第50話 勝利の名を持つ者
アタシは、導き手の言葉を信じていなかった。
たった一人の少女が、世界に幾億と存在する人々を一つに繋ぐ事、個人個人の信頼を得る事なんて出来ないと。
国民を守る事でさえ手一杯、一国同士で契りを交わす事でさえ困難な世の中で、少女の言葉に耳を貸す指導者がいる訳がないと背を向けた。
アタシが背を向けている間に、幼い導き手は幾多の国々へと渡り歩き、数え切れない程の発言を、数え切れない程の行動をした。
赴いた国で、出来る限りの発言をした。
多くの命を救うと、個人個人が有する大切なモノを護ると、争いの存在しない世界を必ず実現して見せると。
赴いた国で、出来る限りの行動をした。
飢えに苦しむ人々に食料を与え、戦場に怯える人々に安息の地を与え、孤独に苦しむ人々との対話を続けた。
アタシは幼い導き手が踏み出したその道が、一人の人間として踏み出すには、余りにも強大で、先の見えない程に暗い道だと思っていた。
誰一人として出来なかった一歩を踏み出し、たった一人の幼い少女には到底成し得ない事を成し遂げた時、初めてアタシを含めた世界中の人々は、ようやく理解した。
導き手が紡いだ信頼を受け継いだ幼き少女が実現した行動が。
平和へと導くと宣言した導き手の純粋な想いが、嘘偽りの無い、心から信じられる言葉なのだと。
背を向けていた光に身体を向けたアタシは、そんな直向きに努力を積み重ねる人達に憧れてツァリ・グラードに所属した。
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ロシア南部
死の淵から蘇ったパベーダは、冷や汗を流しながら土煙の舞う空間を見つめていた。
視線の先に数秒前まで存在した緑々しい木々は、チェルノボグの背中に向けて放たれた電撃によって黒く染まり、白煙を放っていた。
「アタシ達の知る後方狙撃隊将官を真似る偽者が……他人を見縊り過ぎなんだよ」
属性の大半を使用し放った一撃によって疲労の色を見せたパベーダは、組んだ状態で突き出されていた両手を力なく垂れ下げた。
(念の為に…… 〝あれ〟を)
属性消費による疲労によって覚束ない意識の中で微かな不安を抱いていたパベーダは、身に纏った隊服のポケットに手を入れた。
「ああ、その通りだな」
微かな不安を鮮明なモノにする声が聞こえたパベーダは、下に向けていた意識を舞い散る土煙の中へと向けた。
「だが、その言葉は俺に対してでは無く」
土煙の中で立ち尽くしていたのは、パベーダの技を間近で受けながらも、擦り傷一つ負っていないチェルノボグだった。
パベーダの視認する事が出来る部分に傷の痕跡は存在せず、身に纏っている衣服は損傷の有無を考察する意味を感じさせない程に変化が無かった。
「俺に一矢報いる事が出来ると思った……お前にこそ相応しい」
そう告げたチェルノボグの周囲に存在する土煙は、何故か円形に避ける様に舞っていた。
視線の先で起きている出来事を目にしたパベーダには、まるでチェルノボグを中心とした一定範囲を〝何かが覆っている〟様に見えた。
「分かっただろう?パベーダ……主力程度の人間が、俺に勝利する事など到底不可能だと」
「は、ふざけんな。アタシの実力を見た程度で、他の主力達の底を知ったつもりか?……お前の慢心なんて、聞くだけ無駄だ」
足元の覚束ないパベーダは、身体をフラつかせながら自身に歩み寄るチェルノボグを睨み付けた。
「驕りか……」
怒りの籠った叫びを聞いたチェルノボグは、その場でピタリと立ち止まると、右手をゆっくりと上げ携えた〝白い銃〟を見せた。
「現状までに俺の出していた力が、多く見積もっても二割程度だと公言しても……お前は俺に、その言葉を口に出来るのか?」
その言葉を聞いたパベーダは、相対した存在との実力差を痛感した事によって反論の言葉を失い、その場で固まってしまった。
「現に、俺はお前に対して片手でしか対峙していない……これ程までに実力の差が存在しているとは、過去の俺はお前の事を過大評価していた様だ」
そう呟いたチェルノボグの脳裏には、転生以前の自信であるロキの姿が映し出されていた。
「だが、諦める事は無い」
チェルノボグの発した一言に反応したパベーダは、疲労と絶望によって硬直していた身体を動かし、両拳を強く握り締めた。
「お前が諦めた所で殺すだけだ……ならば足掻け。出来るだけ醜く、無様に生きてみろ。死ぬ事を恐れぬ前衛部隊の将官ならば、簡単な事だろう?」
(……違う)
パベーダは声を発する事なく、決して表に出す事の出来ない想いを、心の中に募らせていった。
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死ぬ事は、いつだって恐ろしいモノだ。
どれだけ力を付けても、どれだけ技術を磨いても。
上には上がいると知った瞬間、アタシの心は大きく揺れ動く。
光の人間が闇の人間に命を絶たれた瞬間、磨き上げた技術が、積み重ねた努力が、命を賭して護っていた存在に向けられる。
アタシが前衛部隊の将官になった理由は、憧れに近づく為だけじゃない。
強い者が、弱い者を護る。
それが例え見ず知らずの他人だろうと、素性も名前も知らない者であろうとも護る。
アタシが最も嫌いな事は、自身の弱きを嘆き、涙を流しながら命を失ってしまう、そんな悲しい運命を辿る人々が存在してしまう事。
幸せになれる世界に奇跡的に生まれ出たのに、幸せが荒んでしまう未来しか見られないなんて辛過ぎる。
アタシが前衛部隊にいる限り、誰も死なせない、誰も苦しませない。
そんな苦しみを背負うのは、アタシ一人で十分だ。
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ロシア南部
「当たり前だろ……アタシは、アタシよりも大切な部下達を背負って戦ってるんだ」
その場に立ち尽くしていたパベーダの周囲を渦巻く様に、一線の金色の稲妻が発生していた。
「大切なモンを護る事が、アタシって女の……生きる道だ!!」
そう叫んだパベーダの身体から発生した雷は、周囲の地面を割る程の属性力を発しながら周囲に広がり始めた。
そして、周囲に発生していた稲妻によって身体全体を包まれたパベーダの姿は、まるで金色の鎧を纏ったかの様な姿だった。
「…………そうか」
そう告げたチェルノボグは、白い銃を握っていた右腕を垂れ下がると、黒衣のポケットに入れていた左手を取り出した。
その左手には、右手に携えた銃とは対照的な色を有する〝黒い銃〟が握られていた。
「俺は、お前の下等な価値観に興味は無い……そして、下らない戯言を口にした低脳な愚者に時間を浪費する程、俺は暇じゃない」
光を感じさせ無い瞳を向けたチェルノボグは、ゆっくりと左腕を上げ、左手に握る〝黒い銃〟の銃口をパベーダに向け始めた。
「っ!そうは、させるかぁ!!」
右拳を構えたパベーダは、光を思わせる速度でチェルノボグへと接近し、構えていた右拳を前方へ向けて突き出した。
(勝利を信じて歩みを共にしてくれた隊員達の未来は、消させない……アタシの、命に替えても!)
『勝利を信じる者』
右拳が前方に向けて突き出された瞬間、パベーダを、覆い尽くしていた電撃はチェルノボグだけで無く周辺に存在した全てを呑み込む程の雷となって放たれた。
『チェルノボグに殺されてしまえ』
視界を埋め尽くす程の雷光が輝く中から発せられた言葉を耳にしたパベーダの心臓は、突如〝見えない何か〟によって撃ち抜かれた。
「かはっ!」
(なんだ……と)
その何かは、溜め込んでいた強力な電撃をパベーダの身体内部で解放された。
その瞬間、一瞬の閃光と共にパベーダの内臓の大半は、黒く焼け焦がされた。
「……アタシは、ここまでみたいだ」
外部に損傷は殆ど無かったが、内部は深刻な状態になっており、パベーダの有する水のマイナス属性ですら、意味を成していなかった。
「当然だ。確実に死ぬように撃ち込んだからな」
座り込んだパベーダの前に現れたチェルノボグは、以前と同様に傷一つ負っていない状態で、平然と立ち尽くしていた。
「アンタなら必ず出来る……この国で最強の……いや……アタシが憧れたアンタなら」
そう告げたパベーダは、ポケットの中で機能し続けている物に対して微笑みを向けた。
(なんだ?……まるで俺じゃない誰かに語り掛けているような)
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ロシア本部ツァリ・グラード 司令室
「…………パベーダ」
先程から繋がっていたパベーダの〝通信機〟から発せられた言葉を聞いたアーミヤは、室内の窓から南方に視線を向けた。
その瞳からは、一筋の涙が流れていた。
「うあぁぁぁぁあ!!」
アーミヤの悲しき叫びは、ツァリ・グラード周辺に響き渡り、周辺に残存する人々及び〝南部の隊員達〟に一筋の電流が走らせた。
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ロシア南部
「なんだ……この光は!?」
チェルノボクは、目の当たりにした不可思議な現象に目を奪われていた。
アーミヤの叫びに呼応する様に、南部に存在する〝全て〟の大地が雷光を発し始めていたのだ。
『雷の皇帝』
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、ロシア南部にてパベーダ対チェルノボグの戦闘にて、パベーダが瀕死の重傷を負い、念の為起動させていた通信機で状況を把握していたアーミヤが属性を解放するまでの物語でした。
次回は、アーミヤの過去について語られるかも?
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
次回 第51話 世界最強と共に歩んだ者
お楽しみに!




