第72話 凋落の女帝
どれ程の人間が、〝死〟を直視して生きているのだろうか。
私が初めて死を直視したのは、戦地で仲間の死を看取った時。
属性を身に宿す人間が死ぬ時、内の属性が体外に放散されると同時に身体が消滅する。
しかし中には身体の消失が遅く、戦地で命を落としても尚、数時間身体が残されている場合が稀に存在する。
新人だった頃、前線で戦っていた私の前で銃撃を受けた男性がいた。
その男性は、銃弾によって肺に数十箇所の穴を開けられ、出血多量による出血性ショックによって亡くなった。
呼吸困難に陥っていた男性は、私の前で身体全体を伸ばすように手足を広げ、数秒後に起こった症状で男性の死を確信した。
男性の瞳が、透き通った水に墨汁を流した時のように一瞬で瞳孔が開いたからだ。
その瞬間、私は〝死〟というものを実感した。
神に再び命を与えられる一時的な眠りだったとしても、死の運命を定められた者は、最後に何も告げる事も出来ず、長く続く筈だった生涯が呆気なく終わってしまう死に恐怖を覚えた。
その場に座り込んだ私に残されたのは、死にゆく男性に何か出来なかったのかという後悔の念だけだった。
その時の私は、名も知らぬ男性に謝罪の言葉を発しながら涙を流し、いつ訪れるか分からない死への恐怖から感じていた。
それは激しく銃声が鳴り響く戦場の中で起きた、戦場では日常茶飯事の出来事。
私の両親のように、平和の陰に存在する幾多の人の死が、私の知らぬ所で毎日のように起きている事を改めて痛感した。
そんな世界に踏み込む意志を、幼いミールが示そうとしている。
私は、十数年しか経っていない命を奇跡に懸ける選択を、最初は愚かな事だと感じていた。
そんな時、戦地で命を落とした人々の意志が、私の心の中に別の考えを生み出した。
息を吹き掛ければ消えてしまう程に小さく灯った、人生という名の炎を懸けた選択は、その者の生涯で最も遵守されるべき選択なのだと。
―*―*―*―*―
ロシア本部ツァリ・グラード 中庭
『雷の皇帝』
アーミヤが右手を地面に接地した瞬間、地面に向けて放たれた電撃が長方形状に広がり、二人が立っていた地面は金色の光を放ち始めた。
そして、二人を囲うように広がった電撃は、直方体を形成するように上昇し、二人は電撃で造られた黄金の箱の中へと姿を消した。
「こ、これは?」
「国内で一部の人間しか知らぬ私の戦術だ」
電撃が跳ねる地面から右手を離したアーミヤは、動揺しているミールに言葉を発した。
「本来であれば、修練場で行なうべき行為だが……お前の決意を確かめる場は、この場所であるべきだと私が判断し、それ相応の場を設けた」
「それが……この場所なんですか?」
「ああ、そうだ。お前の属性を試す場として、雷の皇帝内が最も適している事を知っているからな」
「え?」
疑問の声を発したミールを他所に、アーミヤは自身の周囲に六本の雷槍を作り出した。
「先に言っておく……お前が私に勝つ事は出来ん」
「それは、やってみないと分かりませんよ」
そう告げたミールは、開花した属性を解放し全身に雷属性を纏い始めた。
「分かるさ……何年も見て来た力だからな」
その瞬間、ミールの瞳にはアーミヤから同時に放たれる六本の雷槍を予知した。
「っ!」
属性を介して未来を見たミールは、咄嗟にその場から飛び退いた。
するとアーミヤは両腕を組んだままの状態で、ミールに向けて六本の雷槍を同時に放った。
放たれた六本の雷槍は、ミールが立っていた場所に突き刺さり、周囲に放電しながら消滅していった。
(情報通り……開花した属性は、先見を可能にする属性力を有しているらしい)
事実確認の為に放った雷槍を避けたミールの様子から、情報が真実である事を確信したアーミヤは、ミールの周囲に存在する地面から雷槍を作り出した。
「くっ……先を見ないと」
飛び退いた先で未来を見たミールは、周囲の地面から発生する雷槍の位置と、放たれる方向を確認した。
「下から!」
着地したミールを取り囲む様に発生した数十本の雷槍は、ミールの腹部を目掛けて勢い良く伸長した。
「っ!」
迫る雷槍を予知していたミールは、その場から上空に向けて飛び、全ての雷槍を回避した。
(私の心に深く刻まれたスラーヴァさんとの最後の模擬戦……あの記憶と重なる動きだ)
上空へと回避する事を知っていたアーミヤは、飛んだ地点に形成した雷槍を上空へと向け、空中へと回避したミールに向けて作り出した雷槍を全て放った。
「次の攻撃はっ!?」
身体の中に確かに存在する属性に意識を集中させたミールは、下から飛来する雷槍が前後左右から腹部を貫通する予知を見た。
(空中じゃ回避出来ない……それなら)
迫る数十本の雷槍に対する対処法を考えたミールは、空中で身体を小さく丸めた。
「避けられないのなら」
身体全身に属性を纏ったミールは、全身を覆い隠す程の球体状の電撃を作り出した。
飛来した数十本の雷槍は、同時に電撃の壁に突き刺さった。
「……」
その様子を見ていたアーミヤは、刀身のみがブーメランの様に四方に繋がった雷円刀を空中に複数発生させた。
(属性が自由に扱えないと私が言ったのは、ミールの内に存在している属性が、容易に扱えぬ程に膨大である事を理解していたからだ……属性力は、恐らく私よりも遥かに高い)
その瞬間、ミールの作り出した雷球に突き刺さっていた数十本の雷槍は、雷球と一体化するように消えていった。
「ハアァァァァア!!」
雷球の内部からミールの雄叫びが周囲に響き渡ると同時に、ミールを覆う程度の大きさだった雷球が徐々に膨張し始めた。
そして直径三メートル程に膨張した雷球は、まるで爆弾のように電撃を拡散させ、周囲に雷光を発しながら広がり始めた。
『雷の皇帝』
強烈な雷光を感じながらも腕を組んだまま立ち尽くしていたアーミヤは、ミールの属性から身を護る為、周囲に発生させていた雷円刀の形状を変化させ、雷属性で構成された直方体の箱を作り出し、電撃から身を守った。
ズガァァァァン
巨大な雷鳴が二人を覆った雷の皇帝内に響き渡った。
「はぁ……はぁ……」
属性を解放させ、力で周囲の脅威を捻じ伏せたミールは、地面に着地した瞬間に膝を突いた。
(か、身体から何かが抜けていくような感覚が……た、立っていられない)
両膝と両手を地面に着いていたミールの顔は青ざめており、呼吸も荒くなっていた。
「属性は血液と同じように身体全身を巡っている」
ミールの前に姿を現したアーミヤは、先程の雷壁を構成した際に使用した電撃が身体全身から迸っていた。
「使用上限を知らず、過度に属性を使い過ぎれば命に関わる。ソーンの死に際に居合わせたお前なら知っているだろう?……ソーンは最後の最後に全身の属性を使い切った」
アーミヤの言葉を聞いたミールは、疲労で混濁している意識で過去の記憶を呼び起こした。
「生命維持に必要な属性量は、体内に必ず残されている……その属性が使用出来るのは、生きる事を放棄し、死を決意した時だけだ」
過去の記憶を辿ったミールは、最後に放たれた雷が、死を決意したソーンの渾身の一撃だった事を理解した。
「中でも意識に干渉する属性は、属性残量の管理も認識方法も特別だと、お前の父スラーヴァさんも言っていた」
「と、父さんが?」
ミールの掠れた声を聞いたアーミヤは、小さく首を縦に振った。
「お前は顔も知らないだろうが……彼はソーンよりも前に世界最強と称され、お前と同じ力でロシアの民を守っていた」
アーミヤの話を聞きながら息を整えていたミールは、残された力を振り絞るようにゆっくりと身体を起こし始めた。
「ミール……戦いは、もう決着している」
そう告げたアーミヤは、立ち上がろうとしたミールの身体に右手を添えた。
「ぐっ!!」
その瞬間、アーミヤの全身に迸っていた雷がミールの身体へと伝わり、ミールの身体は電撃によって小刻みに震え始めた。
「辛いだろう……これが属性で戦うという事だ」
「ぐっ……ぁぁ」
身体の震えが治まったミールは、その場に前のめりに倒れ込んだ。
「人は皆、死と隣り合わせな状態で日々を生きている。お前が向き合おうとしている戦場には、そんな底知れぬ恐怖が蔓延っている」
全身に帯びていた電撃が消失していたアーミヤは、地面に顔を向けた状態で倒れているミールに向けて言葉を続けた。
「それでもお前は……戦う事を選ぶのか?」
問い掛けたアーミヤは、周囲を迸る雷の音と肌に触れる微かな静電気を感じながら、倒れ込んだミールの返答を静かに待っていた。
「……ぅう」
電撃による痛みが和らいだミールは、うめき声を発しながら身体を小さく動かしたが、立ち上がる余力は残されていなかった。
「ァ……ア、アーミヤさんから受けた電撃は、い、痛いです……とても。か、身体が、内側から裂けていくような……感覚が何度も、流れて来ます」
そう告げたミールは、体内に残された属性を意識的に感じ取りながら自身の属性とアーミヤの属性を区別し、体内に残されたアーミヤの電撃を体外に放電出来ないか試していた。
「こんな痛みを、怖さを知ったからこそ……改めて思います。平穏に生きている光の人々が、痛みや死に怯えずに済む世界にしたいって」
使用可能な属性で体内に残されたアーミヤの電撃を放電させたミールは、ゆっくりと上体を起こし、意識の込められた真剣な眼差しをアーミヤに向けた。
「…………そうか」
(自分と同じようになって欲しくない……か。親を失い、自分よりも他人を生かしたいと毎日のように考えていた過去の私に似ている)
ミールの言葉を聞いて、情けない自分自身を苦しめる為にアプラリュート・ヌイに入隊した頃を思い出したアーミヤは、周囲に展開していた雷の皇帝を解除した。
(ミールは、あの時の私よりも残酷な世界を直視している。それでも尚、怖気付いて逃げる事もせず、自分の内にある不確定な力で立ち向かおうとしている)
周囲に生えた草を撫でるように流れる風を感じながら、アーミヤは二人の墓へと歩みを進めた。
(師である私との実力差を知りながら、意を決して恐怖へと立ち向かった……幼き私に出来なかった勇気を持った決断と行動を、ミールは示した)
墓の前に立ったアーミヤは、立て掛けられた純白の刀を右手で掴み、ゆっくりと持ち上げた。
(ソーン……パベーダ……お前達の命を懸けた覚悟が今であるように、生き方は自分自身で決めるものだ。その者が選んだ選択だからこそ、後悔を残さぬ結果となる)
純白の鞘に収められた刀を握ったアーミヤは、回復した体力でフラフラと立ち上がったミールに身体を向けた。
「ミール、これを持て」
「え?」
声のする方向に身体を向けたミールは、自分に向けて放り投げられた純白の刀を、咄嗟に両手で受け止めた。
(お、落とす所だった)
安堵の息を吐いたミールは、両手で握った刀に視線を向けて目を見開いた。
「これは……姉さんの刀」
「属性だけがお前の武器では無い。お前がツァリ・グラードで身に付けた剣技を活かせ……ソーンも、お前の力となってくれる筈だ」
その言葉を聞いたミールは、両手で握る刀を見つめながらソーン過ごした日々の記憶を巡らせ、一筋の涙を流した。
「……姉さん」
涙を流すミールを見ていたアーミヤは、再びミールの横を通り過ぎ、先程腕を組んで立ち尽くしていた場所で歩みを止めた。
「私は幾らでも時間を割く……残された時間内に、私に小さな傷でも負わせてみせろ。それが、お前をイタリア戦に同行させる条件だ」
条件を告げたアーミヤに身体を向けたミールは、純白の鞘から静かに刀を抜いた。
「必ず……成し遂げて見せます。僕と……姉さんの二人で!」
鞘から引き抜かれた瞬間、純白の刀身に金色の雷が迸っていた。
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、圧倒的な力を見せつけられて尚、戦う事を諦めなかったミールが姉の遺品である刀でアーミヤに再び立ち向かうまでのお話でした。
次回は、ミールとアーミヤの戦いが決着を迎えます。
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
次回 第73話 幼き雷帝
お楽しみに!




