第82話 愛する我が母子の為に
グラツィア島
「アァァァァァア!!」
上空を見上げ機械が発しているような甲高い声を発したキルカの両肩からは、突如として黒い炎が燃え上がり、再生した両腕に流れる黒ずんだ水が、迸る電撃の速度を加速させていた。
(先程までの戦いで、雷のマイナス属性と水のプラス属性の二種属性使いだと読んでいたが……)
「一体、何種の属性を有していると言うんだ」
信じられない光景に唖然としていたヨハネに、再び向けられた飴色の瞳が向けられた。
「ワくの力、お見せします!」
地面を蹴り割る程の脚力でヨハネに接近したキルカは、鉤爪による顔面の刺突を狙って再生した右腕を突き出した。
「くっ!」
多種の属性を発揮する以前とは比べ物にならない程の速度で繰り出された鉤爪に辛うじて反応出来たヨハネは、鉤爪が当たる寸前の所で顔を右に逸らした。
「避けられた!?……なんてね」
鉤爪を回避したヨハネだったが、右腕をなぞる様に絶え間無く迸っている赤黒い電撃によって、左頬から首元に掛けて浅く斬り裂かせた。
「っ!」
痛みを感じながらも反撃に転じたヨハネは、身体を右に傾けながら劫火の魔剣によって焼かれ続けている胸部に向けて、振り上げた左拳を放った。
「そんなパンチ、ワくには効きません!」
胸部に打ち込んだ筈の左拳は、キルカの身体から発生した黒ずんだ水が作り出した弾力のある水球によって防がれ、衝撃を吸収された事で無力化された。
「チッ!」
「これで終わりだっ!」
左拳を打ち込んだ事で隙が出来たヨハネに対し、キルカは残っていた左腕を使い、正面に立っているヨハネの左側腹部を貫くように左腕を動かした。
「まだだっ!」
そう叫んだヨハネは、踏み込んでいた左足に力を加える事によって付近の地面を割った。
「のわっ!?」
足場が激しく振動した事によって、向き合っていたキルカは体勢を崩し、脚に力を入れたヨハネは同時に後方へと飛び退いた。
「次だっ!」
飛び退いたヨハネは、着地と同時に地面を蹴り、動揺しているキルカに向けて右拳を放った。
「っ!だから、無駄だと言った筈です!」
再び身体から黒ずんだ水を発生させたキルカは、正面から迫って来るヨハネの進路上に水球を作り出した。
「次で終わりかな?」
不敵な笑みを浮かべたキルカは、鉤爪に赤黒い雷属性を纏わせると、水球の後方で両腕を大きく振り被った。
「……過信したな?」
水球に接触する寸前で地面を強く踏んで静止したヨハネは、紅に輝く炎を地面の亀裂に流し込んだ。
『焔の大陸』
「へっ?ブッ!!」
小規模に展開された焔の大陸は、キルカと水球の間に存在する地面を隆起させ、隆起した地面を顔面に受けたキルカは、勢い良く後方へと吹き飛ばされた。
「戦地での過信は油断だ。戦いの最中、相手の実力を見誤った行動をする事は自殺に等しい行為だ」
地面に倒れ込んだキルカに対してそう告げたヨハネは、一定の距離を保ったまま相手の様子を伺った。
「あ……ああ」
その時、身体を小刻みに震わせたキルカは、全身から赤黒い電撃を周囲に発しながら立ち上がった。
「ワく……は」
発生した電撃によって地面が抉られていく中、キルカは鋭い眼差しで正面のヨハネを睨み付けていた。
「「ワくは……負けないっ!!」」
女声と男声が同時に発せられているような声で告げたキルカは、依然として胸部を焼いていた炎に左手で触れると、自身の両肩に発生していた炎を左手に集結させて胸部に向けて放った。
「あれは……?」
(私と同じように傷を焼いて治すつもりなのか?属性に対して通用するとは思えないが)
キルカの行動を見ていたヨハネは、先程自分が傷を塞いだ際に使用した焼灼止血法を、理解していない状態で見様見真似で行なっている事を察した。
(しかし……自然的には存在し得ない筈の、二種以上の属性を持った人間。これが、あの男が陰で行なっていた実験の結果か)
ヨハネが考えを巡らせている内に、自身の炎の属性でヨハネの属性を上書きしたキルカは、前傾姿勢になりながら身体を震わせ始めた。
「あ……あぁ……アァァァァアアア!!」
両腕で胸部を抑えながら機械的な声で発狂したキルカは、水属性によって力を増した赤黒い雷を全身から発し始めた。
「くっ!」
雷鳴と共に視界が赤黒く染まった事を認識したヨハネは、前方にある地面を踏み付けた。
その瞬間、斜め方向から力を加えられた地面は、前方から迫る雷撃からヨハネを護るように隆起した。
(一時的な障壁だが、十分だ)
正面に出来た土の壁では雷撃を防ぎ切れないと悟っていたヨハネは、右拳に紅蓮の炎が纏わせた。
『烈火の槍』
土の壁を貫く様に突き出された右拳から槍の形状へと変化した炎の属性が放たれると、瓦礫の前で発狂していたキルカに直撃した。
「ウッ!」
キルカの発していた赤黒い電撃が消えた瞬間、周囲の木々を燃やす程の熱風が島中へと広がった。
「……」
紅蓮の長髪が熱風で激しく揺れる中、ヨハネは周辺の変化に意識を研ぎ澄ませたまま立ち尽くしていた。
(多種の属性を強引に取り込めば、精神よりも肉体が持たない……自分の意思で決着をつけるつもりなら、次の一撃に全てを賭ける筈だ)
そう考えていたヨハネは、烈火の槍を放った直後から体内に残された属性を右腕に集中させ始めていた。
「「絶対に、負けないっ!!」」
その瞬間、周辺に赤黒い雷を走らせながら周囲の熱風を吹き飛ばすようにヨハネの正面へと接近したキルカは、勢い良く上空へと蹴り飛んだ。
『全能の大爪』
キルカが頭上に振り被っていた鉤爪を包み込むように纏った黒く澱んだ水属性は、全長五メートル程の巨大な鉤爪を形成し、赤黒い雷が鉤爪をなぞる様に迸り、黒い炎が巨大な鉤爪の周囲を渦巻きながら漂っていた。
「「死っねェェェェエエ!!」」
感情に合わせて輝きを増した飴色の右目は、その場に立ち尽くしていたヨハネの姿を捉えたまま鉤爪を振り下ろした。
「奴の身勝手な実験で、お前の明るい筈の未来が奪われてしまった……辛かっただろう」
瞳を閉じて呼吸を整えたヨハネは、上空から迫り来るキルカに決意を秘めた緑色の瞳を向けた。
「闇夜を照らす天月として……」
右拳を構えたヨハネは、蓄積していた属性を右腕の前腕部で渦を巻く様に、マイナスの炎とプラスの炎を纏わせた。
左右別々の回転をする炎は、急速に拳に集結し紅と蒼の光を放った。
「キルカ、お前の黒く塗りつぶされた世界を、再び明るく照らしてやるっ!!」
『双陽の楯』
ヨハネが右拳を上空に向けて突き出した瞬間、凝縮された属性が前方へと解放された。
解放された属性は、二人の間に蒼と紅に二分された円盤状の楯を作り出し、キルカの全能の大爪を防いだ。
「ぐっ……こんな炎」
斬り破ろうと属性を更に解放したキルカの身体からは、周囲の地面を抉るように暴発した属性が飛び散っていた。
「「ハァァァァアア!!」」
属性力が増大した事で更に輝きを増した飴色の右目とは別に、キルカの両頬には竜の鱗のような鉱物の板が浮かび上がっていた。
「くっ!」
(やはり、これ程の属性を全て防ぐ事は出来ないか)
暴発した属性を双陽の楯で防いだヨハネだったが、溢れ出た属性は地面や双陽の楯の周囲から流れ込み、ヨハネの身体に傷をつけていた。
「……これで、終わりにしよう」
数秒目を閉じたヨハネは、展開していた属性の楯の背後で再び右拳を振り上げた。
「はぁぁぁぁあっ!」
『天の月』
属性に重点を置いた先程とは異なり、渾身の力を右腕に込めたヨハネは、形成された楯ごと正面に吹き飛ばす勢いで右拳を放った。
「「っ!まだ……マダイケル!!」」
属性によって形成されていた巨大な鉤爪が潰れ始めた事を視認したキルカは、身体全身の属性を注ぎ込み始めた。
そうして属性の酷使を続けていたキルカの瞳は輝きを失い、徐々に機械的な瞳から元の状態へと戻り始めていた。
「安らかに、眠れ」
大きな地鳴りと共に周囲の地面を割る程の力で踏ん張ったヨハネは、更に右拳に力を入れ属性の楯を押し出した。
「「……あ」」
人知を超えた力を受けた鉤爪は、限界を留めない程に曲がり、付与された属性はまるで何かに引っ張られるようにキルカの後方へと吹き飛ばされた。
「「負けちゃった」」
双陽の楯を含めた周囲に存在する物を消し飛ばす空気の塊をその身で受けたキルカは、痛みを感じる間もなく一瞬で意識を失った。
意識を失う瞬間に思い出したのは、母親と母親の息子が互いに満面の笑みを浮かべ、顔を見合わせている暖かな記憶だった。
ヨハネによって放たれた渾身の一撃によってキルカは絶命し、周囲が更地になったグラツィア島から見える海は、向こう岸に見える公園までの海が二つに割られていた。
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、ヨハネとキルカの戦いが終結するまでの物語でした。
次回は、別の場所で戦っている誰かのお話です!
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
次回 第83話 過去
お楽しみに!




