一撃!
”ぐろろろろぉぉぉぉ!”
「おおぉ~い! こいつは化物だぁ! ……ぐぅ、聞けぇ! き、傷が治りやがる! こうなっちゃ、村の外れの、露天堀りの古井戸があるだろう! そこに落すしかあるまい! 車でぶつけて押し込むしかあるまいよぉ!」
胸を押さえながら叫ぶ二。声を出すだけで激痛が走り、口内は血の味に満たされる。
「な、なるほど! でかい車だとあの町から来た連中のか!」
「猟師連中のも四駆だぞ!」
「いや、おそらく鍵が無ぇ。村の連中の持ってこい! 若い連中のはでかい! ここは、俺らで抑える!」
「「「応!」」」
”ばん!” ”ばん!”
猟銃を持つ村人も遠巻きに射撃。有るだけの弾丸も持ち込まれる。皆のお陰で何とか化物熊をその場に釘付けにすることに成功する。
そこへ、大きな四輪駆動車が、2台。
下手に激突して、エンジンを傷めないように注意しながら、化け物熊を押す! カンガルー・バーが付いていたら、ドンと弾き飛ばしたものを。
一昔前は、大抵のRV車にはパイプバンパー、カンガルー・バーと謂われる物が付いていたのだが、最近の車にはとんと見なくなった。
文字通り、オーストラリアで、カンガルーを跳ね飛ばし、車のボディを守るものだ。
最近の車は車のボディをへこまし、人の命を守る設計になっている。そんな中、カンガルー除けで人を弾き飛ばすとなると人道的な問題となる。そんな観点からメーカーオプションから消えたのが大きい。……閑話休題。
”ぐぁあああぁぁぉ!”
二台の大きな四輪駆動車が化け熊をはさみ、慎重に井戸に落とそうと押し込む。
化け物熊も負けじ、動かじと踏ん張るが、四輪駆動車の300馬力のエンジンが唸りをあげる!
化け物熊の爪が、ボンネットを捉えるが、
”ギキキィキィーーー!”
頑丈な四輪駆動車だ。耳障りな不快な音を発し傷は付くが、ボンネットの分厚い鉄板を破壊するまでには至らない。
「いいぞぉ! そのまま押せぇ! 押し込めぇ!」
「タツぅ! 狙えるなら、狙えぇ!」
屋根の上から二
「応!」
車の一台はピックアップトラックタイプ。その荷台にタツがライフルを担いで乗り込む。
”づぅどん!”
至近距離から頭を狙うも、見えているのか。それとも筒の向いている方向に弾が出ることを理解しているのか、必殺の一撃を化け物熊が躱す。
「ちぃ! この畜生ぉ! 頭いいぞ!」
弾丸を装填しながら叫ぶタツ
「無理するなタツぅ! 下手こいてエンジン撃ち抜いちまったら全てチャラだ! よく狙えぇ!」
「もう一台で挟んで殺すかぁ! 二さん!」
「いや、それでも死ぬかもわからねぇ! こいつ、井戸に落して死ぬかもわからんが、最悪、車載せておけばいいじゃろ! 流石に出てこんじゃろぉ!」
「あ、ああ、そ、そうだな。後は自衛隊にでも――」
「わかったぁ! うん?」
”ぶぉおおぉおお~~ん!”
ディーゼルエンジンがうなりを上げ、マフラーから大量の黒煙を吐きだす。エンジン音と比例し、ぐいぐいと熊を押していく。
ガタガタと揺れる荷台から隙あらばと達也もライフル弾を放つ。が、頭部への銃弾は悉く躱され。胴体の真中、心臓にとも思ったが、下手をすれば、車のエンジンを打ち抜いてしまう。そうなれば均衡は破れ、車に乗っているものは殺され、食われるだろう。
そんな二進も三進も行かない膠着状態の中、熊の右腕の第一腕、上についてる方の爪が淡くだが赤黒く光る。
「な? なんだぁ?」
「よけろぉ! なんかやるぞぉ! そいつ!」
タツだけではなく、屋根、高いところにいる二からでもその様子はみえた。
「! かんいっつぁん? よ、避けろって言われても?」
”どがごぉん!”
振り下ろされた右腕が、自身を押すランクルのボンネットを叩き、大きなへこみをつける。
「ふぅ。肝が冷えたぜ……うん? あ? ああ!」
タツの乗っている車が急に暴れだす。急ハンドルを切ったように! 近くの民家にに疾走! 激突する前に飛び降りたタツが見たもの――それはフロントガラスの砕けた車体と、頭部を失い、首の切断面から物凄い血を噴き出している運転手の姿だった。
「な、なんでだよぉ! 届かねぇはずなのに! なんでだよぉ!」
地を転がりながらタツが叫ぶ!
運転席には決して届かぬ距離だった。そう、正に”魔法”のように――
「なんかしやがった! あの畜生! くそぉおお! 来るぞぉ! タツ!」
車から投げ出されたタツたちに襲い掛かる化物! 間一髪、化け物とタツの間にもう一台の四輪駆動車が滑り込む!
”どごぉん!”
”ぐぉおぉぉおおぉおぉぅぅうううう!”
さしもの化け物熊もランクルの重量と、加速には敵わず弾き飛ばされる。そこにすかさず、タツがライフル弾を撃ち込む。弾は腹の真中に命中。この至近距離だが抜けずに熊の体内に残ったようだ。その反動でさらによろける化け物熊。
そこに再び四輪駆動車が突っ込む。
”どごぉおん!”
「赤くなったら手ぇ! 狙え!」
「畜生! 散弾銃のが良いな! 村人の持ってこい!」
その様子を俯瞰し、皆に指示を出していた二だが、
「く……ふぅう……はぁ、こりゃぁ、不味いな。肋骨が腹ん中で暴れてるわい。動けなくなるのもあと数分……かのぉ。悠斗。大爺ちゃん頑張ったがどうやらここまでのようじゃわい。すまんの。大きくなったら一緒に”きゃばくら”って処さ、行きたかったのぉ……どれ!」
痛む体に鞭打ち、覚悟を決め山刀を括りつけた散弾銃を杖代わりに立ち上がる二。アホなことを言って気合も入れるも、もはや限界。全身から骨のきしむ音が聞こえてきそうだ。99の老人には荷が重かろう。そもそもが無理な話だ。
「ちぃ! またさっきのやるぞぉ! 撃てぇ! 撃てぇ! 頭でもいい!」
タツの合図で放たれる、散弾! ライフル弾! 手足に集中し打ち込まれるも、半分も当たっていないだろう
「くそぉ!」
”どん!” ”ばん!”
ギラギラと赤光を放つ目を猟師たちに向ける化け物熊。あたかも、次の犠牲者を決めるように。
それでも、流石、四輪駆動車。その大きなタイヤは大地をガッチリ掴み、奇怪な化け物熊を徐々にだが押す。
”ぐごぉぉがぁぁあああぁ!”
ずりずりと押される化け物熊。忌々しく咆哮をあげる。丁度、二が吹き飛ばされた住居のわきを通る。
「おお? 化け熊め。丁度よいわい。ここなら……」
そう呟き、銃剣を振りかぶり、トタン屋根から身を投げ出す二。その勢いのまま、全体重を乗せ、化物熊の肩口に散弾銃にくくりつけた山刀を突き立てる!
頭部にでもとも思ったが、恐らく、軽い二の攻撃では弾かれるだろう。
散弾銃に括られた山刀は鎖骨の内側から胸部にずぶりと、その刀身の全てを体内に沈め込んだ。少なくとも肺腑には大きなダメージがあるだろう。その証拠に化け物熊は大量の黒血を吐く。
”ぐごぉおおおぁああ???!!! がぼおぼがぁっほぉ!”
一瞬、何が起きたかわからなかった化け物熊。猟師の放つ銃弾を対処しながら、四輪駆動車と力比べをしていた所、激痛が。顔のすぐ横、先程、仕留めた不味そうな”餌”が。
ごぼり。意思とは関係なく黒血があふれる
「思い知ったかぁ! このぉ! 化け物めぇ! 畜生めぇ!」
グリグリと、散弾銃を動かし、結び付けてある山刀で抉り傷口を広げ、内臓をかき回す。
”ぐがおお! ががががぁ!?”
「か、かんいっつぁん! あぶねぇ! あぶねぇよぉ! よぉーー!」
タツの叫び声
「構わねぇ! このまま押せぇ! うぉお!? あぶねぇ! まだ動きやがる!」
銃剣を支点にえぐるように熊の後頭部に回り込む二。
二の居た場所に熊の掌が通過する。
”ぐぅぅぅうおおおおおおおおおぉぉぉぉおおお!”
「ふん! さっきの身が竦む”吠え”か! ふん! 痛てぇか! 痛てぇかぁ! 化け熊ぁ! 悪いが、ワシも全身が痛くて、そんな畜生の脅し、ちぃとも効かんわい! 残念じゃったなぁ! 畜生めぇ! ふん! ふん!」
半ばまで引き抜き刃の向きを変え、再び山刀を傷口にねじ込み抉る!
”ざしゅ!” ”ざしゅあ!” ”ざく!”
”ぐぎょぉおぼががぉぼぼぼおおぉぉ!”
口からあふれる黒血、刀身の挿入部から吹き上がる鮮血。
苦痛の叫びを上げる化け物熊。
それでも二を爪にかけようと振り回される4本の腕。黒血を吐きながら。冷静を欠いているのか。二の位置取りが良いのか悉く空を切る。
肩の関節が干渉しあっているのか。同時に腕4本は頭部の方には上げられないようだ。
「はっはっは! その御自慢の4本腕が弱点かいのぉ! 世話無いのぉ! 畜生め! 食らえぇ!」
散弾銃のストックを掴みグルグル回し傷口をさらに深く、深く抉る!
熊も二をさっさと叩き落したいが、タツらの放つライフル弾も脅威だ。それに踏ん張ろうとするも、300馬力のエンジンには敵わない。
”どぉぅん!”
タツが放った銃弾が左腕の一方の掌が撃ち抜き、凶悪な爪を辺りに散らす!
”ぶるるるぅ! ぶぉぉぉぉぉ~~ぉ!”
エンジンも吠える! 徐々に古井戸の方へと。決着は…… <つづく>