第4話 立ち上がる勇気
日本西拠点 ルミナ
(……あれから、何日経っただろう?)
ユウキ達がルクスに転移して尚、ウトの墓の前から離れられずにいたユウは、白鞘に納められた刀を抱く様に膝を抱えて座っていた。
数日続いた悪天候で降り注いだ冷たい雨によって、ユウの身に纏った服と蒼い髪からは、止め処なく水が滴り落ちていた。
近場に置かれた食料保存用の単結晶や、結晶で構築された傘には触れた痕跡すら無く、ユウと同様に雨に濡れていた。
『雨、降ってるぞ?ユウキの創造した傘、使わないのか?』
『ずぶ濡れじゃ無いですか!?ほら、早くルミナに戻って、身体を温めましょう?』
『ユウ、風邪引くよ?』
(……みんなの声が、聞こえる)
その場に自分以外誰もいない事を理解しているユウだったが、座り込んでいる間に繰り返し聞こえる筈のない三人の声が鮮明に聞こえていた。
(目の前で起きた事が事実でも、ハッキリと信じる事が出来ない。心の何処かで、誰も死んでいないと思いたい私がいる)
三人が命を落とした事をユウ自身も理解していたが、二度と声を聞く事も、顔を見る事も出来ないと考えた時、ユウは架空の物語を聞かされている様な感覚に襲われていた。
(目に見えないだけで、何処かに出掛けてるだけだって、私の知らない所で変わらずに生きているんだって……いつかきっと、もう一度何処かで逢えるんだって)
無言のまま正面にある墓を見つめていたユウは、流れ落ちる涙を拭う事無く、涙に濡れた悲しげな瞳を向け続けた。
(絶対に……もう一度……逢えるんだって)
「うっ……うぅ……」
三人の墓を見つめ、過去の暖かな記憶と現状の悲しき真実との差異を知った悲しみで顔を歪めたユウは、身体を震わせながら小さな呻き声を上げ始めた。
(大切な人を失う事が、どんなに辛くて苦しい事かなんて……転生する前から、知っていた筈なのに)
家族や親友、大切な人々を自身の手で殺めてしまったユウは、失う事への辛さを十二分に理解していると思っていた。
しかし、以前の様な悲劇を二度と起こさない為に身に付けた力を持って尚、手の届く場所で大切な仲間の命を奪われてしまったユウは、より大きな無力感と罪悪感に苛まれていた。
(どんなに時間が経っても、あの時何か出来た筈だって、何度も後悔する)
「今の私に、前を向く事なんて……出来ない」
周囲に雨音が響く中、ゆっくりと頭を下げたユウは、雨の中に意識を溶け込まれる様に瞳を瞑った。
意識が朦朧とし始めたその時、ふとユウの意識下に蘇ったのは、数日前に起きたとある出来事だった。
―*―*―*―*―
ユウキ達が、ヒナから招集を受けてルミナへと向かった頃。
ぽつりぽつりと雨が降る中、三人の焼香へと訪れたシュウ達を目にしたユウは、二人の様子に変化が見られない事に不快感を抱いた。
「どうして……そんなに平然としていられるの?」
(二人にとって大切な人達の死は、直ぐに気持ちを切り替えられる程……軽いモノだったの?)
離れた場所から発せられたユウの言葉が微かに聞こえた二人は焼香を終えても尚その場に留まり、三人の墓を見つめていた。
「……僕は、あの日お兄ちゃんに誓ったんだ。お兄ちゃんが望んだ世界を見るまで、絶対に立ち止まらないって」
そして、カイの墓を見つめながらユウの言葉に応えたシュウは、腰に携えたカイの形見である刀の柄を決意を込めて握り締めた。
そしてミールは、濡れた石畳みから少し外れた草地に座り込んでいるユウに身体を向け、左拳を胸に当てた。
「あの日起きた事、そして残された記憶と感情は、僕の中から色褪せる事は一生無いと断言出来ます」
優しげな口調でユウの問いに応えたミールは、ロシアで起きた事を思い出し、悲しげに眼を細めた。
その時ユウの眼には、ミールの目尻から伝う雨粒が、感情によって溢れ出た涙に見える程の悲しみが込められていた。
「だからこそ、姉さんとパベーダさん……そして、アーミヤさん。未熟な僕を信じて背中を押してくれた人達の気持ちに、僕は全力で応えたい」
シュウの発した言葉と、ミールの確固たる意志を秘めた瞳を向けられたユウは、二人が自身と同じ様な悲しみを背負いながらも、立ち止まらずに前に進む事を選んだ事を知った。
「その為なら、僕はどんな困難にも立ち向かいます……姉さんが最後に僕に教えてくれた、本当に強い人になる為に」
そう告げたミールは、シュウと共に墓場を離れ、焼香に訪れている他の隊員達の中へと消えて行った。
それから数分後、戻って来たユウキから食料保存用の単結晶を渡されたユウは、結晶無いの食料に手を付ける事無く草の上に置いた。
雨に濡れるユウを心配したユウキは、結晶で傘を創造し手渡したが、ユウは決して傘を受け取ろうとはしなかった。
「……どうしてユカリは、此処に来ないんでしょう?」
傘をユウの手が届く位置に置いたユウキは、唐突に投げ掛けられた質問に対して、自身の考えを話し始めた。
「ユカリは、誰よりも最初にこの場所へ来た……だからきっと、戦いが落ち着くまでは二度と来る事は無い」
「どうして……そう思うんですか?」
「もう一度この場所に戻れば、もう二度と……光の導き手として人々を照らす事が出来ないと、ユカリ自身が一番分かっているからさ」
「……闇に堕ちてしまう……それ程大きな負の感情を、ユカリが抱いていると?」
ユウの質問に小さく頷いたユウキは、ルミナの屋上へと視線を向けた。
「仲間を救えなかった責任を、ユカリは全部背負い込んでいるんだ……赤壁の街で両親を失った時から、ずっと」
ユカリとして創造されたユウキの中には、ユカリの中に存在した記憶が残されており、その時にユカリが抱いた感情を知る事が出来た。
「国民には見せられない弱さ。ユカリは、国民の前で何度も涙を堪えて、何度も自分の部屋で一人で泣いた……それでも絶対に、平和を諦める事は無かった」
「……どうして、そこまで?」
その問い掛けを聞いたユウキは、ルミナに向けていた視線を下げ、身体をゆっくりと背後のユウへと向けた。
「それはユカリが、光に生きる国民、平和を望んでいる国……この世界の事が好きだからさ」
『私は、そんな現在が好き』
ユウキの言葉を聞いたユウは、過去にウトから聞いた言葉を思い出し、微かに眼を見開いた。
―*―*―*―*―
パリィィィィン
「ひっ!」
過去の出来事を思い出していたユウは、何の前触れも無く突然砕け散った単結晶の音に驚き、雨に打たれ続ける現実へと引き戻された。
荒々しく動悸する心臓を落ち着かせる様に深呼吸を数回繰り返したユウは、甲高い音が発せられた場所へと視線を向けた。
そこには、結晶で創られた皿の上にデルニが二枚置かれていた。
「これ……ウトがあの時食べてた」
デルニとは、ウクライナで食べられる伝統的な軽食である。
見た目はパンケーキの様だが、パンケーキとは異なりジャガイモが多く含まれている。
『ねぇウト?』
『何?』
雨に濡れ始めたデルニを見つめ続けたユウは、ツァリ・グラードの治癒室でウトと交わした会話を思い出した。
―*―*―*―*―
ロシア本部ツァリ・グラード 治癒室
回復結晶内で眠りにつくユウトを見守っていたユウは、ヨハネ達が治癒室を離れた時期を見計らい、共に治癒室に残っていたウトに質問を投げ掛けた。
「どうして『ウト』って名前を付けたの」
「……それはね……」
「それは?」
「忘れた」
眠そうにユウの質問に応えたウトは、気付かぬ間にツァリ・グラード内から仕入れたと思われる食料保存用の単結晶を、翳した両手の上で砕き、中に保存されていたデルニを出現させた。
「特に意味は無かったの?」
「あったかも知れないし、無かったかも知れない」
思わせ振りな発言と共に、ウトは結晶の皿に載せられたデルニを素手で掴んで食べ始めた。
「それって、手で掴んで食べる物なの?」
「もぐもぐ……私がそうしてるだけで、他の人が手で食べるかは知らない。でも、私のいた国では一般的な食べ物だった」
「見た目はパンケーキみたいですね?」
「……パンケーキは知らないけど、これは好き」
そう告げたウトは、四枚のデルニをあっという間に完食すると、満足そうにお腹を摩った。
「……一つ、聞いても良い?」
その言葉を聞いたウトは、回復結晶で眠りにつくユウトの様子を確認した後に、無言で頷いた。
「ウトは、どうしてヨハネさんみたいな強い人達に気負いせず立ち向かって行けるの?……怖く無いの?」
「怖いと思う事もあるけど、それよりも怖いモノがあるって考えれば気にならなくなる」
「それよりも怖いモノ?」
「大切な人達が死んでしまう事」
そう告げたウトが視線を此方に向けた事で、自身もウトの言う『大切な人達』の中に含まれている事を知り、嬉しさからユウは頬を微かに緩めた。
「罪を償う為に、私は転生した。最初は、自分の罪の重さで目の前が真っ暗になった。でも、みんなと出逢って……この場所なら、きっと大丈夫だって思えた」
回復結晶に向けて歩みを進めたウトは、内部で安らかに眠るユウトの身体に触れる様に右手を伸ばした。
(贅沢だって思えるぐらい、沢山のモノを貰ったから……これ以上はもう、我が儘だよね)
心の中でそう考えたウトの伸ばした右手は、ユウトの身体に触れる事は無く、ユウトを囲う回復結晶に阻まれた。
「私は、そんな現在が好き。だから、みんなには……生きて、ユウト達が創る平和な世界を見て欲しい」
そう告げて数度結晶を撫でたウトは、背後にいるユウへと身体を向けた。
ウトと視線を合わせた瞬間、記憶に存在していた世界は突如白い光に包まれた。
―*―*―*―*―
「……ウト……分かった」
呼び覚まされた過去の記憶を見たユウは、雨に濡れたデルニを右手で掴み、徐に齧り付いた。
悲しみの涙を流しながら全てのデルニを食べ尽くしたユウは、抱える様に持っていたウトの刀を左手に握り締め、ゆっくりと立ち上がった。
「……私も、光のみんなが……みんながいる世界が好きだから」
そう言い右腕で涙を拭ったユウは、近場に置かれた結晶の傘を開き、自身に降り注いでいた雨を遮断した。
「ウト、この刀……借りるね?」
そう口にしたユウは、三人の墓に背中を向けた状態で静止した。
「絶対に、勝って見せるから。見守っていて欲しい……私を、みんなを」
ユウが自身の決意を伝えルミナへと戻る頃には、数日降り続いていた雨が降り止んでいたが、ユウが差した傘を下ろすは無かった。
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、ティオーに敗北したユウのその後に関するお話でした。
次回は、意識を取り戻したユウトの話になる予定です。
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
※現在Twitterアカウントが誤凍結中です……凍結解除申請は何度もしていますが、依然として凍結は解除されていません。
凍結解除され次第、告知等の再開を予定しています。
次回 第3章 第5話 廻天之力
お楽しみに!




