貴族街にて
……
ユーノ洋品店で買い物後、貴族街と言われるエリアにやって来た。貴族街にお茶の卸販売を行っているという店がある事を聞き付けたからだ。
道の先、低い城壁のようなものが現れる。よく見ると、レンガ造りの家の背面。高いところに光取りの窓は見られるが、それ以外の窓やら出入り口は無し。その建物が隙間なく並び城壁を形成しているのだ。
更に囲むように幅2mくらいの堀がほられ、水が満たされている。水深もかなりあるようだ。貴族街とはこの城壁と堀にぐるり囲まれてるのだろうか。
その城壁の切れ目、金属製の門。堀に橋が架かり、袂にはご丁寧に検問まである。一般市民は関係者以外は入れないようだ。
「ふぅん。なるほどのぉ。聞きしに勝るのぉ。どんなご身分のお方が住んでるのじゃろか?」
あちこちに視線を巡らせ、検問に。
「なんだ小僧……ここから先は入れぬぞ」
「ああ。何しに来たんだ? ガキ!」
門衛二人がカンイチの前に立ちふさがる。
貴族街。その門を護る衛士がこれか、中身も知れとるの……と、思いはしたが、ここを越えない事にはお茶は無し。
「冒険者も”銀”以上なら入れると聞いたが?」
「うん?”銀”だって? 冗談は程々にしろ」
カンイチを子供だと見下し、相手にしない門衛たち。話も碌に聞かない門衛の態度に少々ムッとしたが、バックから銀色のギルド証を出し手渡す。
「これが、ギルド証。確認願う」
「ふん。どうせ偽物か何かだろう。帰れ、帰れ」
カンイチから受け取った証を碌に確認もせずに足元に放る。
「困ったガキだな。ほれ、帰れ。帰れ!」
それをもう一人の門衛がカンイチの足下に蹴り返してきた。
無下に断られ、犬猫のように追われる。身分証までぞんざいに扱われ。さしものカンイチも少々、かちん! と来た。
「ふぅむ。あなた様達はお貴族様なので? それともこの町のお偉いさんかのぉ? ま、貴族のお方やお偉い様は門衛なんかしないじゃろが。只の門衛風情にそこまでの権限があるなんて驚きじゃのぉ」
「は? ガキが……」
「おい……ガキ……」
カンイチの言葉を聞いて顔を赤くする門衛たち。勿論、恥じ入っての事じゃない。ただ、馬鹿にされた怒りからだ。
「ほ? 気に障りましたかのぉ。職務怠慢の役立たずな門衛殿。こんな門衛じゃったら、休憩なしで立っとる案山子の方が幾分かはましじゃろうよ。金もかからんしの」
「い、言わせておけば! 痛い目に見るぞ!」
大声を張り上げる衛兵。が、そんな事は気にもせず、
「ふん。脅し……暴力かのぉ? 余計に程度が知れるわい。こんなのを使ってるお役所ものぉ」
礼儀の知らない門衛二人に食って掛かるカンイチ。
そんな騒ぎに”なんだなんだ”とやじ馬も集まって来た。
大衆の面前で、ましてや成人したてのガキにコケにされちゃ、黙っちゃいれない。”貴族街の門衛”というプライドもあれば、その権力を傘に多少、良いようにやってきた連中だ。
「こ、このガキが!」
立てかけてあった槍に手を伸ばす、二人の門衛。
「ふん! だからどうだというのじゃ! その槍をどうするのじゃ! 役立たず。恫喝ばかりじゃなく、少しは頭を使って反論の一つでもしてみぃ!」
煽ることをやめないカンイチ。さすがにこれは不味いと思った町人たちがカンイチを止めに入る。このままじゃ、血を見ると。町人たちの大方の予想ではカンイチのだが。
「に、兄さん、止めときな! 怪我をしてもつまらんだろう?」
「そうだ。相手は門衛だぞ……。変に罪を付けられて……」
鼻で笑うカンイチ。
「フン。門衛? 仕事のできない門衛など要らんじゃろ。恫喝しかできない無能なら字の読めない子供でも務まろうが」
「い、言わせておけばぁ……。クソガキが!」
槍を構える門衛。カンイチもバッグに手を入れ何時でも山刀を抜く構えだ。どちらも、もう引けない。まさに一触即発!
「なにをやっている。天下の往来で」
良く通る声。そしてやじ馬の人垣が割れ、40くらいの男性が現れた。背後に見える黒塗りの馬車から降りて来たのだろう。小ざっぱりした装いだが、服の生地は特級。嫌味ではない細かい装飾。おそらくこの町の貴族だろう。そして両側に若い護衛を連れている。
「う……。こ、これはガルディア子爵。い、いえ、大したことでは……」
その貴族、ガルディアの前に跪く門衛たち。
「は、はい。騒乱罪で引っ立てようと……」
「ほう、そこの青年がな。ふむ……」
貴族と知っても何も恥じ入る事はしていない。じっと前を向くカンイチ。
その瞳の奥を覗く子爵。
「子爵。我らも手を貸しましょうか?」
そう護衛の二人が進み出る。
「いや、止めておけ。ふふふ。で、青年。なぜこのような場所で騒ぎを」
「ししゃく? 貴方様に報告してこの状況が進展するのかの?」
「無礼者め!」
カンイチの態度にさらに腹をたて、一歩前に出る二人の護衛。腰の剣に手をかける。
カンイチもまた身構える。
ああ、ここでも血が。貴族の登場で収まると思っていた町民の間から悲痛な声が漏れる
「よい! 下がっておれ! 私は、ガルディアという。王より子爵位を拝命しておる。この町の行政に関わる者。大抵の話は聞けよう。先ずは、青年、名を教えてはくれぬか?」
「では。私はこの町で世話になってる、カンイチという。一応、冒険者稼業じゃ」
身を正し、堂々と応える。天気のように曇りなく。天晴な態度だ。
「ほぅ。で、カンイチ、この貴族街には何しに」
その態度、潔さに感心する子爵。本当にただの町民なのだろうかと。
「特にと用事がないが、茶の大きな問屋があると聞いた。冒険者でも”銀ランク”であれば入れると聞き、参った次第じゃ」
貴族相手に恐れる様子も無く答えるカンイチ。その態度に今にも切りかかろうかという護衛。その様に周りの野次馬も冷や冷やだ。
「ふむ。何も問題ないように聞こえるが? して、この騒ぎ……か?」
「そちらの門衛の方々が、碌に調べもせずに立ち入りを断られた。ギルド証も提示したが、足蹴にされた。身分証をだ。そこに転がっておるじゃろが」
道に放られた銀色の身分証。
「ほう。それは戦いになっても仕方あるまいな。身分証を蹴られたという事は”家””血”を馬鹿にされたようなものだな。我ら貴族であれば果し合いになる案件だな」
「貴族様の機微は知らん。だが、ワシら下々でもそれくらいの誇りがある」
「ふむ。で、そこの。ギルド証の真贋の確認は?」
門衛に確認の声を掛ける。
「は? ですが、こんなガキ……」
「ふむ。していないと申すか。呆れるな。この若さで”銀”。その若者、貴族の子弟かもしれぬぞ? うぅん?」
「な……」
一瞬で青ざめる門衛。確かに貴族の子女が箔付けのために金でランクを買う場合もある。いや、むしろ、成人したての若者の”銀”ランクの大多数がそうだ。
勿論、そういった輩は貴族らしく多くの護衛を引き連れているが。
「ワシは貴族ではない。が、そいつは本物だわい。で、ガルディア様とやら、この後の仕舞いはどうすればいいのじゃ? もうワシは貴族街に行く気は失せた。なにも無ければもうこのまま帰りたいのだが?」
「ふむ。その門衛達に思う事は」
跪いたまま震える門衛たち。無能っぷりが子爵に知られたのだ。今のままの役職はもう望めない。しかも、カンイチの返答次第では罪人になるかもしれない。
それにこの歳で本当の”銀ランク”だとしたら、とんでもない腕利きだ。今、思えば全く怯まない。子爵相手でも。果し合いを申し入れられたらと。
衛士たちの震えが更に大きくなる。死への恐怖で。
「無し! もう二度とここには来ることも無いじゃろ。知らん。どうでもええ。酒の席で南門のハンスさんに文句言うくらいじゃ!」
「ハンス……総括……?」
さらに、上司の名がカンイチの口から。罪無しとなりそうだが、この顛末が総括に知れたらと、今尚、震える衛士たち。
……




