第15話 咎人
ユウトがエムと対峙している頃、ルクスの最上階へと到着したユカリは、階層内に唯一存在する一人の男性を見据えていた。
「カイ……ようやく会えましたね」
ルクスの最上階には天井が存在せず、雲一つない空からは暖かい太陽の光が差し込んでいた。
ユカリの視線の先には、不気味な形をした黒色の椅子に腰掛けたカイの姿があった。
「ようやく……か。俺にとっては短いものだった……お前をこうして待っていた時間は」
ルミナの白い隊服ではない黒衣に身を包んだカイは、ゆっくりと立ち上がると椅子に立て掛けてあった九十センチ程の刀を手に取ると、部屋の中央へと歩き始めた。
部屋の隅にある階段付近にいたユカリも、同様に部屋の中央へと歩きながらカイに語り掛けた。
「カイ……私が闇の人間に対して、例え相手が誰であろうとも手加減が出来ない立場である事は貴方が一番理解していますよね?」
ユカリは両手を握り締めながら、正面から歩み来るカイを見据え続けた。
「貴方の犯した罪、犯して来た罪は、例え共に歩んで来た仲間であろうとも、見過ごす訳にはいかない」
歩みを進めるユカリの足元には白い冷気が広がり、周囲の床を凍てつかせていた。
「……それで良い。俺は、俺の信じた正義を貫いているだけだ。邪魔をする奴は、誰であろうと叩き伏せる」
胸の内を明かしたカイの周囲には燃え滾るような熱気が広がり、床から白煙が発せられていた。
二人の距離が三十メートル程になった所で、二人はピタリと歩みを止めた。
「俺はお前を殺して、光の奴らに知らしめるんだ。俺の正義が正しい物だと言う事を」
二人は視線を合わせたまま、互いの思いをぶつけ合うように言葉を発し続けた。
「属性は、その人の持つ純粋な意志の強さに比例して強くなる。貴方が自分の正義を正しいと信じているのなら、私に勝つ事も出来るでしょう。ですが、忘れないで下さい……私も亡き両親から受け継いだ意志を、平和を願う人々の想いを背負っているという事を」
そう口にした瞬間、ユカリの背中に結晶で構成された半透明の巨大な翼が創り出された。
「私は、幾億の想いを背負う〝光の導き手〟……カイ!貴方が犯してしまった誤ちは、私自らの手で裁きます!」
ユカリの広げた結晶の翼によって、周囲に冷気の衝撃波が広がった。
「ああ、来いよ。そして真なる正義を持つ俺の手で殺されろ……ユカリ!」
周囲の衝撃波に微動だにしないカイは、ユカリを見て冷たい笑みを浮かべた。
そしてカイの周辺から、青黒い炎が吹き出し荒々しく燃え上がった。
対抗する意思を確認したユカリは、右手を前に翳して創造を始めた。
(創造する物は……透明な結晶のみで構成された刀)
『結晶刀』
すると、ユカリの右手に半透明な結晶で構築された美しい刀が創り出された。
結晶刀の長さは、カイの持つ刀と全く同じ長さで創り出されていた。
(ユカリの主力武器……全てを凍てつかせる刃を持つ結晶刀か)
刀を抜いたカイは、鞘を後ろに投げ捨てると刃に青黒い炎を纏わせた。
「攻撃に特化した闇属性を纏わせた俺の刀で、お前の信念諸共叩き斬ってやる!」
カイの言葉を聞いたユカリは、ゆっくりと瞳を閉じると創り出した結晶刀の切先を下に向け、小さく息を吐いた。
「なんだ?……今更俺とは戦えないなんて言うつもりじゃないだろうな?」
発せられた言葉に反応するように、ゆっくりと目を開けたユカリは、一言だけカイに向けて声を発した。
「〝構えて〟下さい」
「あ?」
『凍てつく一薙』
言葉を発した瞬間、ユカリはカイの視界から姿を消した。
咄嗟に身構えようと身体を動かした時、カイは自身に起こっていた異変に気が付いた。
刀を持つ手が氷漬けになっており、カイ自身の の身体もユカリの斬撃によって、既に結晶の一線が付けられていた。
「なっ!……なんだと……くそっがぁぁ!!」
カイは咄嗟に頭部に炎を纏わせ、凍りついた手向かって頭突きをする事で、氷漬けになっていた手に付着していた結晶を砕いた。
凍結を防いだカイは、ユカリから距離を取る為に階段側へと飛び退いた。
ユカリは結晶の翼を解除した状態で、カイが先程まで座っていた椅子の前に立ち、静かにカイを見据えていた。
カイは溶かす事が出来ない結晶の一線を身体に残したまま、刀についた結晶を力強く払った。
ユカリの属性による攻撃は基本的に流血する事は無いが、攻撃を受けた部分は徐々に結晶化していき、全身が結晶化した対象は粉々に砕け散る事で裁かれる。
「はぁ……はぁ。お前の力は俺が!……右腕の俺が一番知っているはずだ!お前が出した翼が、攻撃には使用出来ない事も知っていた。あの翼は、全ての攻撃を防ぐ盾だからな!その翼を無くし、攻撃を仕掛けて来る事も察しが付いていた。なのに……何故見えないんだ!!」
怒りを露わにしたカイは、怒りに任せユカリに向かって怒号を発した。
「私は今まで、誰にも全力なんて見せた事はありません。私の〝領域〟は、本当に必要な時以外には使用しないと決めたんです。今も戦っているユウトのように……私にとって、光にとって必要となるその日の為に」
真剣な眼差しでカイを見据えるユカリから広がる冷気は、背後に存在した椅子さえも結晶化させていた。
「光の導き手となる者の力を、貴方は軽く見ています。平和を望む幾億もの人々の命、全てを背負うという事がどれ程の意味を持っているかを」
「っ!甘く見ているのはお前の方だろっ!!」
ユカリの言葉を聞いたカイは、怒りの形相を向けながら声を荒げた。
「ユカリ……お前は罪人が本当の意味で改心出来ると思うか?どんな罪でも良いさ、強盗、殺人、誘拐。罪の重さなんて関係無い……罪を犯すような咎人が、改心なんて出来る訳がないんだ!『すみません』、『もうしません』、『反省しています』だと?口だけなら何とでも言えるよな!」
怒りのままに、カイは自分の思いを全て曝け出すように声を上げ続けた。
「俺は幼い頃から、そんな屑どもが赦せなかった。俺にとっては、軽かろうが罪は罪。反省しようがしまいが関係ない。そんな屑は、生きていた所で無意味なんだよ!罪は死んで償わせる……それが、人々の平和に繋がると信じた!だから、あいつの元で殺しを学んだんだ!」
「…………」
自身の信念について語り続けるカイを、ユカリは静かに聞き続けた。
「だが……属性が開花したあの日、俺の宿した炎はドス黒い青色の炎だった!俺は光の為に、平和の為に、馬鹿な咎人を葬っていたのに。この世界が、俺を闇に引き摺り込みやがったんだ!」
怒りを露わにしたカイの周囲には、青黒い炎が燃え広がっていた。
「カイ……貴方は方法を間違えた。何故、属性が開花するまで待つ事をしなかったのですか?属性開花以前に人を殺めてしまえば、殺された相手は転生という選択肢を奪われ絶命してしまう。そんな事は、属性について知っていた貴方なら認識していた筈です」
属性が開花する以前の人間が犯罪行為を行なった場合、無条件で闇の人間として負の属性が開花してしまう。
過去の事象を元に、最も重要な知識である転生や属性に関して教育を受ける義務があった。
カイの口にした話の内容から、カイの属性開花に対する認識が誤っていない事を感じたユカリは、誤ちを肯定し続けているカイに対して諭した。
「さっき言っただろ?咎人は転生しようが、改心なんて無いんだよ。俺は、お前達と光にいる間も光に転生した咎人を殺し続けていたんだ……そんな俺が信念を曲げると思っているのか?」
そう口にしたカイがユカリに視線を向けると、ユカリは堪えていたであろう涙を流しながら、結晶刀をカイに向けて構えていた。
「私の言葉が、どんなに無駄だったとしても。カイ……貴方の平和に対する意志の強さは確かなものだった。貴方の誤った粛清、あなたが踏み外してしまった道、私が導いて見せます……本当の……正しき道へと!」
涙ながらに告げたユカリは、ゆっくりと柄を両手で掴み、正眼の構えを取った。
構えを取ったユカリの周囲に冷気は存在せず、ユカリの周りは静寂に包まれていた。
「っ!ユカリ……お前の正義は、俺の正義は違う物だった!この世に咎人が存在する限り、本当の平和なんか訪れないんだよ!」
爆発的に広がる青黒い炎は、カイ自身の身体とカイの携えた刀を包み込んだ。
青黒い炎の中で薄らと見えた紅蓮の瞳は、正面に構えるユカリを冷たく睨みつけていた。
「終わらせましょう。私達が共に歩んだ……三年間を」
「……ああ」
―*―*―*―*―
瞳から涙を流したユウトは、何かの終わりを感じていた。
(なんだ……この感情は?……ユカリが、悲しんでいる……のか?)
言い表しようのない喪失感を覚えたユウトは、最上階で戦っているユカリの存在が脳裏を過った。
「……悪いなエム。次の一撃で、この戦いを終わらせないといけなくなった!」
底知れぬ不安を感じたユウトは、正面で身構えていたエムに対して、次の一手で決着をつける事を宣言した。
「あ?何でだよ、もっと楽しもうぜ!…………チッ!わぁったよ!次の一撃でお前を殺しゃ良いんだな!」
涙を流して宣言したユウトの意を汲んで応じたエムは、赤黒い属性を両拳に纏わせた。
「もっと長くこの殺し合いを味わっていたかったが……お前とは、全力でぶつからないと損だよなぁ!」
そう叫んだエムは、両手に纏っていた炎を繰り返し爆発させる事により通常の数倍以上の大きさに膨張し始めた。
ユウトも自身の身に付けた結晶拳に全ての属性込め、後部にある炎の核を結晶で覆うと、内部の炎を最大まで膨張させた。
「くたばりやがれっ!」・「これで決着だ!」
「「好敵手!」」
二人はこの戦いで出会えた好敵手に向けて同時に叫ぶと、同時に地面を蹴り互いの距離を詰めた。
そして、互いに放った右拳がぶつかり合い、激しい衝撃波が広がった。
(……!これは!)
接触していたユウトの右拳から結晶が広がり、エムの右拳を結晶化させた。
そして結晶化は、僅かな時間でエムの腕全体にまで及んだ。
(チッ!くそったれが!…………〝ユウト〟お前、やっぱり強えじゃねぇか……完敗だ……)
自身の腕が結晶化していく光景を見ていたエムは、炎によって見えないユウトに視線を向け満足げな笑みを浮かべた。
「これで……終わりだ!!」
その瞬間、結晶化していたエムの右腕は砕け散り、ユウトの右拳がエムに直撃した。
「ぐふっ!」
腹部に渾身の打撃を受けたエムは、勢い良く後方の壁に激突し、そのまま床に崩れ落ちた。
「……かはっ!」
倒れ込んだエムの身体は、属性を受けた部位から徐々に結晶化し始めていた。
戦意を失ったエムに駆け寄ったユウトは、結晶拳を解除した右拳を向けた。
「エム!転生したら何度でもかかって来い!……その時は、俺が何度でも返り討ちにしてやるからな!」
その言葉を聞いたエムは、光の灯った紅の瞳をユウトに向けた。
(なんだよ……お前、やっぱ面白い野郎だな。……やっと分かったぜ。俺はただ、全力でぶつかり合える相手が欲しかったんだってな)
笑みを浮かべたエムは、ユウトに向けられた拳に思い切り左拳をぶつけると同時に、身体全体が結晶化し砕け散った。
―*―*―*―*―
「「さようなら」」
「私の……右腕」
ユカリは涙を浮かべ、かつての仲間へ別れを告げた。
「俺の……道標!」
カイは密かに抱いていた、ユカリへの憧れを叫んだ。
二人は攻撃の刹那、互いに抱いていた感情を露わにした。
ユカリは、目を瞑り刀を前に構えた状態のままカイとの距離を詰めた。
「いくぞ……ユカリっ!」
『決別の斬撃』
カイは青黒い炎の斬撃を、ユカリに向けて連続で飛ばした。
しかしユカリは刀を前に構えた状態で、全ての斬撃を避けながらカイに接近し続けた。
「くそったれがぁぁ!!」
カイは、身体に纏っていた属性を全て込めた斬撃をユカリ向けて放った。
「……終わりです」
『裁きの剣』
ユカリは閉じていた目を開き左上に刀を振りかぶり、そのまま振り下ろした。
繰り出された斬撃は一回のように見えたが、一つの斬撃が一瞬にして無数に広がり、カイの身体は数え切れない程の斬撃によって斬り裂かれ全身が結晶化していった。
「ぐ……は……」
(負けた……くそ……お前と、出会うのがもう少し……もう少し早ければ。お前と、お前達と、同じ世界を見る事が出来ていただろうな)
結晶化していくカイが最後に思い浮かべたのは、ルミナの前で写真を撮った頃の、笑顔で語り合う四人の姿だった。
「……じゃあな……ユカリ」
その言葉を最後に結晶化したカイは、床に倒れ込むと同時に砕け散った。
「今度は、光の人間として共に歩みましょう。待ってますからね……カイ」
ユカリは、消えゆくカイの結晶を静かに見届けていた。
そんなユカリの胸部に、突然弾丸で撃ち抜かれたような風穴が開いた。
「なっ!……くっ……これは」
ユカリは、風穴の開いた胸部に氷の属性を使用すると同時に意識を失った。
―*―*―*―*―
「この銃凄いね!マジで音しないじゃん!」
「お前……勝手に俺の銃使ってんじゃねぇよ」
倒れたユカリの側に、先程までは存在しなかった二人の男?が姿を表した。
「まぁこの程度じゃこいつ死なないでしょ?」
「殺すなよ?俺はこいつの血が欲しかっただけだ。後で研究やら実験やらに使わせて貰うからな」
そう言うと、一人の男性は注射器のような物を取り出し意識のないユカリから血液を採取した。
「え〜〜〜!俺の〝兄貴〟殺した奴を放置かよ。まぁどうでも良いんだけど……俺が気になってるのはユウトの方だし!」
「ならさっさと帰るぞ?次はお前の番なんだからな。きっちり殺れよ?」
「分かってるって!ユカリが戦えなくなってる今ならユウトと直接戦えるよ……楽しみだな〜♪」
一人の男?は、身体をクネクネと動かしながらユウトとの戦いに思いを馳せていた。
「変な動きをするな!ただでさえ〝女みたいな〟見た目と声をしているんだ……気持ち悪いぞ」
「グサっ!酷くない!」
涙目になっている男?を見ていた男性は、呆れたように小さく溜息を吐いた。
「はぁ……もう良いから帰るぞ?あまり長居しているとユウトが来るだろ」
「ふふっ!楽しみだな……ユウト。君と相対するその時が♪」
るんるん気分の男?は、もう一人の男性を追って黒く渦巻いた闇の中へと消えて行った。
―*―*―*―*―
男達?が姿を消し、静寂の訪れた頃。
ルクス侵入時は雲一つなかった晴天の空には、ドス黒い雲が広がっていた。
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、最後ユカリがクムの時いた〝無音の弾丸〟を撃つ男の銃を勝手に使った誰かさんに撃ち抜かれてしまいました。
ユカリは意識を失う直前に属性を使い無くなった臓器を再生させたお陰で一命を取り留めましたが、意識が戻るには時間がかかりそうです。
次回 第16話 光の切り札
お楽しみに!




