山へ。
今日のカンイチは朝も早くから南門にいた。二頭の犬を連れて。
出発する商隊や、採集に行くであろう冒険者に紛れて。まだ、門が開いて間もないのだろう、多くの人や馬車が並んでいる。
「おう! 今日は早いな。カンイチ。どうしたんだ」
そんなカンイチの姿を認め声を掛ける副官。
「おはようございます。ヨルグさん。今日は山の方まで足を延ばしてみようと思いまして」
「山……か。大丈夫か? 一人で」
「危険だぞ? カンイチ」
今や、南門の人気者のカンイチ。他の隊員も心配顔だ。
「大丈夫ですよ。これでも冒険者ですから!」
「そうは言うがな……。ま、気を付けていけよ。決して無理はすんなよ」
「はい!」
……
門を出て何時もなら人がいなければクマたちを放つのだが、今日は早い出発の時間帯。多くの馬車が行きかう街道だ。スラムを抜ける辺りまでは手綱が要るだろう。馬達が怯えてしまう。
スラムを抜け、西の原に犬達を放つ。カンイチもまた一緒に風になったように走る。
「気持ち良いのぉ! クマ! ハナ!」
”ぅおふぅ!” ”わおふぅ!”
清浄な空気が山から降りてきて草原を渡る。そんな朝の新鮮な空気を肺腑一杯に吸い込む。全身に新たな力が湧くようだ。
「ふぅ……。お? 同業者かのぉ」
草原にぽつりぽつりと人影が。カンイチ達より先に出立した冒険者達だろう。彼らを追い越し、遠くにそびえる【不死の山】を目指す。
勿論、【不死の山】まではいけないが、その周りを囲む山々。そのすそ野をちょこっと覗く程度だ。なにせ、いくつもの険しい、魔物の跋扈する山を越えない事には【不死の山】にはたどり着かないのだから。
途中、西の沼の近く、魔猪と戦った場所で休憩を取る。
クマたちにはその魔猪肉の塊と木皿に水を出し与える。カンイチも”収納”から串焼きやパンを出して朝食とする。美味そうに食らいつく犬達を見ながら
「そういえば、昨日のヨロイナマズのそてー? じゃったか? 美味かったのぉ~~。是非ともまた狩らねばなぁ」
と一言。
食事を終え、クマたちを撫でながら食休み。
「うん? 外国の犬じゃったから元から骨太じゃったが……最近、益々太くなったのぉ。ふむ? 狼とはこんな感じかのぉ。なにぶん触ったことが無いでのぉ」
もふ、もふ……。
「さてと。それじゃぁ行くかぁの!」
”ぅおん!” ”わぅん!”
西の沼を抜け、更に走る。次第に景色が草原からゴロゴロとした石が目立ちだし、低木の類が目につきだす。そして、次第に青々と茂ったクマザサに似た笹の原に出る。カンイチの背の高さ程あり、その先は全く見えない。
「けっこう深い笹藪じゃのぉ。時期になりゃぁ笹のタケノコ採れそうじゃぁな。ふむぅ。道はどうにも無さそうじゃな……獣道を探すか……」
見通しの悪い笹の原は諦め、獣道、ないし、昇れる道を探すことに。もちろん獣道と言っても”普通”のものだ。件の魔猪が通るような道は広くて歩きやすいだろうが御免である。のそり、と現れたら厄介この上ない。用心しながら進むカンイチ、熊が出ないとも限らない。
「ふぅむ……他の皆はどうしてるのだろうか……」
なんという事はない。本当ならば西門から真っすぐ”道”があるのだ。馬車も通れる立派なものが。その道を幹線とし、そこから伸びる登山道が幾筋も。が、カンイチはそこまで至っていない。
「この世界の者も侮れんの……うん?」
クマ笹がだんだんと雑木林に。
「うむ。ここからなら登れるの。が、山ん中の景色はあまり地球と変わらんなぁ」
遭難したらたまらないので細いロープを繰り出しながら登る。
木にも短いロープを目印に結びながら慎重に。日本だって遭難したら大事なのに、この世界であれば、完全に死ぬ。何がいるかわからない。あの4本腕の熊やら、大きなカエルの例もある。大きく獰猛な獣も沢山いることだろう
「ま、クマたちがいるから道は大丈夫じゃろが。念には念をじゃな」
”ぅおふぅ!” ”ぉふふ!”
「任せろと言ってるようじゃの。ふふふ。うむ! 任せたぞ!」
それからロープ、二巻き繰り出したあたり
”うぉふ!” ”わふぅ”
「ふぅ。結構登って来たの。思った以上に大きな山じゃわい……うん? この香り……」
ふと視線を上げるとそこは赤松の林。そして周りをよく見ると
「おうおう! 松茸じゃ! マッタケ! たくさん生えてるのぉ。うんうん。風の通りもええ。よぉ菌も回ってふかふかだの! ……まさか、止山(トメヤマ。立ち入り禁止の山)じゃなかろうな?」
そんな話も聞かないし、人が踏み入った痕跡もなし。そもそもが人の住む領域ではない。ということで森の恵みを享受することに。
「では、頂くとするかの」
松茸の採取を始める。枯葉を持ち上げひょっこりと顔を出す松茸。懐かしさもあり愛おしくも感じる。大きく笠が開いたものも採る。誰も入っていないのだろう。採り放題だ。
「そういえば、こっちに来る前もマッタケのシーズン中じゃったなぁ。うむ」
その後も次々と採り、大量のマツタケを”収納”に。
「この調子であれば、昇ってくる途中の雑木林。あすこにもキノコが生えてるかもしれんの」
……。
マツタケ狩りを終え、その場から更に暫く上ると、開けた場所に出た。この山の山頂部のようだ
「おお! なかなかの見晴らしじゃな! うん? この山でも低い方か……」
カンイチが【不死の山】を仰ぎ見る。その間にはまだまだ大きな山々が。
「こりゃぁ……不死の山に行くのは樹海ならぬ、この山海を越えて行かねばならぬのか……一筋縄にはいかないのぉ。よし! 昼食べて降りるか」
山頂付近の開けた場所で、敷物を敷きゆっくりと昼食を摂る。
澄んだ空気、温かい日差し。優しい風……
こっくり、こっくり。
”ぅおっふ!”
クマの声で目を覚ます。
「む……。おっと。ありがとの、クマ、ハナ。ううん?」
少し離れたところに何時の間にかに猪やら鹿やらが小山に
「持って行けというのじゃな……」
”ぅわふ!”
どうやらカンイチが居眠りしている間に狩りをしていたようだ。それらを”収納”に収めるカンイチ。
「さぁ。降りるかのぉ」
ロープを手繰りながら、山を降りる。
木に結んだロープの切れ端はそのまま。よりキツく結び直して今後の道標として置いていく。またマツタケを採りにくることだろう。
クマたちも道を違うことなく案内していく。雑木林に出たところで、キノコ探しを再開。ついでに腐葉土もいただく。長い年月で作られたフカフカで真っ黒な極上の腐葉土だ。
馴染みのあるヒラタケ、キクラゲ、クリタケ、ナラタケなどを発見。他にも見たことのない物も種類別に麻袋に。ルックに調べさせるつもりだ。
早く”鑑定”が使える事に気づけば、ルック君の余計な仕事が減るのだろうが。
「よし! 余裕を持って移動せぬとな。行くぞ!」
”ぅおふ!” ”わおふ!”




