裏のギルド?
……
案内された席に座り運ばれてきたワインでアールカエフと乾杯。
「どうだい? カンイチ、この店は?」
「うんむ。良い雰囲気じゃな。落ち着く。ワインも美味いの」
「そうだろう! 僕とカンイチのお食事デートの店には丁度良いだろう? ねぇ?」
「はぁ?」
満更ではないカンイチ。さて、どう答えたものかと思案。
そこにタイミングよくドアをノックする音が。
”こんこん”
「うん? 来た! 来た! 入ってきて!」
年の頃50にはまだ届かないであろうが、落ちついた雰囲気を纏う、がっしりな体つきの男が入って来た。そこらに居る冒険者なんかより、よっぽど冒険者に見える。
「まさしく、アールカエフ様。お久し振りにございます。ようこそおいでくださいました」
声も、家具と同じ重厚だ。が、その中に親しみの情を感じる。
「うん? 随分と萎れたね……。君も……。はて、そんなに来てなかったっけぇ? 僕?」
「この店には3年ぶりくらいでございましょうか?」
――おいおい。何が去年じゃ……
「はっはっは! まぁ、こういう事もあるさ。なぁ、カンイチ!」
――無いわい。
口を開けば思わず突っ込んでしまうだろうと、口をつぐむカンイチ。
「で、そこのダンマリ男は、カンイチと言ってね。僕の友人さ。で、ここのオーナー兼シェフ長の……?」
暫し流れる沈黙。
「ハインツの……子孫?」
――おい! 知らんのかい!? ……それに言うに事欠いて子孫じゃとぉ!
思わず叫びそうになるカンイチ。そして、同情の視線を向ける。
が、さすがオーナーだ。何食わぬ顔でそのやり取りを眺めている。いや、楽しんでる風にも。
普通の者なら苦笑を含んだ妙な表情になるだろう。
「ふふふ。相変わらずでございますね。アールカエフ様。私はクラフトですよ。ハインツは、この店を出した時の先祖の名です。曽祖父に当たります。よろしくお願いします、カンイチ様」
「カンイチです。こちらこそよろしくお願いします」
「で、用事というのはね。ハイン……クラフト君! このレストランに食材を持ち込みたいのさ。色々とね。で、君に素晴らしい皿に仕上げていただきたい。このカンイチ細々と秘密があってね」
「……ほう。最近、この町で騒がれている、魔猪でしょうや?」
「うん! 流石だね! クラフト君! そうそう! カンイチは”収納”持ちだから、いろんなのが入ってるぞ。もちろん、卸も承ろう! 格安で。面倒なとこから仕入れ先を聞かれたら僕の名を出せばいい!」
「なるほど……。その若さで”収納”を持ち、魔猪を狩る……か。ギルドで秘匿する意味も分かります」
「お、おい、アール?」
カンイチの言葉も了承も無しにアールカエフによってバンバン秘密が公開されていく。
「言わないと秘密の隠れ家レストランにならないだろう? それに大丈夫さ。全ては僕を通るんだ。君は表に出ることはない」
「ううむ……」
「でも、実際、クラフト君、君の耳には今回の魔猪の話ってどう入ってるの?」
「はい。カンイチ様の名前までは伝わっていませんが……。最近この町に現れた新人が狩ったと。久々の入荷。オークションも開かれるとか……」
「だろう? 冒険者ギルドだって情報は駄々洩れさ。ちょっと調べりゃ、身バレするさ。リスト君がいくら口止めしてもね。そりゃぁ、あれだけ人を介するんだ。仕方ないって。いっその事、変わった獲物はここに持ち込んだ方が良いかもね。解体だってお手のものだろう?」
「ええ。もちろんでございます。ここはレストランでございますれば。ギルドの職員には申し訳ありませんが、食材として適した処理を。ウチのシェフらに手による解体は最高の技術と自負しております。その肉の加工も承ます。勿論、販売についても肉、肉以外の素材にしても独自のルートでいくらでも流せます。全てお任せください」
「なるほどのぉ。確かにこちらはレストランじゃ。食材の扱いは上じゃろうのぉ。でも良いのかの……」
「あっちが先に情報漏らしてるんだ。立派な規約違反だろ? 身の危険に直結するんだゾ。カンイチの。リスト君には悪いけどね。安穏に生きていくためだよ? カンイチ?」
妙に説得力と重みがあるアールの言葉。全てが金言に聞こえる。流石1000年の重みだ。
「なるほどのぉ……でもこちらに迷惑が?」
「大丈夫。大丈夫。ギルドだって表があれば裏もある。よくできてるよ。世の中は。ねぇ」
「はい。万事お任せくださいませ。秘密にしても厳守いたします」
優雅に腰を折る店主。
「よし! そういう事で? で、カンイチ! 折角来たんだしぃ。出せるモノある? 何でも良いから」
「そ、そうさなぁ。肉は魔猪の肉と、ドクサンショウウオじゃったか。野菜は菜っ葉とキノコ類じゃな」
「素晴らしい……。出来ましたら、魔猪肉を卸して頂けると」
やはり希少な肉。真っ先に求められる。
その求めに応じたのはアールカエフ。
「うんうん。そうだね。熟成期間を置くと、一週間くらい?」
なにやら、カンイチの及ばぬ場所で商談が始まったようだ。
一回当たり、20人前分を卸すとか? その都度、二人で食べに来るとか? 店主との折衝が始まっている。
まぁいいか。アールにお任せだ。と匙を投げるカンイチ。
「はい。ソテーにしましょうか。香草焼きもいい」
「いいね! いいね! ほら、カンイチ! 肉出す!」
「あ、ああ。了解じゃアール。クラフトさん、普通に寄ってもええかの」
「はい。もちろんでございます。カンイチ様」
アールに促されるまま、一回分の魔猪のロースを卸す。ついでにバラ肉も。今晩用にドクサンショウウオと、キノコ類を出して、料理を待つ。
「いやぁ~楽しみだねぇ! カンイチ!」
満面の笑顔の美少女? だ。カンイチだって悪い気はしない。
――ま、ええじゃろう
と。




