カンイチ事件簿 交渉人編ー3
……
暗殺者を退け、急ぎ商人と別れた場所へと引き返す。
土の道を確認……カンイチの目にもくっきりと足跡が確認できる。
「痕跡……アリじゃな。どれ」
足跡の目視と、クマ達の鼻で臭いの痕跡を辿る。幸いにも、スラムの中心に向かうでなく、外れの一軒家に。
音をたてないように、ぐるりと家を回ってみる。
すると中から例の商人と、女ボスの声が聞こえる。商人もまだいるようだ。
『は、話が違う! き、金貨150枚と……』
『声が大きいよ! ったく、知らないねぇ。先方からのお達しだよ。アンタぁ何したんだい? それとも余程、儲けているのかい? でだ、アタシらの手数料込々で250枚だ……』
『な……』
空いた窓から話が流れ聞こえてくる。内容は金。それもかなりの大金だ。何らかの取引のようだ。
『なんだい? 可愛い娘はそんなにお安いのかい? じゃ、150で買い取って、オークションで売るかねぇ。くっくっくっくっく』
――娘ぇだぁ? こ奴らは誘拐犯か! ……どいつもこいつも……
最近、自分自身も攫われ、誘拐犯というものの実態を良く思い知らされていたカンイチ。一気にスイッチが入る。
『……。わ、判った……払う……。五日……時間を……』
『明日……までだねぇ。……娘……汚されちゃっても知らないよぉ?』
『……分かった……』
――なんという女じゃ……。同じ女であろうに! ありゃぁ、本当の鬼女というものじゃろの。鬼ババァじゃな! 買い取って、オークションに掛けるじゃとぉ! 鬼畜め!
と自分の事のように怒るカンイチ。
『ああ、何回も言うけどぉ。アタシら捕まえても、お嬢ちゃんは帰ってこないよぉ。アタシ達は”交渉人”だしねぇ。わかったかい?』
『……わかっている……』
『ま、じゃ、明日、不足分のお金、待ってるよぉ。旦那ぁ』
『……』
さて。どうしたものかと唸るカンイチ。カンイチの命を狙ったのはこの女。この後、襲撃失敗を知るのも時間の問題だろう。
――また襲撃してくるかもわからん。であれば、商人には悪いが……。
裏口を警戒している女の仲間、先程も一緒にいた男だ。背後から口を押え声を出せないようにし、一息に顎に手をかけ捩じり上げる。
”ごきん! ぐぎこん……こきり!”
「ひぃふぅふひ……、ひふぅ? ……はひふぅ?」
音を立てずに引き倒し、砕けた首の骨の隙間、神経束を切断するように銃剣を刺しこむ。
「ひぐぅぶ!」
……”ごとり”。
頭を床にそっと置き、
「さて。次は……」
”ギィ……”
短剣を逆手に持ち、家に侵入していく。目の前には丁度、トイレにでも行っていたのだろう、”どすどす”と足音を立て無防備に廊下を行く男。
その背後に回り込み、口を押え、鎖骨の辺りから短剣の全てを心臓に向けて一気に突き立てる。
するりと入る刃。
「ひくぅ!? あぐぅ? な……?」
男の体内を短剣でかき回す。この世界の凄腕の鍛冶屋が打った短剣だ。切れ味はバツグン。体内の命にかかわる器官をズタボロに切り刻む。
”どさり”
これで二人……と。
部屋の中を覗き込む。中央のテーブルに商人。その向かいに例の鬼畜女。
真っ青になって震えている商人を見下ろし、ニタニタと笑っている。悦に入ってる。その女の右側には男が一人。護衛だろう。暗殺者を呼びに行ったと思われる男の姿はない……。
「ふむ。一人足りん……のぉ。どこかに居るのじゃろか。しかし……あの面……正に鬼女じゃ。うん?」
”どがどがどだ!”
玄関の方から足音が。残りの男が帰って来たようだ。
さっと、物陰に潜むカンイチ。
「姉貴ぃ行ってきたぞぉ! あの冒険者のガキも助からねぇだろう。金ぇ、建て替えておいたから、くれ!」
「そう。ご苦労様ぁ。その割には随分と遅かったじゃない……あすこでなんか食べて来たねぇ?」
「は、ははは……ちょっとね。小腹が空いたんだぁ! 別に良いだろうが!」
「はい? あ、あのガキ?! さ、さっきの青年に何をした!」
商人が驚き、声を荒げる。
「は? 何って? 勿論、死んでもらったさぁ。アタシらと旦那が会ってること見られちまったからねぇ。アタシはプロさぁ。どんな証拠も残さないってねぇ」
「何という事を……。ただの通りすがりの青年だぞ! 何も知らない!」
「そりゃそうだろう? 何処から足がつくかもわからねぇしねぇ。だから、旦那も余計なことはしない事さぁ。お嬢ちゃんとも会えなくなるよぉ」
「……」
「こりゃぁ、脅しじゃないんだ。聞いたことあるだろう? 家に子供の手首が……そして生首が届くの。ありゃぁ、こんな”簡単”な約束を守れない、傲慢な親のせいさぁ。アタシらのせいじゃぁないねぇ」
「な……何という事を……」
――言うに事欠いて! 盗っ人――いや、かどわかし猛々しじゃな! 何を言ってるのじゃ! あの女は!
ふつふつと怒りが湧いて来るカンイチ。
――何が傲慢な親じゃ! 人の子供を攫い、金子を得る屑め! 苦しめて後悔させてやろうが!
「こっちはちゃんと交渉だってしてるんだ。このプロの交渉役のアタシがねぇ。金払えばいいのさ! 判ったかい?」
「……」
「まぁ、アタシゃ、プロだからねぇ。任せていりゃいいんだ。言われた通りの金を準備してねぇ。子供の首を掻くのは結構しんどいんだよぉ。だ・ん・なぁ」
「……わ、わかった」
がっくりと肩を落とす商人。
「ああ。そうそう。旦那ぁ。あの冒険者のガキの始末料、別途請求するからぁ。旦那が、アレと会って居たのが悪いのさ」
クククと笑う、自称、プロの交渉人の連中。カンイチの目にはもはや人には見えない。鬼、鬼畜の所業と。
もう良かろう……すぅと。物陰から姿を現すカンイチ
……




