第33話 非凡と凡庸
旧ロシア本部アプラリュート・ヌイ 訓練場
「近接戦での勝機に、望みを掛けたのか……」
恐怖の滲んだ表情で駆け寄ってくるアーミヤを見て、スラーヴァは目を細め、右手を胸部前に構えた。
「お前は、何を見て来たんだ……」
息を吐いたスラーヴァは、悲しげな声で呟くように言葉を発した。
「っ!?」
(初めて見る構え。あれは——)
ズガァァァァン
その時、突如として雷鳴が轟いた。
「くっ!なんだっ!?」
視界を埋め尽くす金色の閃光から瞳を庇うように、アーミヤは左腕を眼前に上げ、視界不良からの奇襲を回避するべく飛び退退いた。
「……今のは一体?」
徐々に光が消失し、周囲の状況を確認出来るようになったアーミヤは、ゆっくりと左腕を下げながら何気なく天井へと視線を向けた。
「なっ!?」
アーミヤは、本来であれば存在するはずの雷の皇帝を貫き、露わになった天井に開けられた穴を目にして驚愕した。
(あれは……今、開けられたのか?しかも、天井だけでなく、私の雷の皇帝さえも貫通した……だと?)
「……そんな、馬鹿な」
一瞬の間に起きた出来事に唖然としていたアーミヤは、ゆっくりと視線を下に向け、原因となったモノを直視した。
「っ!?」
それを直視した瞬間、アーミヤは自身の血の気が引いていく感覚を味わった。
視界の先のスラーヴァが携えるは、全長八十センチほどの軍刀。
それは右手で握られ、切先は天へと向けられている。
金色の属性で形成された雷の刀身には、紅の電撃が不規則に迸っていた。
(あれは……シャシュカ?)
シャシュカとは、ロシアの一部地域で使用されていた軍刀。
両刃ではなく片刃のみで、鍔が無く、反りは小さく幅の広い刀身と、非常に短い柄が特徴である。
「スラーヴァさんが、刀剣を使っていたなんて」
(私がアプラリュート・ヌイに所属した時から、スラーヴァさんは、ずっと拳で戦っていた)
記憶を遡ったアーミヤだったが、戦術訓練で銃や剣を使用する事はあっても、それらをスラーヴァが戦地で使用する姿を見た事は無かった。
「まさか、それ以前に?」
改めて見ると、アーミヤが知っているスラーヴァに比べて容姿が若く、自身と同じ年頃の二十代中盤から後半に見えた。
(もしそうなら、私が入隊した時に比べて十から二十は若い。つまりあの姿が、スラーヴァさんを創造した者の知る〝闇で最も脅威となったスラーヴァさん〟という訳か)
空間を振動させるほどの雷と、周囲の空気から痛いほどに伝わってくる属性力を前に、顔面蒼白のアーミヤは一筋の冷や汗を流した。
「さあ、行くぞ?」
スラーヴァの優しげな声が訓練場内に響いた瞬間、アーミヤの視界からスラーヴァの姿が消えた。
(マズいっ!)
即座にその場から離れようと身体を傾け、右足を一歩踏み出した瞬間、自身の首を切断するように振るわれたシャシュカが視界に入った。
「くっ!?」
アーミヤは咄嗟に、逆手に握っていた左手の短刀で刃を防ぐ構えを取った。
しかし、アーミヤが構えを取る直前にシャシュカは軌道を変え、斜め下方向へと払われた。
(駄目だ!躱せないっ!)
剣筋を変えた斬撃によって、アーミヤは左腹部から切り裂かれた。
「ッッッッツ!!」
激痛に声にならない悲鳴を上げ、顔を歪めたアーミヤだったが、即座に右手の短刀を離し、シャシュカの刀身を属性を纏わせた右手で掴んだ。
(ここで逃す訳にいくかっ!)
『雷の皇帝』
直後、スラーヴァを囲うように雷の皇帝の床から、雷属性の檻が構築され始めた。
「ぐふっ!」
次の瞬間、腹部に強い衝撃を受けたアーミヤは、シャシュカを握っていた手を強引に離され、後方へと勢い良く吹き飛ばされた。
それと同時に、アーミヤを蹴り飛ばしたスラーヴァは再び雷の皇帝の檻の中へと幽閉された。
「がはっ!!」
アーミヤは激痛を堪えるように歯を強く噛み締め、空中を飛びながら左手に握っていた短刀の切先を地面に押し付けた。
すると、刀身全てが円筒形の柄の中へと完全に押し込まれた。
そしてアーミヤは、切先の存在した方向をスラーヴァのいる方向へと向けて構えた。
(行けっ!)
『終点』
アーミヤが柄のボタンを押した瞬間、押し込められた刀身が勢い良く前方へと放たれた。
雷属性の檻に発射された刀身が入ったと同時に、アーミヤは地面へと落下した。
落下する際、アーミヤは柄のみになった短刀を手放した後に両手を頭上に伸ばし、背中を後方へと反らした。
そして、両手で地面に接地すると同時に後方転回を数度行なう事で、着地の衝撃を受け流した。
「っ!あまり、やりたくは無いが……」
アーミヤは、流血し続けている左腹部を雷属性で構築した糸で素早く縫合し流血を止め、一瞬だけ雷属性を強く発した。
「っ!」
強力な電撃によって強い熱を帯びた糸は、縫合された皮膚の一部を溶かして傷口を塞いだ。
パァァァァァン
アーミヤが自身の傷の手当てを終えたと同時に、炸裂音が辺りに響き渡り、崩壊した雷の檻の中からスラーヴァが姿を現した。
「臆して動けないかと、思っていたんだがな」
左頬に付いた切り傷から垂れる血液を右手で拭い、スラーヴァは左手で掴んでいた短刀の刀身を投げ捨てた。
「この広大なロシアで、全戦闘部隊の総司令をしているだけの事はあるな」
「……さっき言ったはずだ。私は、絶対に負ける訳にはいかない」
そう言うとアーミヤは、再び雷の皇帝から刀身のみがブーメランのように四方に繋がった飛去来器を複数作り出し、自身の周囲に浮遊させた。
「またそれか?無駄だ。お前の属性力じゃ——」
「やりもせずに諦められるほど、私の背負っているモノは軽くは無いっ!」
スラーヴァの言葉を遮るように叫んだアーミヤは、周囲に浮遊していた飛去来器を高速回転させながら前方へと不規則に飛ばし、自身は雷属性で作られた円月輪を両手に握り走り出した。
「そうか」
(虚勢を張ったか……追い込まれ、自暴自棄になっているな)
同じように走り出したスラーヴァは、不規則に飛来する飛去来器を悠々と躱し、その後方から接近していたアーミヤに迫った。
キィィィィィン
背後から〝複数の金属音〟が響いたが、スラーヴァは正面のアーミヤの円月輪に視線を向け続けた。
「フッ!」
『円舞』
右手で横に払われた円月輪を後退して躱したスラーヴァは、同時に構えていたシャシュカでアーミヤの心臓目掛けて刺突を繰り出した。
キィィィィィン
その刺突をアーミヤは、左手で握っていた円月輪を間に入れる事で〝防いだ〟。
「やはり、気になるか?」
「少しな」
刺突が防がれたスラーヴァは、後方へと飛び退いた後すぐに、背後へ向けて身体を回転させた。
(予想通り、さっきの金属音を警戒して先見を使わなかった)
スラーヴァは先見で、意識を向けている対象の、数秒先の未来を見る。
(先見は、属性を大きく消耗する)
属性量が然程多くないスラーヴァは、必要な瞬間を判断し、ごく僅かな時間のみ先見を使用する事で、完璧な攻防を実現させていた。
(対象の増加、未来視の期間延長は、属性の枯渇に直結する……察しの良いスラーヴァさんなら、あの音を安易に無視せず、先見を温存すると思っていましたよ)
先程の金属音には意味がある勘付いたスラーヴァの意識が後方へと逸れた事で、アーミヤは致命的な一撃を回避する事に成功した。
「あれは?」
後ろに身体を向けたスラーヴァは、空中に浮かんでいる光る物体に意識を向けた。
「……なるほど。そういう事か」
微かに笑みを浮かべたスラーヴァは、シャシュカを構え、纏わせた紅の雷撃を激しく迸らせた。
(そう。あれは、さっきスラーヴァさんに撃ち返された弾丸の破片)
スラーヴァの反響によって返され、地面に落下していた弾丸を、アーミヤは先程の飛去来器によって細かく砕いていた。
『弾丸の雨』
そして数十の欠片となった弾丸に、雷の皇帝を通じて属性を纏わせたアーミヤは、スラーヴァに向けて弾丸の欠片を不規則に発射した。
「悪いな。例え機関銃だろうが、俺に弾は当てられない」
そう口にしたスラーヴァは、的確な位置にシャシュカの刀身を動かし破片を弾き、安全な空間を確保しつつ、身体を揺らめかせながら飛来する破片を躱し始めた。
(くっ、あれだけの弾幕を避けるなんて……)
「やっぱりスラーヴァさんは……人間の域を超えている」
破片に纏わせた雷の皇帝によって自身に迫る弾丸の軌道のみを逸らしながら、アーミヤは表情を曇らせた。
「これで終わりか?」
声が聞こえた瞬間、アーミヤの視界から再びスラーヴァは姿を消した。
「くっ!まだ、だっ!」
円月輪を手放し、上下左右に存在する雷の皇帝に意識を向けたアーミヤは、全身に存在する属性を最大限に開放した。
「呑まれろっ!!」
全身に激しい電撃を迸らせ、両手を広げたアーミヤは勢い良く自身の前で広げた両手を閉じた。
パチィィン
『空間支配』
次の瞬間、周囲に存在した雷の皇帝は瞬時にアーミヤの間近まで縮小し、雷の渦となって一気に膨張した。
その脅威的な破壊力は、触れた物体が塵すら残らないほどで、範囲内に存在した旧ロシア本部アプラリュート・ヌイ諸共、アーミヤの発生させた渦の中で消滅していった。
(これなら……いくらスラーヴァさんでも)
冷や汗を流していたアーミヤが安堵した瞬間、金色の渦の中から更に強い光を放つ槍を構えたスラーヴァが姿を現した。
「っ!?!?!?」
声にならない叫びを上げたアーミヤは、あまりの恐怖から一歩後退りをした。
「残念だ。アーミヤ」
ドスッ
「うっ」
心臓を貫くように放たれた雷槍は、アーミヤの身体を貫通するように突き刺さり、身体は後方へと吹き飛ばされた。
「ソーンの言葉は、お前に届かなかったのか?」
激痛によって意識が混濁した事で、雷の渦は大きく左右に揺れながら周囲に分散し、徐々に消滅していった。
「こ……んな……わた……しで」
(すまない)
強力な雷撃によって薄れゆく意識の中、アーミヤはミール達に向けた謝罪の言葉を口にした。
「よ……わ……くて」
(すまな……い)
心臓の鼓動が消え、瞳から正気を失ったアーミヤは、地面に仰向けに落下した。
「……アーミヤ」
雷槍が地面に突き刺さり、上体が多少浮いた状態で静止しているアーミヤを前に、スラーヴァは小さく声を発した。
(あの子は、『自分が〝変えられないモノ〟を変える為』に、俺達の力が必要だと言った……もしそれが、俺の〝推測〟と同じものだったら)
目を開けたままの状態で倒れているアーミヤに背を向け、スラーヴァは訓練場の扉へと歩き始めた。
「アーミヤ。お前は、俺に〝殺される運命〟だったって事か」
スラーヴァがアーミヤから離れるに連れて、心臓を貫いた雷槍も徐々に消滅していった。
「俺は、お前を信じていた」
―*―*―*―*―
命の灯火が消えゆく中で、私の見てきた過去がコマ送りで流れる。
指先から属性が消えゆく感覚が、身体の中心に冷水のように流れてくるが、何故だか不快には感じなかった。
朧げな感覚の中、私は映像や写真で流れる過去を静かに見つめ、自身の記憶に想いを馳せていた。
流れる記憶の中には、ツァリ・グラードの隊員達との生活と、スラーヴァさんや、ソーンとの記憶もあった。
その記憶を見て後悔の念が胸の奥から湧き上がってくる中、一つの写真に心惹かれた私は、風船のように軽くなった腕を上げ、ゆっくりと写真に向けて手を伸ばした。
触れた瞬間に流れ込んで来たのは、聞き慣れた優しげな声だった。
『安心したんだと思います…… アーミヤの力を信頼する事が出来たから』
―*―*―*―*―
バチッ
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、決死の覚悟でスラーヴァに挑んだアーミヤが、スラーヴァに敗北する?までのお話でした。
次回は……。
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
次回 第3章 第34話 世界最強に背中を押された者
お楽しみに!




