第32話 雷の頂
「……ん?」
目覚めたスラーヴァは、横になっていた身体を起こし、見慣れない白と黒の世界に視線を向けた。
(ここは……何処だ?)
霞がかった思考で、自身の状況を整理し始めたスラーヴァは、最後の記憶として残された女性の姿を思い出した。
その女性は激しい雷鳴の中、黄金色の短い髪を揺らし、白藍の瞳でコチラを睨み付けていた。
「はじめまして。時越の雷帝さん」
「うぉぉおっ!?」
思考を巡らせていた時、黒い世界から突如として聞こえた幼い声に驚いたスラーヴァは、素っ頓狂な声を発した。
「あ、あぁ……」
声のする方向へと視線を向けたスラーヴァは、黒い世界とは対照的な白い髪をした少女と視線が合った。
「はぁ……ビックリした」
少女の優しげな表情を見たスラーヴァは、小さく息を吐き、胸を撫で下ろした。
「ごめんな、大声上げて……五月蝿かっただろ?」
「いいえ、謝らないで下さい。驚かせるような事をした、私が悪いんです」
「そ、そうか?」
(随分、大人びた言葉遣いをする子だな)
互いに謝罪をした後に、スラーヴァは少女が差し出していた手を握った。
「じゃあ、改めて……はじめまして。俺の名前は、スラーヴァって言うんだ……って、時越の雷帝なんて変なあだ名を知ってるって事は、俺の事は知ってそうだな」
「はい。貴方の事を知っているからこそ、ここに貴方をお呼びしたんです」
「君が、俺を?」
首を傾げるスラーヴァの問い掛けに、少女は優しく微笑みながら静かに頷いた。
「スラーヴァさんは、属性の頂点に立つ存在をご存知ですよね?」
「ん?ああ、勿論。歴史上で、最も属性力があるとされた〝二人〟だろう?」
「ふふ、流石にご存知でしたか」
スラーヴァの言葉を聞いた少女は、右手を口に当て、大人びた笑みを浮かべた。
「雷の頂と称された者の名は、数々の歴史書に記述されています。ですが、記述された名は様々で、皆が口を揃えて言う〝真の頂〟はいませんでした」
ジークフリートや、オラルセプタのように突出した属性力を有した者が存在していなかった雷の頂は、様々な歴史書で異なる者の名が記述され、明確に一人を選定してはいなかった。
「ですが、近年……雷の頂として、一人の女性の名前に統一され、全ての歴史書に残される事になりました。それは、貴方のご子息……ソーンさんです」
「っ!」
(……そうか……ソーンが)
少女の言葉を聞き、一瞬だけ嬉々とした表情を浮かべたが、ソーンの死を知っていたスラーヴァは、すぐさま表情を曇らせた。
(ディアナ。ソーンが……俺達の娘が……歴史を変える程の凄い事を、成したぞ)
コチラを見つめる少女を他所に、スラーヴァは天を仰ぎ、妻ディアナに最愛の娘の偉業を伝えた。
「私は、三属性全ての頂をお呼びしようとしました……しかし、ソーンさんは他の二人とは異なり、この世に悔いを残していません」
少女の言葉を聞いたスラーヴァは、再び黒の世界に佇む少女に視線を合わせた。
「そこで私から、一つ提案があります。雷の頂となったソーンさんの代理として、私に……力を貸して頂けませんか?」
少女にそう告げられたスラーヴァは、何かを考えるように瞳を閉じた。
「貴方には、やりたい事があるのでしょう?」
「……そうだな。確認したい事は、ある」
少女の言葉を肯定したスラーヴァは、閉じていた瞳をゆっくりと開くと、少女の前にしゃがみ込んだ。
そして少女に視線を合わせたまま、黒い世界に手を入れた。
「あっ!」
白い世界に存在するスラーヴァの身体は、黒い世界の影響を受けた事で、指先から徐々に黒く壊死していった。
そんなスラーヴァの事を心配し、小さく声を上げた少女の頭に、暖かく大きな手が乗せられた。
「ありがとうな」
自身の身体の変化など意にも返さず、スラーヴァは黒い世界に存在するフェイトの頭を優しく撫でながら微笑んだ。
「っ!?」
その言葉を聞いた少女が目を見開いた瞬間、その瞳から幾つもの涙が零れ落ちた。
「……取引に応じた私は、もう君の共犯者だ」
頭上の手を払い、こちらに背を向けたまま距離を取った少女に、スラーヴァは優しく語りかけた。
「君は、一人じゃないよ」
少女の様子から何かを悟ったスラーヴァは、優しい声音でありながら、少女の心に届くようにと想いを込めて言葉を発した。
「……ありがとう、スラーヴァさん」
必死で何かを堪えるように手を握り締めた少女は、涙に潤んだ瞳を向けながら、スラーヴァに優しく微笑んでみせた。
「でも良いの……これは、私の選んだ——」
そう告げた少女は、曇りの無い眼差しをスラーヴァに向けた。
〝運命〟だから
―*―*―*―*―
旧ロシア本部アプラリュート・ヌイ 訓練場
(まずは……)
アーミヤは、隊服のポケットにある弾倉から一発の弾丸を取り出した。
『終点』
キィィィィィン
取り出した弾丸を曲げた人差し指の上で構え、親指で弾くように放った弾丸は、スラーヴァの横を通過した。
直線的な軌道を描く弾丸は、雷の皇帝に接触した瞬間に跳ね返り、更に速度を増した。
「跳弾か」
本来であれば反射する度に速度の低下する跳弾だが、雷の皇帝の雷属性によって速度と貫通力を増していた。
そして反射した弾丸は、アーミヤの想定していた軌道を描き、スラーヴァへと迫った。
「雷の属性で形成された武器ではなく——」
しかし、スラーヴァは弾丸を視認する事なく身体を横に向け、迫る弾丸を避けた。
「実弾を使うのは、良い考えだ」
(…… やはり、先見を持つスラーヴァさんには当たらないか)
その後も幾度となく反射し加速する弾丸を、スラーヴァは揺れ落ちる葉のように、軽々と避け続けた。
「生半可な雷の属性は、俺に通じないからな」
そんなスラーヴァの様子を見たアーミヤは、徐々に実感し始める力の差に、表情を曇らせていた。
「フッ、まあ今のアーミヤの属性力じゃ、俺に傷を付ける事すら出来ないだろうが」
アーミヤの様子を見ていたスラーヴァは、悲観的な思考になっているアーミヤを挑発するような言葉を発した。
「ぐっ!……あまり私を、見縊るなっ!」
スラーヴァの言葉を聞いたアーミヤは、歯を食い縛った後に怒りの表情を浮かべ叫んだ。
『雷の皇帝』
次の瞬間、スラーヴァの周囲に存在する地面から電撃で構成された槍を発生させた。
「この技……懐かしいな」
スラーヴァを取り囲むように発生した数十本の雷槍は、中央に立ち尽くしたスラーヴァへ目掛けて勢い良く伸長した。
「ふっ!」
しかし、スラーヴァはアーミヤに視線を合わせた状態から上空に向けて飛ぶ事で、迫る数十本の雷槍だけでなく、反射し続けている弾丸をも回避した。
『終点』
キィィィィィン
空中へと回避したスラーヴァを睨んだアーミヤは、更に弾倉から取り出した二発の弾丸を両手で掴み、指で放った。
前方から迫る弾丸に加え、スラーヴァの後方から再び発生した複数の雷槍を、空中のスラーヴァの背中を目掛けて伸長させた。
「こうか?」
しかし、伸長する雷槍の位置、跳弾している弾と迫る弾丸の着弾位置を予知し、身体を仰け反らせたスラーヴァは、紙一重の位置で全ての脅威を回避してみせた。
「残念だったな」
スラーヴァが揶揄うように笑った直後、避けた弾丸は全て跳弾し、再びスラーヴァへと迫った。
「幾らやっても——」
スラーヴァが言葉を発したその時、依然として降下し続けているスラーヴァへ向けて、アーミヤは刀身のみがブーメランのように四方に繋がった飛去来器を、自身の周囲に複数発生させた。
「『無駄だ』とでも?」
『雷の皇帝』
そして発生と高速で回転させた飛去来器を、無防備なスラーヴァに向けて同時に飛ばした。
「ああ」
アーミヤの背丈程の大きさを有する雷円刀の接近に対してスラーヴァは、空中で近接攻撃の構えを取った。
「今度は、防げるか?……アーミヤ!」
次の瞬間、回転する雷円刀に向けて放たれた拳によって強烈な雷光が放たれた。
『雷光』
目を左手で庇ったアーミヤの背後に忽然と現れたスラーヴァは、拳に雷属性を纏わせた状態でアーミヤの背中を目掛けて拳を振るった。
「言ったはずだ」
先見で未来を見たスラーヴァは、両足に力を入れた。
「見縊るなと」
『雷の皇帝』
スラーヴァが飛び退いた瞬間、その場に雷属性で構築された檻が地面から現れた。
「へえ……考えたな、アーミヤ」
雷の檻は、飛び退いたスラーヴァを追うように幾重にも重なりながら構築を繰り返し、スラーヴァの身体を飲み込んだ瞬間に縮小した。
『雷の皇帝』
アーミヤが左手を動かすと、複数の雷円刀及び雷槍が雷の檻に向かった。
『終点』
そしてアーミヤが、ポケットから取り出した一発の弾丸を右手で放つと、先程発射していた三発の弾丸に接触し、数度の反射を経て雷の檻へと向かった。
パァァァァン
全ての攻撃が雷の檻の中へと消えた直後、まるで破裂音のような大きな音が発せられた。
「……これで、終わる筈がない」
彼の事を良く知っているアーミヤは、雷の檻の中で沈黙を貫いているスラーヴァに向けて語り掛けた。
「当然だ」
パァァァァン
何食わぬ顔で雷の檻の中から飛び出して来たスラーヴァは、右手の指先に挟んだ四発の弾丸に雷属性を纏わせた。
『反響』
スラーヴァは右手を払い、四発の弾丸をアーミヤに向けて放った。
「っ!?」
咄嗟に回避しようと動いたアーミヤだったが、弾丸はアーミヤが避ける事を予測した軌道を描いていた。
「ディック!」
(先見の攻撃は避けられ——)
キィィィィィン
次の瞬間、甲高い音と共にアーミヤは後方に向けて吹き飛び、雷の皇帝の上を数度回転した後に停止した。
「……」
黄金の床に倒れ込んでいたアーミヤは、即座に両腕を動かし、両手を地面に付けた。
「咄嗟の判断で、アレを防いだか……やるな」
アーミヤの上体が起きると、四発の弾丸が地面に転がり落ち、着弾したと思われる箇所には、薄い雷属性の膜が張られていた。
「だが、お前の攻撃には僅かに躊躇いを感じた。そんな攻撃が、俺に届くとでも思っているのか?」
無傷の状態で立ち上がったアーミヤに、スラーヴァは冷たい眼差しを向けながら告げた。
「さっきお前も言っただろ?……本気で、殺す気で来い。仲間の命と、国の存続を望むのなら」
その言葉を聞いたアーミヤの瞳から、一筋の雫が黄金の地面へと流れ落ちた。
「言われるまでも、無い」
地面を見つながら告げたアーミヤの瞳は潤み、溢れ出る感情を押し殺そうと圧口になっていた。
『アーミヤはまだ若いんだ……伸び代だってある。数年後には俺を超える程の存在になっているだろうな』
(申し訳ない気持ちが、溢れてくる)
左腕で涙を拭ったアーミヤは、曇った瞳をスラーヴァに向け、弾薬を取り出したポケットとは違うポケットに手を入れた。
(スラーヴァさん、今の私は……貴方が期待した私には程遠い)
パリィィン
ポケットの中にある収納結晶を砕いたアーミヤは、二本の短刀を取り出した。
(今の私には……貴方に勝てる未来が見えない)
アーミヤは、右手は順手、左手は逆手に短刀を握った。
(……だが、諦める訳にはいかない。今の私は、背中に多くの命を背負っている……守らねばならない存在がいるんだ)
敗北の予感に震える両手に力を入れたアーミヤは、属性を纏わせない状態でスラーヴァに駆け出した。
(私しか、いないんだ。今、この国を守れるのはっ!)
「絶対に、負ける訳にはいかないっ!」
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、遂にスラーヴァvsアーミヤが始まりました。
次回は、恐怖心を抱えたアーミヤが、全てを懸けて強敵スラーヴァへと挑みます!
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
次回 第3章 第33話 非凡と凡庸
お楽しみに!




