第29話 I treasure you
三年前
姉妹であるティーレとアイリは、新人としてイタリアの〝光拠点シエラ〟で活動していた。
姉のアイリは持ち前の身体能力とマイナスの二種属性を活かす事が出来る薙刀を主力武器として扱い、一年程の期間でイタリアの主力に選出される程の活躍をしていた。
シエラの代表を務める方からの厚意で主力となった妹のティーレは、アイリの薙刀を扱う姿に憧れ双頭刃式槍を使用していた。
しかし、素早く動く事が苦手だったティーレは双頭刃式槍を上手く扱えず、同行する仲間達に迷惑を掛けてしまっていた。
アイリは前線に立つ程の主力として活動しながらも、ティーレをいつも気に掛けていた。
ティーレが仲間達と出掛ける時には、必ず見送りに来て目的地と依頼内容を確認して、ティーレが安全に依頼を終えられるかを判断していた。
良い時には、『足引っ張んないようにしなさい!』と言って送り出す。
悪い時には、『ティーレじゃ無理!私が替わりに行ってくるから留守番してて!』と言ってティーレの替わりにアンリが依頼を受けていた。
そんなある日、拠点から然程離れていない山に入った一人の女性が行方不明になっているとの連絡があった。
その山は、シエラで近頃〝黒フードの怪しい男〟が出没するという噂によって国内で警戒されていた山だった。
そんな山で女性が一人行方不明になったという連絡を受けたシエラは、女性を連れ戻すだけの依頼だからと軽視し、捜索隊十名が選出された。
その捜索隊に選出された一人が、イタリアの主力であるティーレだった。
通常の依頼と同様に、出発の準備をしてからシエラの入り口に集合した仲間達と共に依頼の山へと第一歩を踏み出した。
その時、背後から聞き慣れた声が聞こえたティーレが振り返ると、桜色のサイドテールを揺らしたアイリが、手を振りながら駆け寄って来た。
「アイリ!」
「ティーレ!はぁ……はぁ……い、依頼受けたんでしょ?ちょっと見せなさいよ!」
「うん、良いよ?これが今回の依頼書類」
アイリはティーレから書類を受け取ると、依頼の内容を隅から隅まで確認していった。
「……えっ!この山ってあのフード男が出るって噂の山じゃない!なんでこんな依頼をティーレが?」
「え?だって女の人を連れ戻すだけだよ?」
「だから何?その女が、フード男と繋がってたらどうするの?……駄目、今回の依頼は私がやるからティーレは留守場してて!」
悪い場合の流れだったが、アイリの焦り方に違和感を感じたティーレは、アイリから依頼書を奪い取った。
「なっ!何すんのよティーレ!返しなさい!」
「駄目!もし噂が本当だったらアイリだって危ないもん。アイリに何かあったら私……一生後悔するから」
「私がそんな奴に負けると思うの?ティーレみたいな弱い子を行かせる方がよっぽど心配なの!」
そう告げたアイリは、ティーレに目を合わせたまま真剣な表情で右手を差し出した。
「……お願いティーレ。私を信じて待ってて?私は、ティーレを守る為に強くなったんだから……今貴方の為に使えない強さなら、意味が無いの」
「…………わかった。でも、お願いだから無茶な事だけはしないでね……アイリ」
アイリを信じていたティーレは依頼書を手渡した後、小指をアイリに向けて差し出した。
「こんな約束……意味無いかもしれないけれど」
「そんな事無いわ!ティーレ……この約束がある限り、私は死んでも貴方の元に帰ってくるわ!」
二人の様子を見ていた捜索隊の仲間達は大袈裟だと笑っていたが、二人はこの約束をする事が後悔しない為に一番大切な事だと感じていた。
ティーレと約束を交わしたアイリは、姿が見えなくなるまでティーレに向けて笑顔で手を振り続けていた。
―*―*―*―*―
アイリが心配だったティーレは、シエラの入り口でアイリ達の帰りを待っていたが、出発してから半日程経っても、アンリ達が帰って来る事は無かった。
(朝早くに出発してからもう半日経った。なのに、なんでアイリ達は帰ってこないの?山はそんなに離れていない筈だし、往復でも三時間程あれば十分戻って来れる筈なのに)
噂の山まで様子を見に行こうとした時、アイリとの約束を思い出したティーレは、シエラの入り口に戻ってアイリの帰りを待った。
(女の人を探すのに時間が掛かっているのかも知れないし……もう少しだけアイリを信じて待っていよう)
それから数時間が経過し、日が少し沈み始める時間になってもアイリ達は帰ってこなかった。
(……ごめんアイリ……約束、破るね!)
入り口で座り込んでいたティーレは、立ち上がると捜索用に準備していた双頭刃式槍を持ってアイリ達の向かった山へと駆け出した。
―*―*―*―*―
ティーレが山に辿り着いた時は、まだ赤い夕日が差し込んでいて周囲の状況を確認する事が出来る明るさのままだった。
(良かった。まだ明るい内に山まで来れた……でも、私がこの時間で山まで来られたなら……やっぱり遅いよね)
ティーレは山の中にいる筈のアイリを探す為に、山の中へと足を踏み入れた。
(凄い臭いがする……生臭い。でも、辺りに人影らしき物は何も……)
山の奥へと歩み進んでいたティーレは、大きな木の上に〝何か〟を見つけた。
(なんだろうあれ?ボール?)
木の上に引っ掛かっていたのは、赤いボールの様な物だった。
そのボールは綺麗な円ではなく歪な形をしていてボールの左横からは、赤いリボンのような物が一本垂れ下がっていた。
(変な形のボール……子供が遊んでいた物が引っ掛かったのかな?)
ティーレはそのボールに違和感を感じつつ、再びアイリ達を探し始めた。
その後もアイリ達を探し続けたが、捜索隊を一人として見つける事が出来なかった。
(なんで誰もいないの?……急がないと日が沈んじゃう)
そんな事を考えていると突然、周囲の樹木が振動する程の音が周囲に響き渡った。
「えっ!……なんの音?」
不自然な音に対してアイリの存在が頭の中を過ったティーレは、音の発生源へ向かって一目散に駆け出した。
ティーレが辿り着いた場所は、先程歪なボールを見つけた大きな木だった。
(あれ?誰かいる)
そこにいたのは、木にもたれ掛かるような態勢で座り込んだ〝黒い隊服〟の女性だった。
(綺麗な赤い髪……)
夕日のように紅の長い髪をした女性は、百八十センチ後半くらいの身長をしていた。
(あれは……刀?)
全体の殆どが紅蓮に染められた、日本刀の二倍程の大きな大刀を、女性は逆刃にした状態で持っていた。
(……あれ?あそこに刺さっているのって、さっきのボール?)
彼女の側には、あの変わった形状のボールを木の枝に突き刺して作った歪なオブジェが、地面に立てられていた。
(……見覚えがある……あのボール……いや、ボールなんかじゃない)
「…………アイリ?」
木の枝に刺さっていたのは、首から下が無い血に染まったアイリの頭部だった。
リボンのように垂れ下がっていたのは、アイリのサイドテールが血に染まっていた為に、そう見えていただけだった。
(…………アイリ……嘘。これは夢?……幻?……こんな事、あり得ないよ)
ティーレの声が聞こえたのか、木にもたれ掛かっていた女性は冷たい瞳をティーレに向けた。
視線に気付いたティーレは、咄嗟に付近の樹木に身を隠した。
ティーレが周囲の様子を確認しようとした時、急に視界が悪くなった。
(なんで……こんなに、視界が悪いの?)
その時ティーレの瞳からは、涙が滝のように頬を流れていた。
アイリの死を必死で否定しようとする一方で、目の当たりにしてしまった真実が頭から離れず、ティーレは涙を止める事が出来なかった。
「アイリ……」
ティーレは、アイリと約束を交わした小指を握り締め涙を流し続けた。
その直後、背後から轟音が鳴り響き強い衝撃がティーレの身体を襲った。
「え?」
その衝撃を受けた瞬間、左右の視界が上下に少しずつズレ始めた。
(あれ?なんで……)
「まだ人間がいたんだな……こんな所にいると危険だぞ?〝私の様な人間に出会ったら〟大変だ」
彼女が〝軽く〟振り下ろした大刀から放たれた紅蓮の斬撃は、地面を割りながら樹木に隠れていたティーレ諸共、紙のように真っ二つに切り裂いていた。
(……ごめん……なさい……アイリ)
私が弱いせいで、貴方を死なせてしまった。
私があの時選択を間違えたせいで、貴方を死なせてしまった。
約束を破ってまで、無様に死んでしまった私を……どうか……〝赦さないで下さい〟。
ティーレが最後に見た景色は、正面に一つだけ聳え立っていた筈の山が二つに分かれている姿だった。
―*―*―*―*―
「……遅いぞ、何をやっていた?」
「俺じゃない。こいつがチンタラしてやがるからだ」
「え〜だって山登りして疲れちゃった⭐︎」
(ムカッ)
「しゅん……」
山を二つに割った女性は、月夜の中ようやく現れた二人を見て呆れた顔をした。
二人の内、一人は〝黒いフードの男〟、もう一人は黒いベビードールの様な衣服を身に纏い、〝金色の髪を揺らし、自身の倍程ある大鎌を引き摺った少女〟だった。
「ねぇねぇ!あの光アジト、潰さないの?きっと面白い事になるよ?」
「駄目だ。〝あの人〟から許可も出てないのにそんな事出来るか……〝一瞬で血肉になりたいんだったら〟俺は止めないがな」
「それは嫌。だって……恋人に見せる前に身体を傷付きたくないもん⭐︎」
「……ウザい」
「しゅん……」
大刀を向けられ、しょんぼりした少女はフードの男に目をウルウルさせながら視線を送った。
「お前……その態度をそいつが嫌いなの知っててやってるだろ?自業自得だ」
「そんな事ないよ?私は、人の嫌がる事はしないのだ⭐︎」
(ドヤァ〜)
少女を無視した黒フードの男は、光拠点シエラを指差した。
「楽しみは、最後に取っておくもんだ」
男がそう言い残し闇の中に姿を消すと、男の後を追って女性二人もその姿を消していった。
―*―*―*―*―
「全く……世話が焼けるんだから」
紅の斬撃とティーレの間に割って入ったアイリは、大きく手を広げながら微笑んでいた。
(私は、また誤ちを繰り返すの?)
「アイリ!!」
微笑みかけるアイリに向けて、ティーレは涙を流して手を伸ばした。
(そんな事はさせない!)
ユキは、アイリが置き去りにした薙刀を振りかぶると同時に結晶を纏わせた。
「私の目の前で、残酷な結末を迎える事なんて赦さない!」
(即興技!結晶の槍!)
ユキは結晶を纏わせた槍を、アイリと紅の斬撃の間に向けて全力投槍した。
アイリが紅の斬撃に呑み込まれかけたその時、結晶の槍が紅の斬撃に接触し結晶化させると、連続で放っていた斬撃全てに連鎖するように次々と結晶化していき、結晶化を終えた全ての斬撃は音を立てて同時に砕け散った。
「……あぇ?」
瞳を瞑り覚悟を決めていたアイリは、一向に衝撃が来ない事に違和感を感じて背後を振り返った。
「……はぇ?」
アイリは視界を埋め尽くす程の範囲に存在していた斬撃が忽然と姿を消している現状に思考が追い付かず、その場で唖然としていた。
立ち尽くしていたアイリに、ティーレは勢い良く抱きついた。
「むぎゅ!」
「良かった!……本当に良かったアイリ!」
胸に顔を押しつけられたアイリは、最初は必死に藻搔いていたが、その内ピクリとも動かなくなった。
「良いのかい?あれ?」
その光景を見ていたレンは、少し心配そうな表情をしながらユキに視線を向けた。
「あれで死んだなら、仕方ないんじゃない?それだけあの子が騒音娘の事を想ってたって事でしょ」
「誰が騒音娘よ!」
必死に身体を回してユキに視線を向けたアイリだったが、抱き付きから逃げる事が出来ず、抱き付かれたままの状態でユキを指差した。
「生きてたの?……しぶといわね 」
「……なんで私を助けたのよ。敵でしょ?馬鹿じゃないの?」
「別に、私との戦いから逃げたから止めただけ」
「逃げてないし!……あとティーレもそろそろ離れなさいよ!」
アイリは引き剥がそうと試みたが、ティーレが頑なに離れようとせずピタリと抱き付いていた。
「はぁ……はぁ……」
(ティーレってこんなに力強かったっけ?)
ユキはそんな二人に向けて、ゆっくりと雪月花を振り翳した。
「あんた達二人の全力を見せて。どんな結末になろうとも……この一撃で終わらせてあげる」
「二人の全力……」
「見せてあげようよアイリ!……私達の絆!あの二人よりもずっと強いって所を」
ティーレがようやくアイリを解放すると、双頭刃式槍に属性を纏わせた。
「ティーレ……」
「アイリは……恨んでいるかもしれないけれど……私は転生する前からずっと、アイリの事が大好きだから」
「…………私は、今でもティーレの事恨んでる。でも、この世で一番失いたくない……この世で一番大好きな子……かもしれない」
顔を赤面させそっぽを向いたアイリは、付近に落ちていた薙刀を拾い上げ、属性を纏わせた。
「僕らもあんな感じにするべきなのかな?」
「……馬鹿」
顔を合わせずに雪月花を構えたユキの耳は、真っ赤に染まっていた。
「終わらせるわよ。次の一撃で、この戦いを!」
御拝読頂きありがとうございます。
今回はアイリとティーレの過去について語られました。
次回はついにアイリ&ティーレ戦が決着を迎えます。
そして物語は、謎の少女が語った終焉の日へと刻々と進み始めた。
次回 第30話 世界で一番大切な貴方へ
お楽しみに!




