第10話 光の神
模擬戦から数時間が経ち、完全回復したユウトは準備を終えた二人を引き連れてユカリの元へ向かって歩みを進めていた。
「ユウト。疑う様で悪いんだけど……本当にこっちにユカリがいるのかい?」
レンがユウトに対して、そう尋ねるのも無理はなかった。
ユウトは向かっている場所は、ユカリが回復を行なっている治癒室ではなく、別階層にある男性隊員用の寝室だったからだ。
「ユウトはユカリの位置を把握する事が出来るみたいですから。闇雲にユカリを探すよりも、今はユウトについて行った方が確実にユカリに会えますよ」
笑顔でそう告げたヒナは、二人の手合わせ前に洗っていた野菜の盛り合わせを持ったままレンの隣を歩いていた。
(やっぱりヒナは相変わらずだね。まぁそれがヒナの良いところなんだけど)
「ところで、一つ聞きたい事があったんだけど……ユウト、君が僕との模擬戦で創造したグローブはどう言う内容で創造したんだい?」
二人の前を歩くユウトは、レンに視線を向ける事なく質問に答え始めた。
「ユカリも同じだと思うけど、頭の中で考えた形状の物を、意識した場所に向けて創造するんだ。そうすればどんな形状の物だろうと存在しない物として創り出せる上に、武装として簡単に身に付けることも出来るんだ」
「なるほど……でも、それって創造する度に最初から形状とか考えないといけないのかい?」
「いや、一度創造した物や資料で構造を把握している物に関しては記憶を頼りに創造する分、初めて創造する物に比べると楽に創造する事が出来るんだ」
「へぇ……そう言う物なんだね」
説明に対して、レンが納得したような声を上げていると、先導していたユウトが徐に〝ある人物〟の部屋の前で足を止めた。
「ここは、カイの部屋だね」
茫然としている二人を他所に、カイの寝室に入る扉を開くとそこには、カーテンの締め切られた薄暗い部屋に、一人立ち尽くしたユカリの姿があった。
「ユカリ!」
「…………ユウト?」
背後から聞こえたユウトの声に反応して振り返ったユカリは、驚いたように目を見開いたまま固まっていた。
「……本当にあのユウトなんですか?まだそんなに時間が経っていないのに、雰囲気が見違える程変わりましたね」
ユウトの成長をとても喜んでいたユカリとは裏腹に、ユウトの背後に立っていた二人はユカリの持っていた写真を悲しげに見つめていた。
「ユカリ。その写真……カイの持っていた写真ですか?」
ヒナが問いかけると、ユカリは写真に視線をむけたまま静かに頷いた。
写真たてに入っていた写真は、日本の主力である四人が全員で集まった時に一緒に撮った写真だったが、ユカリの持っていた写真は完全に割れてしまっていた。
「そこにあるゴミ箱に捨てられていました。きっとカイが投げ入れたのでしょう」
四人が笑顔で映っているひび割れた写真は、カイが思い出さえも簡単に捨て去る事が出来る人間へと変わってしまったという事を四人に感じさせた。
「……ユカリ。カイが闇の人間だった事は、僕にとっても衝撃的だった。だけど、彼が主力と呼ばれる程に平和を願って行動していた事は事実だ。
もし、彼が間違った道を歩んで闇へと堕ちて〝光の神様〟と呼ばれる君になら、きっとカイを変える事だって出来る」
「〝光の神〟?」
レンの発した言葉に、不思議そうに首を傾げているユウトを見たヒナは、ユウトの側まで歩み寄り小声で教え始めた。
「〝光の神〟と言うのは、ユカリが光の人々から影ながら呼ばれている敬称で、強いからでは無くユカリの三年間で行なった多くの功績によって一部の人々からはそう呼ばれるようになったんです」
「……成る程。だから資料に記載されてなかったのか」
ヒナの説明に納得したユウトは、レンとの模擬戦前に一人の女性と共に勉強していた資料に、ユカリの敬称に関する記載がなかった理由を理解した。
「それでユカリ。出発はいつにするんですか?」
ヒナがユカリに尋ねると、少し間を開けた後『準備が出来ていれば、今からカイ達が待つルクスに向かいます』と告げた。
その言葉を聞いた三人は、少々呆気に取られていた。
「ユ、ユカリ。確かに私達は準備を整えていますよ?でも、ユカリは大丈夫なんですか?」
ヒナが心配そうに尋ねると、ユカリは迷い無く頷いた。
「大丈夫です。体力は十分回復出来ましたし……私には、カイがこれ以上過ちを犯す前に止める責任がありますから」
ユカリから発せられた決意の込められた答えに、ヒナは小さく頷いた。
「分かりました。私も、ユウトも、レンも、覚悟を決めていましたからね!」
ヒナの言葉に、ユウトとレンは同時に頷いた。
「レン、ヒナ……ユウトも、ありがとうございます!では、行きましょう……ルクスへ!」
四人は決意を固め、転移エリアへと向かって駆け出した。
―*―*―*―*―
ユカリ達が転移エリアに到着すると、転移エリアが停止している事を確認した。
「やはり完全に転移エリアは停止していますね。ヒナのおかげで闇の人間達のルミナ侵入を防げました。本当にありがとう……ヒナ」
面と向かって発せられたユカリの言葉に、ヒナは小さく首を横に振った。
「お礼を言うのは私の方ですよ!ユカリ以外の人でも転移エリアを停止できる様にしていた事と、ルクス内の人々を瞬時にルミナに転移出来る環境を事前に整えていなければ、あの短時間に住民を避難させることは出来ませんでしたから」
そう言って微笑み合う二人の笑顔は、冷え切っていた雰囲気を暖かく緩和している事を、ユウトとレンは密かに感じていた。
「でも本当に良かったです。もしも自分に何かあった時に光の人々を、どう安全な場所に避難させるか事前にヒナと相談していて」
「あの時は、ヒナとユカリの二人でルクスとルミナを行き来して試行錯誤していたよね。カイがその話を聞いていなかったのは救いだったね」
レンの言葉にユカリとヒナが頷くと、ユカリは転移エリアの近くにあった機械モニターを操作すると、停止していた転移エリアが起動し白い光が灯り始めた。
「こちらからの一方通行のみ可能な転移エリアに設定しました。本来であれば闇の人間が使用する事は出来ない筈ですが、カイが使用した可能性がある現状では侵入予防策を講じておく必要がありますからね」
現状で把握する事が出来ないカイの移動方法を考慮したユカリは、転移エリアを制限付きで設定した状態で起動していた。
「その設定上、私達も戦いが終わるまではこちら側に戻ってくる事は出来ません。全員……覚悟は出来ていますか?」
ユカリの問い掛けに、三人は同時に頷いた。
「では、行きましょう。カイの誤ちを制する為に」
その言葉を最後に四人は、白い光に包まれ転移エリアから姿を消した。
―*―*―*―*―
転移して来たユカリ達は、変わり果てたルクスを見て愕然としていた。
外見はルミナと全く同じだが、確認する事が出来る一階には物が一切存在せず、あるのは部屋の奥にある二階へ上がる為の階段だけだった。
「ねぇユカリ……カイにこれほどの力は無い筈……だよね?」
「……そうとは言い切れません。私達の知っているカイは、光に潜伏していた頃のカイなんですから」
レンの問いに答えたユカリは、そのまま言葉を続けた。
「ですが……今のルクスから感じる異様な感覚は、今までに感じた事がない程の悍ましさを感じます」
「確かに、そうですよね……完全に以前のルクスと構造が変わっていますし」
転移を終えた四人が異様な変化を遂げたルクスを観察していると、ユウトがある事に気付いた。
「……そう言えば、あの二人以外の敵は?カイって奴の話では、大量の闇の人間がいる筈だったよな?」
ユウトの言葉通り、ルクス周辺は疑問に感じる程の静寂に包まれていた。
「確かに変ですね。転移するまでは、私も敵に包囲されているかと思っていたんですが」
「でも、この一階には人の気配があるね。微かだけど数十人は何らかの方法で隠れてる」
そう言うとレンは、三人の前に立つと階段のある場所を指差した。
「この階にいる敵は僕に任せて、みんなは二階へ向かいなよ」
「レン……任せても良いですか?」
心配そうな声を上げたユカリに対して、レンは笑みを浮かべながら両拳を握り締めた。
「勿論だよ。全員が残って属性を消耗する訳にはいかないからね」
レンはそう言うと、両拳に紅蓮の炎を纏い始めた。
「さぁ早く行きなよ!じゃないと、僕が一階の敵を片付けて最上階にいるカイにリベンジするよ!」
立ち止まっていた三人に声を上げたレンに対して、ユカリはこくりと頷いた。
「レン……気をつけて下さいね」
そう言うとユカリは、二人を連れて階段へと駆け出した。
「……レンならきっと大丈夫」
表情を曇らせてたまま呟き、階段へと向かうユカリに向けてユウトは声を掛けた。
「レンの力なら雑魚が何人来ようが、勝てやしない。ユカリは自分のすべきことだけ考えていれば良いんだ」
その言葉に、ユウトの隣を走るヒナも頷いていた。
「ユウトの言う通りですよ!レンがいれば問題無いです!」
二人の言葉にユカリは小さく頷くと、辿り着いた階段を全速力で駆け上がった。
レンが一人になると同時に、誰もいなかった筈の一階から突如数十人の闇の人間が現れた。
レンは闇の人間達の背後に、〝黒く渦巻いた空間〟が見えたような気がした。
(今のは?……いや、今は目の前の敵に集中しないと)
「ユカリ……ヒナ……そしてユウト、カイの事を頼んだよ。さぁ闇の人間達!ここから先は僕がまとめて相手をしよう!」
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二階に上がった三人は、一階と同じ構造の部屋を駆け抜け三階に向かっていた。
そんな時、突然ヒナが立ち止まった。
「ヒナ、どうかしましたか?」
立ち止まったヒナに気付いたユカリは、ヒナに続いて立ち止まりヒナに声を掛けたが、ヒナは返事をする事なく視線の先に見える人物を見つめていた。
ヒナの視線の先には、一人の少女が座っていた。
御所染の寝衣を身に纏った薄紫色の髪をした女の子は、物が一切存在しない広めの部屋の中央で座り込み小さな寝息を立てながら安らかに眠っていた。
しかし三階への階段は一階と異なり、中央を通らずにそのまま素通り出来る位置に階段があった為、ユカリとユウトは少女を無視して三階へと向かおうとしていた。
ヒナも最初は戦わずに素通りしようと考えたが、少女の様子が気になり立ち止まっていた。
「ユカリとユウトは先に三階へ向かって下さい。私はあの子の事が少し気になるので、少し確認した後で三階に向かいます」
ヒナの返事を聞いたユカリは、不安げな表情を浮かべながらも小さく頷いた。
「分かりました。ヒナ、あの子も恐らく闇の人間です……気を付けて下さいね」
「はいっ!カイの事は任せましたからねユカリ!それからユウト?ユカリの力になってあげて下さいね」
「勿論だ。任せてくれ……先生!」
ユウトの呼び方に、ヒナから笑顔が溢れた。
「ふふっ、もう教師と生徒じゃないんですから、同じ光の仲間としてヒナと呼んでください」
「そうか……ヒナ、任せてくれ。俺はその為に、訓練して来たんだからな!」
そう言い残すと、ユウトとユカリは三階の階段を駆け上がって行った。
―*―*―*―*―
「さて、あの子……見た感じは完全に眠っていますが、そのまま近付くのは危険ですよね」
ヒナは自身の周りに、蒼い泡沫を発生させると眠っている女の子に向けてゆっくりと泡沫を浮かばせた。
(あの子の周りに何かあれば、泡沫が反応する筈)
浮かんでいた泡沫が、女の子の五十メートル程まで近付いた時、突然床から黒く淀んだ黄色い電撃が発生し、全ての泡沫を貫いた。
「なっ!」
発生した電撃は、女の子の周囲五十メートルの床一体を囲むように発生していた。
しかも床を走る電撃は、空中を〝浮遊していた〟泡沫を貫いた事から、床だけで無く空中にまで電撃の範囲が及んでいるという事になる。
(水と酷似した性質を持つ水属性と電撃……相性は、かなり悪いですね。でもあの子、闇の人間なのに不思議な違和感を感じる)
「取り敢えず……あの子を起こす事が出来ないか、いろいろやってみましょう!」
そう言うとヒナは、自身の周囲に回転した水の柱を数本発生させた。
「お寝坊さんは、私が叩き起こしてあげます!」
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、想像以上に長くなってしまいました。後々に出すと言っていた女の子がこんなに早く出るとは私も思っていませんでした。ヒナは女の子を起こす事が出来るのでしょうか?次回はヒナvs薄紫髪の女の子です。
次回 第11話 少女の見た夢
お楽しみに!




