カンイチ事件簿 交渉人編ー7
……
見張り二人を除き、地下への階段を降りたカンイチとハンス。
地下牢の扉の鍵をハンスが破壊したところだ。
「じゃぁ、開けるぞ」
「特に嫌な気配はせん……の。大丈夫じゃろ」
「おう!」
”ぎぃ”
真っ暗な室内……。ハンスが腰のポーチからランプを取り出し火を灯す。
彼のポーチはマジックバッグのようだ。
ランプを中に向け、部屋の奥に向けた時、
「「ひ……」」
部屋の隅に固まっていた子供達の……引きつるような恐怖の声が漏れる。
「しっ! 静かに……絶対大声出しちゃぁなんねぇぞ。表の奴らに気づかれる!」
慌てて口を自分の手で押さえる子供たちそう、子供が6人もいる……。
「おい……。お前たち、フィヤマの子か?」
コクコク頷く子供達。その目は恐怖に。
今までの誘拐犯以上にハンスの顔が怖いようだ。声も嗚咽も無く涙だけが流れてくる子も。
そんなハンスの肩を後ろに引くカンイチ。そして一言。
「ハンスさん……怖いわい。さがっとれ。ワシはカンイチという。助けに来た。この怖い顔の小父さんは門番のお偉いさんじゃ。南門にいるハンスさんという。だから安心してワシらの言う事を聞いてほしい」
「な、南門のハンス隊長?」
一人の少女が恐る恐る声にする。
「そうじゃ、そうじゃ。それじゃ」
「うん? 金物屋の娘は何処行った? ここにはいないのか?」
子供達の中に、セインの娘が居ないことに気づくハンス。
「さ、さっき連れていかれましたぁ! ……た、助て。助けて……。きっと……乱暴される……」
「ちっ! どうする? カンイチ?」
「そりゃぁ、ワシの台詞じゃが……。ここは、細工も無いようじゃし、かえって安全じゃろ。ハナとクマに守らせよう」
「じゃぁ、俺らは?」
「うむ……打って出よう。皆殺しで良いの?」
「ああ。偉そうなの、1、2匹欲しいところだが……まぁ、良いだろうさ。行くか!」
ぐいと腕まくりをするハンス。そして鞘に入った剣を握りしめる。
「おう! 皆、聞いておくれ。この上。入口にクマ、ハナという大きな犬がおる。大人が来ても大丈夫じゃ。とても強いでの。ワシらが戻るまでここに隠れていておくれ。悪党を叩き斬って必ず戻る。そうじゃ、こっちにおいで」
入口付近に子供らを集める。視線を上げると入口からひょっこりと二頭の犬が下を見下ろしている。
「クマ! ハナや、この子達を頼むぞ」
”うおん!” ”ぅわん!”
子供達をクマ達に託し、地下牢を離れるカンイチ、ハンス。
中央にある大きな馬車へと忍び寄る。
……
「おい。レセ達の報告、遅せぇなぁ」
「しくじったか? じゃ、娘の首掻いて送り届けてやっか。けっけっけ」
「お前は……変態だな! 相変わらず!」
「くくく。怖い。怖い」
「……本当じゃ。人のやる事じゃぁ、ないのぉ」
「だな! はっはぁ……? うん?」
3人で雑談していたはずが。聞きなれない声が一人。
辺りを見回す賊。
「はく?! ……はくぅ!」
今の今まで雑談をしていた仲間の胸から短剣の切先が生える。その陰には少年。先ほどの声の主――カンイチだ。
”どさり”物言わぬ屍になった仲間をみて狼狽える男
「な! なんだ! だ? だれ?」
その場から逃げようと入口に目を向けるも、その眼前に筋骨隆々の大漢が立ちふさがる。
その表情、鬼のように自分を睨みつけている。
蛇に睨まれた蛙のように動けない男。
「だ……誰?」
ようやく絞り出した言葉……
「なんだ? 誰? じゃねぇよ。ダニが。人の言葉話すな!」
ハンスの ”ごぉう!” と振られた剣が楽々と男の首を跳ね飛ばす。
「な? な……おぃ! お! ……ひくぅ! ……ま、まて……待って…」
大声をあげようとした男の喉の中央にハンスの剣の先、数ミリが刺さる。もう少し力を入れれば、喉は剣の幅そのままに縦に割られることだろう。
「おっと。動くな! 大声出すなよ……出す前に刺す! で、一つ聞かせろ。お前らは、巷を騒がせている人攫いか?」
言われなくとも動けない……。まだ死にたくはない……
「は? ……し、知らねぇ」
目が泳ぐ男。関係者で間違いないようだ。
「土の下の子供らは見つけたぞ? おい? で?」
「……」
男の顔にありありと動揺が走る。
「なんだ? 黙ってりゃ同意とみるぞ?」
「たす……たすけ ”ざくぅ!” ……」
一息に剣を突き入れるハンス。その表情は鬼のようだ。
「ふん! 今まで攫った子の一人でも逃がしたことあるんか! ああん!」
「もう死んでる……ハンスさん。次行こう! 娘御が心配じゃ。あっちの馬車のようじゃ!」
「応! ぺっ、屑が!」
「い、いやぁ。お、お父さん! お父さん!」
隣の馬車から少女の悲鳴が漏れ聞こえる。
「へっへっへ。『お父さん! お父さん!』 ってかぁ! お金払ってくれるかなぁ。へへっへ」
嘲るように少女の声色を真似る男。その顔は歪み、この後行われるだろうことに期待と股間を膨らませている。
じりじりと嬲るように近づいていく男。
「おいおい~。殺すなよ。未だ。一応、商品だ」
見張りの男もへらへら笑いながら事の成り行きを見ているのみ。
「ちょっと触るだけだ。お前もこの後遊べばいいだろう? どれ」
”びぃーーーびりびり…”
少女の服を乱雑に破る小男。
「きゃ、や、やめて……助けて……助けて! お父さん! お父さん!!」
「へっへっへぇ! 可愛いねぇ――たまらねぇや! 『お父さん! お父さん!』 ってかぁ? へへっへ! うん? おい……おま……。い、痛くねぇのか? それ……?」
「なにが?」
「何がじゃねぇよぉ! 胸ぇ! 胸!」
ふと、見張りの仲間に目をやると胸からニュっと何か尖ったものが生えている。そしてその周りが徐々に赤く染まっていく……そう、カンイチが背から短剣で突いたのだ。完全に心臓は串刺しにされている。
「あ? ああ……? い、痛てぇ? 痛てぇな???」
抜く際に捻り、抉るように短剣を動かすカンイチ。”ばたり”
「な! が、がきぃ? くそぉ!」
人質に娘を取ろうと手を伸ばす小男。
カンイチに注意を向け過ぎていた……
「あ……あ、あんたは……南門のぉ……」
手を伸ばした先にはハンス。その目は怒りに燃えている!
”ばぐぅいん!!!” ”どがぁ!”
賊の男の顔面に凄まじい力が叩き込まれた。
斬撃とは違う奇妙な音と共に小男が馬車の壁に叩きつけられる。
”ぴくぴくぴく……”
顔は潰れ、眼鼻の区別なし……真っ赤に染まった顔面は歯の無い口が黒々と穴のように空いているのみ。
鼻や眼であっただろ場所からびゅーびゅーと噴き出る血液。
ごぼごぼと呼吸をしているのだろう。血の泡と共に奇妙な音が漏れる。
ハンスが剣の腹で思い切り殴りつけたのだ。斬らずともあと数分の命だろう。
「えぐいのぉ」
カンイチは呻いた。
「ふん! 害虫は潰すもんだ。そうだろう? 部屋に虻やらゴキブリがでたら叩き潰すだろ」
吠えるハンス。忌々し気に今尚、痙攣している男を見下ろしながら。
「まぁそうだがのぉ」
「で、大丈夫か」
怒りもそのまま、少々恐ろしい形相で娘に語り掛けるハンス。
「ハ、ハンス? 隊長?」
娘も怖い顔の男が良く知る衛兵隊長と知ってホッと息を吐く。
余程の恐怖と緊張をしてたのであろう。崩れるようにへたり込む。
「ああ。金物屋の娘だな。助けに来た。今、屑共――いや害虫共を虱潰し中だ。う~~ん。連れて歩く訳には行くまいな。穴倉に送るか?」
「そうだな……。が、ハンスさん……その顔もう少しどうにかならんかのぉ」
部屋にあった男たちの服を少女に掛けてやるカンイチ。
「しかたないだろうが……。行くぞ! 行くぞ!」
「おう。娘さん、こっちじゃ」
「は、はい!」




