カンイチ事件簿 交渉人編ー6
……
北門に到着。そして、クマに導かれるまま、ズンズンと門の中に。
「おい!」
大きなノー・リードの狼のような犬。そして二人の男。入町審査に並んでいる列を無視し、検問場に割って入って来る。
わらわらと衛兵が集まり、二人を遠巻きに囲み槍、剣を向ける。
「待て! 俺だ! 今、ある事件の調査中だ!」
良く通るハンスの大声。衛兵達も自分の上役と確認し、武器を下す。
「は、ハンス総括?」
「わかりました。調査中ですか? 人出しましょうか?」
「いや、まだいい。もう少しはっきりしてから……うん? どうしたクマ? ハナ?」
一人の門衛の匂いを嗅ぎだす犬達。
「な、なんだ! おい!」
手で払おうと、身をかわそうと離れる気配がない、クマとハナ。
”ぅおん!” ”ぐるるるるるぅぅ……”
「うん? どうしたんじゃ?」
門衛の一人の男に吠え、うなる犬達。普段このような事はしない。
「な、なんですぅ? 総括? 手綱付けないで……」
”ぐるるるるぅぅぅ……”
「ふぅむ。おい! こいつ、牢に入れとけ」
「な!」
「はいぃ?」
当人のみならず、北門の隊員たちも驚きの声が上がる。
「なんか匂うそうだ。とりあえず明日まで入ってろ。なぁに、ちゃんと手当も出す。職務の内と思ってな! よし! 連れていけ。絶対出すなよ! 出したら命令不履行と、脱獄ほう助で処罰対象だ! いいな!」
{はっ!}
「ちょ、ど、どういうことです!? 総括! せ、説明を求めます! お、横暴だ!」
じたばたと暴れる衛士。
「そ、総括?」
騒ぎを聞き付けてこの門の責任者と思しき男がハンスに声を掛ける
「うん? トッドか? まぁ、明日までこいつを入れといてくれや。後で事情は話す」
「はっ――!」
「んじゃ、行くか! カンイチ!」
何事も無かったように歩きだすハンス。その後にカンイチも続く。
……。
「ええのか? いきなり牢屋に入れて」
今、事件を追っているカンイチ。何某かの関与は疑われるが……。まさか、いきなり牢屋に入れるとは思わなかった。
「ま、何も無けりゃ手当出すし? 良いだろうさ。それにクマの反応。今回の件に何か関与してるのだろうさ」
「そんなもんかのぉ。うん? 町には入らん……のかの?」
「うん? 一体どこに行くんだ? クマ?」
そのまま北門から町の中に入ると思われたがくるりと方向転換。北に向かう街道を再び鼻を地面にこすりつけるように歩を進める。
”ふんふんふんふん……”
再び、追跡が始まる。
「町の外かい。しかし……腹減ったのぉ……」
悪党退治に精を出していたら、すっかり昼を食いっぱぐれたカンイチ。珍しく情けない声を出しながら腹をさする。
「うん? ”収納”にあるだろう?」
「犬達の気が散る……ここは我慢じゃ……。ここまで来たらのぉ」
ふぅ、と息を吐く。
「おう。終わったら飯、奢ってやるからな」
余程ハンスに不憫に見えたに違いない。また小遣いの全てがカンイチの胃袋に飲み込まれることになるだろう。
「うむ! 楽しみにしとる!」
……
門を出て小一時間。ふんすふんすと地面を嗅ぐ犬に導かれ……
「うん? あんなところに休憩場なんぞあったか?」
と首を傾げるハンス。
「ワシはこっちの方は知らんで……。が、微妙に怪しいのぉ。こんな所で休憩なんぞと……町に入れば良かろうに。それに馬車も多い。街道からじゃと、二台に見えるが……」
カンイチの指摘する通り、街道から伸びる小道。本来であれば炭焼き小屋等に続くのだろうが、木々の向こう。大きな馬車を壁のように配し、その影に数台の馬車が見受けられる。
「ああ。注意してみると5台はあるな……。クマも此処だと言ってるしな。どれ、ひとつ確認に行くか?」
ハンスのいう通り、クマ、ハナとも地面を嗅ぐのをやめ、その目は藪の中の馬車群を見据えている。ここが目的地なのだろう。
「うん? ヨルグさん達や、北門の人呼ばんでええんか?」
「ま、お前と二人なら大丈夫だろうさ。クマたちもいる」
そう言って、鞘から剣を抜くハンス。彼は既に臨戦態勢だ。
「わかった。どうやって確認するんじゃ?」
「……まぁ、とりあえず行ってみよう」
――策なしかよ
少々面食らうカンイチだった。
じりじりと身を隠しながら、木の下に並べられてる馬車に近ずく二人と二頭。
馬車の陰から中央、広場に目を向けると多くの男たち、派手で胸元が大きく空いた服を着た娼婦たちの姿が見て取れる。酒を飲みながら談笑しているようだ。
「ほぅ。……どいつもこいつも人相の悪いのばかりだな」
と、ハンス。
「……ハンス殿がそれを言うのかのぉ?」
と、揶揄うカンイチ。
「……カンイチよ。まぁ、いい。さて、どうするか…… ”ぅおふ” うん? どうしたクマ?」
小さく吠え、こっちだと先導するように歩くクマ。
「……この状況、ちゃんと理解してんのか? クマ……もう、動物超えてんな」
と感嘆の声を上げるハンス。
「さてな……ま、行ってみよう。ハンスさん」
「おう!」
クマの後に続き、馬車の影を伝い広場から少し離れた草原に。そこには地面から煙突のように飛び出した金属製の筒が二本生えていた。
「なんじゃこりゃあ……」
「ち……屑共め……」
この二本の煙突の正体、ハンスはすぐ、ピンときたようだ。
カンイチがその筒に耳を近づけると微かだが、子供だろうか、すすり泣く声が聞こえる。
「な!? こ、この下に……子供達がいるのか? 地面の下じゃぞ! ハンスさん?」
「ああ。そのようだ。俺たちの耳じゃそこまで判らんが、クマ達には聞き分けられたのだろう。お手柄だぞ! クマ! ハナ!」
「しかし……何故、こんな地下の監獄のように…」
悲痛な表情でその地面を撫でるカンイチ。
同じ人。しかも幼子を。金子を得る? 人の生活を破壊して。
辺りを見回す……
何も無い……。夜はさぞかし心細いだろう……
「さてな。異常者共の考えなど、説明されても理解できんぞカンイチよ。今はどう動くか……。だが……」
「うむ。惨いの。どうしてこう惨い事が出来るのじゃ?」
「もう人じゃぁないのかもしれんな。絵本なんかに出て来る”悪魔”という奴だろうさ」
「むぅ……あの女の言っていたことってこれか……調査が入れば、空気孔であるこの煙突引き抜いて逃げりゃぁ、証拠は一切ない……ものな」
生き埋めという奴だ。何も罪、科の無い幼い子供達が。山刀を握る手にも力が入る。
それに縊り殺すだけじゃぁ足りなかったと。一寸刻みにでもしてやれば良かったと。
「なるほどな……許せんな。こういった事例があるとはな。徹底させよう。で、あすこが地下への入り口っぽいな。先ずは地下の制圧だな。あの二人の見張。立ってる奴、一気にやれないか? カンイチ?」
ハンスの指さす方向。一人は立ち周辺を警戒。一人は椅子に座り、足を投げ出し本でも読んでいるのか。
「行ってくる……」
銃剣用の短剣を握り、ゆっくりと気配を断ち、背後より立っている見張りの男に迫る。音もなく。
余程、先の暗殺者達より”暗殺者”らしいカンイチ。ジャングルの中で研ぎ、磨かれた技だ。
「ひく!」
首の右から差し込まれた短剣が左へと抜ける。そのまま捲り上げるように喉の器官と血管を断つ。
「ひゅぅ!」
”ぶひゅるる”
暴れる男を引き倒し、動きを封じる。直ぐにおとなしくなった……。
素早く、奥のもう一人に目を向け、耳を澄ます……。
本に夢中になってる男の背後にハンスが迫る。
「うん? どうし ”どん!” ……」
本から目を放し、顔を上げた動作、そのままに首が飛ぶ。ハンスが膂力をもって一息に切り飛ばしたのだ
「……大概じゃぁのぉ」
壁に死体を寄りかけ、地面に手を着け、気配を探る。他の人の気配は無いようだ。
「どうだ? カンイチ」
「うん? 大丈夫そうじゃ。気配はないの」
「……ほぅ。見事なもんだ。一瞬だな。思った以上に血が出てねぇな」
壁に寄り掛かる男の首、カンイチが付けた切断面をまじまじと見つめるハンス。
「……ハンスさん。今はそんなもん。どうでもええ」
急ぎ、男の座っていた椅子を退け。その下に敷かれていた板をはがす。すると縦穴が口を開ける。ご丁寧に梯子も付いておりその梯子をスルスルと降りていく。深さ、3mほどか。
目の前には土壁にはまる木製の扉が。
「”がちゃ、がちゃ”……ちっ!鍵かかってんな」
取っ手を左右に回したり、引っ張ったりするが空く気配はない。
「蹴り破るのは勘弁じゃぞ。脳筋隊長殿」
「わかってるわ! どれ」
鍵穴にナイフを突っ込み思い切り捻る
”びきばききん!”
「ま、こんなもんだ。……何だ?カンイチ?」
言葉にしないが目が全てを語っている。結局、破壊かよと。




