フォークとナイフ。
……
待つこと暫し。運ばれてきた料理はいずれも美味。
この店の今日の料理の前菜やらが運ばれてきた。そしてフォークとナイフも。
そういった洋食の食事に慣れていないカンイチ。どうしても”かちゃかちゃ”と手間取ってしまう。大正生まれのカンイチだ。食器と言えば箸! 孫や、曾孫たちと行くファミレスは箸があるから問題なかったが。
そんな様子を見ていたアールカエフ。
「いいんだよ? 好きに食べれば。そのための個室だし。誰も見てないし? マナーに気を使ってたら味分かんなくなるよ」
「うむ……恥ずかしいことじゃろうか?」
と、一番見られたくないアールカエフに見られて少々凹んでいるカンイチ。
「はっはっは! 関係ないってそんなの! でもフォーク、ナイフ使わないって……うん? じゃあ、カンイチの所って手掴み? 随分とワイルドだねぇ! はっはっは!」
「まさかな。箸と言っての。これ位の先のとがった二本の木の棒で食べるんじゃ」
「へぇ。面白いね! 何だったら作ってもらえば? 慣れ親しんだ食器の方がいいだろう? ほら、木なら木工所。毒対策で銀で作ってもいいね。なにもこっちの作法に従う事もないって」
「うん? その手があったな。マイ箸ブームもあったのぉ。銀製の箸か……ありがとう! アール。明日にでもダイの親方の処に行ってみよう!」
「いえいえ。どういたしまして。ふふふ。じゃ、楽しもう! カンイチ! ほら乾杯! 乾杯!」
「うむ! 乾杯じゃ!」
……
料理も進み、本日持ち込みの一品目。
キノコのオイル焼き。アールカエフと鑑定した時の、エリンギに似た”豚の耳”というキノコ。彼女曰く味はイマイチと聞いたが
この皿のキノコは魔猪のラードで揚げてあり、噛めば噛むほど旨味が出る一品に仕上がっていた。
「”こりこり” これは美味いな。魔猪の脂、極上じゃな。キノコの歯ごたえも何とも……。キノコとも思えんのぉ。こりゃ、もう肉じゃな! 肉!」
「ふふふ。キノコがしっかり脂を受け止めてるね。普段、硬いだけのキノコだけど。併せてこの旨味! こりゃ、恐れ入ったわ!」
そしてメインの一皿。
ドクサンショウウオの香草焼き。サンショウウオは鰻というより、鶏肉に近い食感だった。水っぽい鶏肉。が、臭みは全く無く、ハーブの風味も良い。
「うむぅ、なるほど……こうなるのか。見た目と違って美味じゃな。この脂、サラリと獣とも、魚とも違う」
「うんうん! 香草の取り合わせが絶妙だ! さすが! また獲ってきてね。カンイチ!」
「おう! これだけ美味いとの。そうじゃ、主……あのでかい奴は大味じゃろうか?」
ふと、群のボス。大きな個体を思い出す。倒すには陸まで引き上げる手段が必要だが。
「いや、たぶん、長く生きて魔力も貯めこんでるから、これ以上の美味だと思うよ! 魔石もあるかもしれない! ま、無理は禁物。死んじゃったらつまらないだろう? 美味しいものも食べられなくなっちゃうよ?」
「そうじゃな。アールもいくか? 狩りに?」
「ええ~~めんどぉ~~い! めんど~~い! パスで!」
アールの駄々こねモードか炸裂す、その場でじたばた。
「だろうのぉ。グラス倒れるぞ」
「おっと! 危ない、危ない。ふふふ。美味しいねぇ。カンイチ」
「……ぅ、うむ」
アールカエフの笑顔を見て、こういうものも良いものだと思うカンイチだった。
今回のもう一皿の肉の皿は牛肉の鉄板焼きのようだ。魔猪に関しては熟成期間を置くらしい。
もちろん出て来た牛肉も絶品。うま味が強く、”肉”を食っていると感じる一皿だった。
カンイチが出した菜っ葉もスープや、付け合わせとして大活躍だ。
こういったコース料理に慣れないカンイチでも十分に楽しめる食事だった。
しっかりデザートまで頂いた。
良い店を教えてもらえたと、余韻を楽しむカンイチであった。
「ふぅ。美味かったのぉ……あ。料金」
アールカエフと二人。夜の町に。これから、アールカエフを送っていくところだ。
「任せてくれたまえ! 卸した魔猪で釣りが出たよ?」
「うん?」
――という事は……ワシが奢ったということじゃなかろうか?
「あ? そうだね。こりゃ、カンイチのお金だったわ。はっはっは!」
笑いながら金貨を手渡して来るアール。
「食事代だけど」
「いいさ。御馳走するよ。アール。が、親しき仲にも何とやらだ。お金はしっかりしよう」
「そうだね! ご馳走さま! うん? ならば僕がカンイチの奥さんになれば面倒ごとは一切合切、解消か?」
「ぶふっっ!」
「冗談、冗談だってカンイチぃ! はっはっは!」
――ふ~~む。アールであれば……ワシは満更嫌でもないのじゃがの。どうしたもんかのぉ婆さんや。
長年連れ添った、30年前に死別した妻の顔を思い出し、空を見上げる。その最後の言葉も。
「ワシはそれでもいいがのぉ……」
カンイチのつぶやきは雑踏の喧騒に消えていく
「うん? 何だい? カンイチ?」
「い、いや、また来よう」
「うん? 来週も来るよ? 一緒に魔猪食べに。折角預けたんだしぃ?」
「そ、そうじゃったな」
……




