南へ!
……
そんなこんなで一週間。午前は情報収集、午後はクマたちの散歩と餌を求めて遠出。金子もそこそこあるので特に問題なく異世界生活を送っている。
その間にアールカエフの助言に従い、銀製の箸を鍛冶屋のダイに発注し。そのアールカエフと二人で極上の魔猪を食べに。また預けて(卸して)きたから、週一回のアールカエフとのお食事デートは決まったようなものだ。
なんだかんだと一緒の時間が多い。さしもの爺さんカンイチも本気で意識するように。
なったかな?
……
”ぱんぱん!”
「よぉし! 褌はこれで良いか。うむ。今日もいい天気じゃ」
太陽に挨拶。そして干場に翻る、純白の褌一丁! 気持ち良いものである。
「最近ハンスさんを見かけんなぁ。ゴブリンとやらで手こずってるのかもしれんな」
……
「お? 珍しいな。カンイチが上にあがって来るとは」
恩人のハンスの事が気になったカンイチ。普段、あまり近寄らないギルド長室に。勿論、階下での朝の一杯は終えている。
そのカンイチを少々驚いた顔で迎えるリスト。
「おはようございますリストさん。ところで、ハンスさん最近見ないのですが?」
「ん? ああ、ハンスな。例のゴブリンの調査に掛かりっきりだ。予算の申請はしたようだが……。どうも、調べたところゴブリンの集落自体は隣の領内にあるらしい。そこでゴタゴタしてるそうだ」
「まぁ、ゴブリンとやらにはこっちの都合なんか関係ないもののぉ」
「そういう事だ。人間が勝手に引いた境界線だ。だから、どっちが金出すのか、割合はと。面倒この上ない。国がさっさと出てくりゃいいがな」
忌々しく吐き捨てるリスト。彼もまたそういった折衝の場には駆り出されるのだろう。
「じゃ、当分長引きそうじゃな。良いのか?」
「う~~ん、はっきり言ってあまり良くはない。放置してれば仲間も呼ばれて戦力が増える」
「じゃ、余計に」
「まぁなぁ。が、隣の領地の領主もここの領主といい勝負のドケチ殿だ。いずれの村か町が襲われない限り動かんだろうなぁ。そんな怠慢なとこには国も兵を出すまいよ?」
「じゃろうなぁ。失政に期待しとるとも聞くしの」
「うん? 良く知ってるな。ああ、アールカエフ様か」
「うむ。その辺りの情報は聞いている」
「そうなんだよな。ここが一番人気で、お隣は二番人気だ。余計始末が悪い。後釜候補が情勢を見守っていることだろうさ」
「で、このギルドとしてはどうなんじゃ?」
「う~~ん。要請があったら動き出す……が。”氾濫”に繋がれば厳しかろうな。知恵のあるゴブリン共だと守るに厳しい立地だ。かといって、我等は軍隊じゃあない」
「なるほど……撤退か」
「さて、な。が、囲まれる前にできるだけ住民を逃がすさ」
「備蓄も無い……本当じゃったな」
「そんなことまで聞いてるのかよ?」
驚きを隠せないリスト。その辺りの今日方はこの町の執行役員くらいしか知らない事実だ
「うむ。そして、ギルドの”強制依頼”についてものぉ」
「参ったなぁ。アールカエフ様には、ははは」
「そのアールも今度は手を貸さないと言っている。とっとと逃げだすそうじゃ」
「そうか。ま、仕方なしだな。領主もいざとなったら……なんて言ってるけど。そりゃ、普段から、親交のある者の台詞だ。友人でもなけりゃ、何の義理も無いものな。彼女の欲しがる変わった代物でもあれば別だがなぁ」
「そういう事じゃ。ワシも……の」
「そうだな。俺もカンイチに無理は言えんさ。冒険者のほとんどもこの町を離れるだろうさ。ジップすらもなぁ。領主と仲悪いしな。あいつ。俺にも退避命令が出るだろうが……。ここは俺の生まれた町でもあるからな。ま、お国の力の見せ所といったところか?」
「……ふぅ。世知辛いの」
「ま、そんなもんだって。ここの領主が少々甘い。それだけさ」
――ワシは……
今日もまた、朝の出発時間帯、混雑しているに南門にカンイチの姿があった。クマたちを連れて
そこには久しぶりに見る大きな背中、頼れるハンスがいた。
「久しぶりです。ハンスさん!」
「うん? おお! カンイチ! 久しぶりだな! そうそう、ドムと、クラウが手間かけたそうだな」
「誰じゃ? 全く聞いたことの無い名じゃが?」
キョトンとするカンイチ。彼の記憶には無い名だ。さて? と腕を組み考える。
「うん? ああ。カンイチだもんな。ほれ、貴族街の門衛の」
「ああ。奴らか。どうでもええわい。そんな奴らの事は!」
すぐに思い出し、怒りがぶり返すカンイチ。
「奴らは、今回は町から厳重注意。それと減俸。あの場所にそぐわない者として配置換えにした。悪かったな。もちろん、鍛え直してな!」
凶悪に笑う警備総括。その顔を見てカンイチの怒りも吹っ飛ぶ。逆にいっそのことクビになった方が良かったのではと余計な事を考えるカンイチ。
「まぁ、何とも思わん。ハンスさんに全てお任せする。で、ゴブリンの方はどうなんじゃ?」
「う~~ん。あまり良くは無いな。なにせ、両方ともケチだからなぁ」
疲れた表情のハンス。
「破壊されれば復興にも金が掛かろう? 人が死ねばさらに」
「そうなんだがなぁ。が、どちらの領主様にも自分の町には来ないという絶対の自信がおありのようだ」
忌々しくはき捨てる。
「大変……じゃな」
「ま、これも給料の内さ。で、今日は何処まで行くんだ?」
「特には。南の方に一日で行けるところまで行ってみようかとの。そのうち、国の外れの……地図にあるロガレノの町にも行きたいしの」
「うん? 何しに行くんだ? ロガレノかぁ。結構、遠いぞ?」
「ほれ、貴族街の問屋に行けなかったじゃろ。だから国境付近のお茶の”産地”の村々にの。直接仕入れにとのぉ」
「ご苦労だな。……本当は根に持ってるだろ、カンイチ」
「いや? あの門衛共などどうでもいい。それよか茶じゃな! 茶!」
「そ、そうか? 今度は貴族街も入れるぞ? 何なら俺が一緒に行ってやるけど?」
「ありがたいがのぉ。が、難癖付いた場所には行きたくないのぉ。ここの貴族街には近寄らん」
「……変なところで頑固だなぁ。お前。ま、機嫌直せや」
「忘れた頃にの。それに、どうせ、”緑茶”は無かろう? 産地に行けば己で作れるしのぉ」
「おいおい。引っ越すなんて言ってくれるなよ?」
「どうじゃろか? ”緑茶”があればそれもやむなし! じゃがのぉ。くっくっく」
「その”緑茶”というのは一体何なんだ?」
「緑色の茶じゃが?」
「ふぅん……そうか?」
「じゃ、行ってくるでの!」
「お、おう。気を付けてな」
よくわからないが、カンイチの無事を祈り、送り出すハンスであった。




