カンイチ事件簿 交渉人編ー5
……
ひょいと、首のロープの端を屋根を支える立派な丸太の梁に投げ渡す。
”ぐいんぐいん”とロープが手繰られる。
”ずるずる……”と交渉人の女の体が持ち上がっていき、完全に宙に浮く……縊り殺した後に約束通り梁に吊るされる。もちろん、金目のもの、貴金属等の剥ぎ取りは済んでいる。その点は抜かりなしだ。
「ふん。畜生には相応しい死にザマじゃな」
そして視線を女から商人に戻す。
部屋の中央に突っ伏す商人。その顔に絶望を張り付き、娘の行く末を案じ涙があふれる……
本来であれば、ここでさようなら……。だが……
「……町に戻ろうかの」
「……」
ぎろりとカンイチを睨む商人……
が、商人は判っている。理解している。カンイチには何にも落ち度がないことを。むしろ、自分のせいで”暗殺者”を差し向けられたこと。その報復を果たしたこと。
それに、彼自身、明日中にと追加された身代金が揃えられない事も。
カンイチもまた商人の気持ちはわかっている。この場でやりきれない気持ちをぶつける相手は自分しかいないことを。
娘を誘拐され、交渉の場ではこの”交渉人”という女に嬲られ。本当に気の毒だな。と。
「何か娘御の物……持っているかの? 良かったら預けてくれんか? うちの犬で追ってみようとおもう」
「……ありがとうございます……。しかし……」
「恐らくは、そんなに離れていない所に居ると思うんじゃ。今日の明日って言っておったしの。やってみる価値はあると思うのじゃが?」
「はい……。こ、これが……お、お願いします」
藁をも掴む気持ちで肩掛けバッグから出されたのは娘の服……。風呂も碌に入れてもらえないだろうと……解放されたらすぐにと。商人の親御心だ。
「うむ。預かろう。商人さんは町に。普通でいてくだされよ。何処に目があるかわからんで。おっと、ワシは、冒険者ギルドに所属しておるカンイチという」
名乗りと同時に、ギルド証も併せて提示する。見かけは成人して間もない。少しでも信用をと
「わ……私は、金物屋を営むセインと申します」
「じゃ、町で待っててくだされ。クマ! ハナ! ……うん? クマぁ、どうした?」
ハナはすぐに来たのだが、クマの姿はない……。カンイチから離れる事の無かったクマ。一体どこに行ったのか。
……
少し時間を遡る。
「おう? 何だ? ……クマ? あれ? お前だけ……か?」
「カンイチは?! カンイチはどうした!」
”ぅおふ!”
南門にクマの姿が。一頭で。
「う~ん。こりゃ、なんかあるな。隊長に知らせろ!」
「応! 隊長! 隊長!」
……
カンイチに何かあったかと、隊員たちも動き出す。
「で、どうした? クマ? カンイチはどした?」
クマの前にどっかと座る、ハンス。
”ぅおふ!”
「何かあったのか……?」
”ぅおぅふ!”
「……ふむ」
腕を組み、クマを見つめるハンス。
「判るんですか? 隊長?」
「さすが脳筋隊長……獣の言葉が分かるとは……」
「しっ!」
「……おい。脳筋は関係なかろうが! 良し! 行ってみるか。案内頼むぞ! クマ!」
”ぅおふ!”
「じゃぁ、隊、出しましょう ”ぅおふ! ぅおふ!” ……ク、クマ?」
「くくく。要らんとさ。じゃ、行ってくる。という事は……普通の装備の方がいいな」
”ぅおふ!”
頷くように吠えるクマ。
「よぉし! 案内しろ! クマ!」
……
時は戻り、カンイチの場面に。
部屋の中、男や女の持ち物を物色するカンイチ。女のポーチはマジックバッグでかなりの量の金貨やら貴金属が入っていた。他にもマジックバッグがひとつ。こちらは女の服などの日用品が。その全てをぶちまけ、バッグのみ回収する。一応、追跡用にタオルを一つ。
「仕方ないのぉ。何処行っちまったんじゃ。クマの奴は……お?」
”うおん!”
家から出たところにちょこんと座っているクマ。その隣には……
「ハンスさん? 何してるんじゃ? こんなところで?」
そこには頼れる男、ハンスの姿が。それも普段着で。
「おう! カンイチ、そりゃ、俺の台詞だ。何やらまた事件に巻き込まれでもしたか? 門までクマが呼びに来たぞ」
「クマ……どこに行ったかと思ったら、ハンスさん呼んできたのかの」
”うぅおふ!”
「ハ、ハンス隊長?」
「うん? 金物屋のオヤジ? 何してんだ? こんなところで……しかも、カンイチと」
二人の顔を交互に見るハンス。
共通点の無い二人がスラムの外れで何をと……それにこの家?
「これなぁ、このセイン殿じゃったか? 娘さんが攫われたらしい」
「な、何ぃ?」
「この前、一つ潰したが……。まだまだ居るようじゃぁなぁ。鬼畜共は。そうじゃ、”交渉役”だかという連中は斬った。女ボスはこの家に吊るしてあるで」
と、今出てきた家を顎でしゃくる。
「……まぁな。この町は人の出入りが多いしなぁ。”交渉役”か。奴らも人攫いから子供を買って、親から金銭をせしめる屑だ。吊るした……か。で?」
「まぁ、話は追々じゃな。今から娘御の捜索にでるんじゃ。クマ、ハナの鼻が頼りじゃ」
ハナの首をわしわしと撫でるカンイチ。
「そんな事が出来るのか?」
「……判らん。判らんが試してみる価値はあろう? 自信があるからクマもハンスさん呼びに行ったんじゃろ? なにせ、ワシと二人で人攫いの本拠地に襲撃をかけようちゅうんじゃ」
「おう! なるほどな! 納得だ! 腕が鳴る! 期待してるぞ! クマ! ハナ!」
”ぅおん!” ”ぅわん!”
「……相変わらず単純じゃな……。じゃ、セインさんは家に。良いですね」
「は、はい」
「ああ。任せろ! カンイチの言う通り、家で大人しくしてろ。じゃぁ行くか!」
……
「何処に行くんだクマよ?」
「躊躇なく進むのぉ。余程自信があるのかのぉ」
地面に鼻をすりつけるようにズンズン進む。時々鼻を持ち上げ、臭いを探る。
「で、何でカンイチは関与してんだ? 採取に出たんだろ?」
「それなぁ……」
今回の事件の概要、関与することになった経緯を順に語る。
「なるほどな……。しかし、”暗殺者”までなぁ……。ふむ」
「ほん? 知り合いかい?」
「いや、な。受注して行動に移るまでが速すぎると思ってな……まぁ、見た目はガキだ仕方ねぇか」
――……ガキ? ……まぁ、そうじゃなぁ。こっちの世界じゃ小柄だしのぉ。が、そんな簡単に人の命を奪ってはダメじゃろうに! むしろ若人は大切にせんとの!
と、過疎の村から来たカンイチ爺さんには納得できるものじゃない。
「しばらく警戒が必要だな…戸締りは厳重にな。ま、あそこはギルドの施設だ。”暗殺者”たちもギルドには手を出さないとは思うがな。戦争になっちまうからなぁ」
「ほ~~ん。なるほどのぉ」
……
「結構来たが……ハンスさん。ここはどの辺りかのぉ……」
「うん? 北門の近くなんだが……。この辺りは隠れる所はねぇぞ……? まさか、町に入る……か?」
「どうかのぉ……」
”ふんふんふん……”
”ふんふんふん……”
「しっかし、すげぇなぁ。砂が舞うほど臭いを嗅いでるんだな。頑張れ! クマ! ハナ!」
「うむ。娘御らを見つけたら褒美に肉たんと食わせてやるでな。……ハンスさんの奢りでの」
”ぅおん!”
「おい。まぁ良い。いくらでも肉食わせてやる! それくらい金物屋のオヤジも喜んで出すだろうさ」
「……少々セコいのぉ。警備の総括という重職にありながら」
ジト目のカンイチ。
「ふん! なんとでも言え! 育ち盛りのガキが3人も居るから大変なんだよ!」
「そりゃぁ……大変じゃのぉ」
カンイチも6人の子持ちだ。その苦労もわかろうというもの。
……




