踏み入れたことのないダンジョンの発見、そして攻略をすることができるかもしれない。
「母さん、ごめん」
無理をしないという約束をして冒険者になることを認めてもらったが、もし、この魔力を辿っていった先に未発見のダンジョンがあったなら...
俺はどんな無理をしてでも、そのダンジョンへ挑むだろう。




