第45話 二人のユカリ
ロシア 東部 刻絕の大穴
目の前に突如現れた少女から払われた刃を結晶刀で受け止めたユカリは、脳内で現状を整理した。
(凍華零域が解除された?領域の一部が〝何者かによって消滅された〟事で形状を保てなくなった様に感じた……そんな事が出来る存在が闇の人間の中に?)
数秒思考を巡らせたユカリは、自身の領域覚醒が解除されていない事を再確認した後、刃を交えていた少女を後方へと弾き飛ばした。
「貴方に、幾つかの質問があります」
「シツモン?何それ?」
そう告げた少女は、着地と同時にユカリに向けて力強く地面を蹴り、瞬時に接近すると同時に下げていた刃を振り上げた。
「くっ!」
少女の振り上げられた刃に反応したユカリは、咄嗟に結晶刀で斬撃を防いだ。
(この子、言葉の意味が理解出来ていない。創造した当初のユウトと似ている……それなら)
ユカリは向かい合った少女の身動きを封じる為に、少女の両脚を結晶で地面に固定させた。
「それならって……あれ?」
ユカリの意識に反応して身体を動かそうとした少女は、視線を下に向けた事で自身がその場に固定されている事に気が付いた。
「ふぅ……先ずは、名前を教えてくれますか?」
「名前?私の名前はね〜 〝ファクティス〟!」
「ファクティス?」
ファクティスと名乗った少女は、ユカリの言葉に対して頭の上に跳ねた髪の毛を揺らす様に頷くと両脚を固定していた結晶を観察する様に視線を足元へと向けた。
(ファクティス……名前に何かしらの意味があるとするのならフランス語の〝偽物〟と言う意味なんでしょうか……別の意味として考えられる候補としては〝人工〟ですが……まさか!)
そう考えたユカリの脳裏には、自身が属性によって創造したユウトの存在が過っていた。
「その〝まさか〟かもしれないよ?」
思考を読んだとしか思えない言葉を発せられた事に驚いたユカリがファクティスに視線を戻すと、結晶を観察していた筈のファクティスは、特徴的な紅赤の左眼と京紫の右眼をユカリに向けて優しく微笑んだ。
そして次の瞬間、両脚を固定していた結晶は甲高い音を立てながら砕け散った。
「っ!」
(そんな……領域解放している状態の結晶を砕くなんて)
ユカリの結晶を砕く方法は限られている。
通常の氷のように炎の属性で溶かす事は不可能である為、ユカリよりも属性力の弱い人間は、転生前のカイと同様に外部から強い衝撃を与える方法しか無いが、その方法では身体に付着した結晶を全て取り除く事は出来ない。
ユカリ以上の属性力を有している人間の場合は、障壁と同様に結晶の有する属性耐久値を上回る属性を結晶に対して与える事で破壊する事が出来る。
そして、ユカリの対峙しているファクティスは両脚に青黒い炎を纏っており、結晶の耐久力を上回る属性力を少女が有している事を物語っていた。
ユカリは、制限付きで自身の限界を引き出す領域解放を使用していた為、自身よりも属性力が格上である事を一瞬で理解させた。
「……貴方は、造られた存在だと言う事ですか?」
領域解放状態ですら、属性力の勝る相手に対して絶望的な属性量の枯渇を防ぎつつ、解放状態を長く維持する為に、ユウトとの戦闘を糧に練習していた半分の解放状態に転換させた。
「そんなの知らなーい……だって私起きたばっかりだもん」
「起きたばかり?」
その返答を聞いたユカリは、ファクティスの発した言葉の真偽を疑った。
ファクティスの動きは、剣技の修練を積んだ人間の動きを思わせる程に鋭敏なものだったからだ。
「そうだよ?う〜んとね……あの場所以外で人と話したのは、〝レン〟を含めたら〝ユカリ〟で二人目!」
「……どうしてレンの事を——」
そこまで口にしたユカリは、フィリアから伝えられたレンの状況を思い出して沈黙した。
(まさか……レンが?ファクティスが嘘を言っている可能性も有りますが、それならば何故レンの名前を……それに、起きたばかりにも関わらず私の名前を知っているのは——)
「なんでだろう?……最初から名前と顔を覚えていた気がするだけ!」
思考を凝らしていたユカリに向けて再び接近し刃を振り上げたファクティスに対して、ユカリは同様に結晶刀による防御を試みた。
「ハズレ〜」
ファクティスが口にした瞬間、右手に携えていた紅の刀身を有する刀は、一瞬で蒼炎となり忽然と姿を消した。
「なっ!」
刀が消える瞬間を目にしたユカリは、予想外の出来事に意識を奪われてしまった。
その一瞬を見逃さなかったファクティスは、左手に出現させた紅の刃で、硬直していたユカリの身体を斬り裂いた。
「くぅっ!」
右肩から斜め下に身体を斬り付けられたユカリは、傷口からの出血を抑える為に大きく斬り開かれた傷を結晶で塞いだ。
「この遊びは、ユカリの負け〜」
左手の刀に意識を向けていたユカリの目を掻い潜るように、ファクティスは右手に青黒い炎の球体を創り出していた。
『滅却爆弾』
ファクティスは、右手に創り出した青黒い球体をユカリの腹部に力強く押し当てた。
「っ!」
(創造が間に合わないっ!)
反応が間に合わなかったユカリは、身体全体を包み込むように膨張する青黒い炎に呑み込まれると同時に、ファクティスの正面で轟音を発しながら大爆発した。
「あははっ!この技って痛いんだねー。ユウトはこんな技使ってるんだー」
黒く染まった右手を見つめたファクティスは、手に付いた汚れを払うように手を何度も振った。
「……これ程までに、力の差を感じるなんて」
黒煙の立ち込めていた空間から姿を現したユカリは、身体の傷を治す創造を施した事で全快していたが、属性を使用して修復していないボロボロに焼け焦げた状態の黒い隊服は、ファクティスの技がどれ程の威力を有していたのかを物語っていた。
(ファクティスには、思考を読み取る能力がある事が分かりました……この思考も読み取っているんですよね?)
「うん!全部分かるよ!どんな事しようとしてるとか、どんな事を考えてるとか」
口にしていない問い掛けに対して、ファクティスは屈託の無い笑顔を向けたまま力強く頷いた。
「そうですか……貴方との力の差は、十分理解しました。それでも私は、挫ける事も、逃げる事もありません。私は、私自身に、もう二度と諦めないと誓いましたから」
ユカリは凍華零域が解除されてなお、結晶に護られているミールに微かな視線を向け、自身の弱った心を鼓舞した。
「ふ〜ん……そっか。じゃあもう少しだけ私と遊ぼっ!あの男から言われた準備運動が終わるまでは、生きててね?」
結晶刀を両手に構えたユカリは、自身の周囲に再び冷気を発生させた。
「私に出来る全てを尽くして……貴方の遊びを終わらせてあげます」
『凍華零域』
御拝読頂きありがとうございます。
今回は、ユカリと対峙していたロキが殺され、黒い渦の中から転生後のレンの出会った少女が現れるまでの物語でした。
時間軸的には、転生後のレンとは既に出逢って会話をした後の話になります。
次回は、突然現れた少女とユカリの戦闘が始まります!
Twitterにて登場人物についての説明等を画像を使いながら行なっていきます。
ゴシック@S.kononai
次回 第46話 全てを見透す少女
お楽しみに!




