第71話 瞳に映る未来
ロシア本部ツァリ・グラード 中庭
葬儀を終えたアーミヤとミールは、着ていた黒衣から隊服に着替え、ミールは帽子を、アーミヤは頭を覆っていたショールを外し、二人の埋葬された墓の前で立ち尽くしていた。
「少し……残し過ぎましたね」
二人の墓の前で座り込んだミールは、墓に供えられた追善供養の際に残ったクチヤに視線を向けていた。
クチヤとは、古くからロシアの追善供養の際に用意される塩を少々含んだお粥の事である。
「二人とも、特にパベーダは食欲旺盛だった。きっと、喜んで食べてくれるだろう」
アーミヤはそう言いながら、地面に座り込んでいたミールに視線を向けていた。
「そうですね……パベーダさんは、姉さんの倍以上食べる人でしたね」
ミールの服装は、普段身につけている白い軍服では無く、スラーヴァやロキが着ていた白い隊服を身につけていた。
「ああ、総司令官としては肉ばかりではなく野菜を食べ、健康管理をして貰いたかったがな」
(ツァリ・グラードの軍服では無い白の隊服か……闇を照らす光を象徴する隊服だとスラーヴァさんも気に入っていたな)
座っているミールに視線を向けていたアーミヤは、記憶に残ったスラーヴァの姿とミールの姿を重ね合わせていた。
(属性が開花した事を導き手から聞いたが……属性の開花と、最愛の姉であるソーンの死が……臆病だったミールの心を変えたのだろう)
入隊当時からアーミヤと同様に軍服を身に付けていたミールが白い隊服を身に付けた事が、ミールの意識の変化を感じさせていた。
(属性の開花……か。ミールの体験した事が本当であれば、それは……スラーヴァさんの先見と同様の属性力を有していると言う事なのか?)
アーミヤは、ロシア東部で起きた事を詳細に説明したユカリの言葉を思い出していた。
「アーミヤさん」
「……ん?」
スラーヴァの有していた雷の先見について考え込んでいたアーミヤは、声の聞こえた方向へと視線を向けた。
声を発したミールは既に立ち上がっており、アーミヤに視線を向けていた。
「……なんだ?」
「イタリアでの戦い……僕も参加したいです」
ミールの発した言葉を二人の葬儀を執り行っている時から予想していたアーミヤは、感情を整理するように数秒瞳を閉じた。
「ふぅ……何を言い始めるかと思えば、随分とふざけた事を抜かすな?」
小さく息を吐き、再び目を開けたアーミヤの瞳からは優しさは消え、帝国ロシアで総司令を務めている際の鋭い眼差しへと変わっていた。
「ぼ、僕は……姉さんとパベーダさんの意志を、無駄にしたくないんです」
アーミヤの発する威圧感に気圧され掛けたミールだったが、身体を震わせながらも自身の思いを口にした。
「そうか。ソーンもパベーダも、お前が戦場で死ぬ事を望んでいると……そう言いたいんだな」
「……違います」
「何が違う?それともお前は、戦場に出てすらいない、剣術を一年磨いた程度の尻の青い小僧が生きていける程、生温いモノだと考えているのか?」
「……」
アーミヤの威圧に圧倒されたミールは、言葉を発しようと開け掛けた口を閉ざし、力なく俯いてしまった。
「そもそも、お前に何が出来る?」
「……」
「属性は開花したそうだが、それで何が出来る?開花したばかりの属性は二、三日で扱える代物じゃない。扱いも出来ない凶器を持って、お前は戦場で何をすると言うんだ?」
「……」
アーミヤの言葉に反論出来ず、身体を震わせながら沈黙を続けていたミールの顔からは涙が溢れ、中庭を数滴の雫が濡らしていた。
(ミール、すまない……お前が開花した強大な属性を扱うには、ある程度の訓練期間が必要なんだ)
開花した属性は、属性力が強ければ強い程に扱いが困難になる。
一般人が日常生活に使用している属性力が数分で扱えるモノならば、隊員が使用する属性力で数日、主力が使用する属性力は一週間以上の期間が必要であった。
(導き手が創造したユウトと呼ばれる少年は、属性を扱えるようになるまでに数日掛かったと聞いた。属性力と期間を考えれば、それでも驚異的な速さだ)
過去に報告を受けていたアーミヤは、ユウトの使用する属性に関する情報と、日本での功績を記憶していた。
(修練を重ねているとは言え……属性を扱う上では殆ど意味がない)
属性を扱う訓練は、剣術や体術とは全く異なる訓練を行なう必要がある為、ミールがこれまでに培って来た経験を活かす事が出来ない。
(ミールの開花した属性は、世界最強と称されたスラーヴァさんと同等の属性力を有していると考えるべきだ。だとすると……常識で考えれば、一ヶ月程度の期間が必要だ)
しかし、チェルノボグが潜伏していると想定されるイタリア戦に参加するには、猶予が一日程しか残されていない。
(期間が短過ぎる……ミールには悪いが、次の戦いは——)
「ぼ、僕だって怖い……戦争なんて……したくない」
掠れた声に意識を向けたアーミヤは、身体を震わせ涙を流しながらも、顔を上げアーミヤに瞳を合わせるミールの姿があった。
「でも、今の僕よりも怖い思いをしながら毎日を過ごしている人がいる事を知っています。そんな人達の安心の為なら、僕は……自分の命に替えてでも、開花した属性を扱えるようにしてみせます!」
「ふっ、世界の為か……随分と大きく出たモノだ。そんな根性論で、常識を覆せると本気で考えているのか?」
「僕は……あの日誓ったんです。姉さんが最後に伝えた……本当に強い人間に……姉さんが、ゆっくり眠れるような……退屈過ぎるぐらい平和な世界に出来る人間になるって」
その時ミールの瞳には、ボロボロになりながらも自身に優しく語り掛ける最愛の姉の姿が映っていた。
『忘れないで。本当に強い人は、自分がどんなに非力でも人の為に努力と向き合える人。自分よりも 他人を想い、涙を流せる人なの……そんな貴方がそばにいてくれたから、眠る事が出来るの』
記憶の中に鮮明に残されたソーンの言葉が、震えていたミールに先の見えない恐怖に立ち向かう勇気を与えた。
「無謀だと言われても、やると決めたんです。姉さんの言葉と一緒に継いだ……姉さんと同じ雷の属性で、この国と、世界の為に強くなるって」
『どんなに小心者な奴だって、一つの不安に立ち向かった時……ソイツは、臆病者じゃなくなる』
ミールの言葉を聞いたアーミヤは、過去にパベーダから伝えられた言葉を思い出していた。
(ああ……お前も、いや……私もそちら側の人間だったな)
後悔してばかりで先に進めず、足踏みばかりをしていた頃のアーミヤを進ませた言葉。
全ての人間は、不安を抱えて生きている。
迫り来る恐怖や不安に立ち向かい、誰かの為に戦地を駆ける。
その確固たる意志を、ミールは国や世界に示そうと必死に足掻いているのだと理解した。
(私だけでなく、世界に向けてか。遺伝とは無縁だと結論付けられた属性が、軌跡のように内縁で継承されながら……世界最強の力と意志は受け継がれてると言う事か)
ミールの決意を聞いたアーミヤは、数秒考えるように瞳を閉じると、ソーンから距離を取るように背中を向けて歩き始めた。
「ミール……もし、お前が本気で戦地へ赴くと言うのなら」
二人の墓場から離れたアーミヤは、ピタリと歩みを止めてミールへと身体を向けた。
「人の意志に左右されるな……決断を他者の意志に委ねれば、決断した者が負った傷も、痛みも、罪も全て他者に背負わせる事になる」
その言葉を聞いたミールは、背後にある二人の墓に視線を向けた。
「意志の継承は関係無い……お前自身は、一体どうしたいんだ?」
アーミヤから語り掛けられたミールは、二度の深呼吸で決意を固めると、鋭い眼差しをアーミヤに向けた。
「僕は、戦争を……苦しみしか生まれない争いを、この世から無くしたいです」
「そうか……意志は固まったようだな」
ソーンの眠っていた木が風に揺れる音を感じながら、ミールは二人の墓から離れ、アーミヤの近くまで歩みを進めた。
「いつの世も……信頼出来るのは、意志が込められた言葉ではなく、意志を示す行動だ」
薄緑の髪を風に靡かせながら、紅碧の瞳で正面を見つめていたアーミヤは、向かい合う少年に言葉を発した。
「もう一度聞く。先の発言を撤回するつもりは無いんだな?」
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、ユウキが創造の世界に入っている間のロシア主力達のお話でした。
次回は、覚悟を決めたミールとアーミヤの戦いが始まります。
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
次回 第72話 凋落の女帝
お楽しみに!




