カンイチ事件簿 交渉人編ー2
……
商人に声を掛け、おかしな男女に出会ったカンイチ。
が、特に事も荒立てる事無く解放された。少し離れてそれとなく商人に視線を戻す。商人は例の連中に囲まれてスラムの方に消えて行った。
おかしいと思いつつも、これ以上関わる事も無かろうと忘れることにした。ま、人にはいろいろあるのだろうと。とりあえず西の原に向かう。
犬達と戯れながらスラムの敷地、領地といったところか。その境の粗末な木の柵を抜けようとしたとき。
”ぴくり”
クマ、ハナが顔を上げる。
「ふぅむ……。ワシは関係ないと言ったはずじゃがのぉ……。襲われれば別じゃな」
スラムからカンイチの方に歩いて来る5人の男。……スラムの住人……ではない。どれもが黒い装束を着ている。
殺気! きっと良いことではないだろう。
目的はお前だと言わんばかりにカンイチの前で歩みを止める。
「……ふぅむ。見てはいけないもんでも見てしまったのかの。で、ワシに何か用か……の?」
黒装束の連中に問いかけるカンイチ。が、カンイチは男たちの一挙手一投足を追う。隙、弱い所を探るように。
「……ああ。死んでもらおうと思ってな」
「ほう。何でか理由を聞いて良いかの? 狙う理由ぐらいは良かろうが?」
「……聞いたところで誰にも話せない……」
「ほぅ。そうか……の!」
”キン!” ”キキン!”
飛来したナイフを山刀で叩き落とす。
「……ほう。……やるな」
「ふん……。いきなり仕掛けてくるとはの。黒塗りのナイフかの。暗殺者という訳じゃな……なら手加減無用じゃな!」
ナイフの投擲を合図にカンイチを囲むように展開する男たち。
”どん!”
カンイチは前を向いたまま。背後に回り込もうとした一人の男に狙いをつけバックステップで肉薄。カンイチの瞬時の観察眼で、この男が一番練度が低い、弱いと見切ったからだ。
不意を突かれ距離を取ろうとあわてて下がるも、既に相手に向き直り全速力での前進! 前進に後退が叶う訳でもなく、そのまま、わきを駆け抜けるカンイチ。
”ばっしゅ!”
何もできずに山刀で首を飛ばされる。先ずは一人。
ナイフを弾かれた後の一瞬! 暗殺者にも動揺が走る。
「ほ? ……何じゃ? 大袈裟に出てきた割に……。あんたら新人さんかい?」
笑止! たったこれだけのことで動揺するとは!
”だだだ!”
その勢いのまま、カンイチを円に囲もうと動いていた隣の暗殺者に襲い掛かる。
が、寸前で方向転換。見えていた。本命はカンイチの背後から襲い掛かって来た暗殺者! こちらの方が速く練度も高い! 瞬時に見切り向き合う。
驚きはしたもののすぐにナイフを突き出す男。
突き出された左手に握られたナイフを躱し、その相手の左手首を右手で取り、引く。前に突っ伏すように引かれた男。左手で相手の左肘関節を上から叩き、がくん! と押し曲げ、手を取ったままその流れで、右ひじを相手の顔面に叩き込む。
「げはぁ!」
顔を上げ怯んだところに、取った手に握られていた相手のナイフを、そのまま首へと突き込む。これで二人!
先に襲われた暗殺者、助かった……と無意識に息を吐く。カンイチの殺気に当てられていたのだろう。練度が高ければ追撃に出ていただろうが……。
カンイチの読み通り、この男と最初にやられた男はやっと見習いを卒業した”暗殺者”だった。そして大きな隙には変わらない。
「ハダ!」
ホッとしたのも束の間、リーダの声に反応するも、
「え?」
目の前には大きく開けられた鋭い犬歯が覗くクマの口。相手はカンイチだけではない。
”ぐるるるる……”
”ごぎん”
その首をクマががっつり噛み、体をねじる。首を支点にくの字に曲がる身体。盛大な音を出し顔があらぬ方向に向く。3人目。
”ぅおふ!” ”わふぅ!”
犬達は吠えながら、リーダの方に。二頭で代わる代わる体を入れ替えながら牽制し迫る。男の投げるナイフを器用に躱し、肉薄。そして、眼前でするりと身を翻す。
そのクマの影から飛び現れたのはカンイチ。投擲されるナイフを空中で叩き落とし、全体重を乗せた山刀の柄尻をリーダーの顔面に叩きこむ。
「がはぁ!」
盛大に吹き飛ぶ暗殺者のリーダー。ゴロゴロと転がり、何とか体勢を立て直し顔を上げるも、眼前には既に、カンイチが突き付けた血刀の切先が。
「この世界の者は知らんが、裏家業の連中じゃ。どうせ、聞いたところで口は割るまいの」
じっと相手の目を見るカンイチ。それは確信。であれば、
「こ、殺せ」
「うむ」
何の躊躇なくリーダーの首を斬り刎ねる。これで4つ。
「……ああ? ……あ。グリエ様ぁ?」
目の前で頼れるリーダー格、仲間があっけなく殺され、茫然自失。戦意が消失か……。
彼が生を求めるのならば、目前のカンイチを倒す、もしくは負傷せしめ血路を開くのみ。が、戦意を失っては残る道はひとつ。
「なんじゃぁ。この世界の暗殺者だかはこんなもんかのぉ。全然歯ごたえが無いわい。ふぅむ。うん? なまじ”技能”やら、”魔法”とやらがあるからかのぉ。そいつに頼りきりじゃて。で、お前さん、何時までも呆けていていいのかのぉ……」
過去、密林で対峙した連合国の特殊部隊を思い出す。お互いの命を懸けた精神、体力を削る戦い。互いに完全に気配を消し、気の揺らぎの隙を突く。その必殺のナイフの刺突ですら全く音もしないほどだ。
それに比べるとあまりにも稚拙。この者達が未熟なのか、カンイチの言う通りスキルに頼りきりなのか。少なくとも、精神の鍛錬は怠っているようだ。
仲間がやられた程度で動揺し、動きを止めるなどカンイチには全く理解の及ばないところだ。
「は? はっ!」
カンイチの一言。それで我に返る生き残り。
「未熟……じゃなぁ。未熟……」
「く、っく!」
ナイフを繰り出すも既にそこにカンイチはいない。
「あ?」
伸びきった手を抱え、そのまま一本背負いで、地面へと叩きつける。
”どざぁあざさ!” ”ずぐり”
「げはぁ!」
何とか身を捻り、頭から叩きつけられることは避けた……が。
「あ? …がぁ?! がふぅ……」
己の胸に生える、己の得物のナイフ。そのナイフの柄を握ってるのもこれまた己の手……。投げを打つと同時に巻き込んだ手、そのナイフを暗殺者の胸にねじ込んだのだ。これで、最後……
「さてと。5人も現れてどうにかなるかと思ったが……。余りの腑抜けに銃を使うのも忘れておったわい。あの程度の連中であれば恐れるに足りんのじゃがのぉ。が、上には上がおる。油断は出来んがの。さてと……この場は片付いた……がのぉ。どうするんじゃぁこりゃ。死体を見つけられてまた追加を呼ばれてもつまらん。入れたくはないが……”収納”っと。うぅうん……。……。……ワシの中に死体が入っているようで、嫌じゃなぁ。ハンスさん処まで我慢じゃな。いっそのこと山にでも放るかのぉ……。うん? この黒いナイフ……貰ってええのかのぉ」
足下に転がる5体の遺体の装備や財布を剝きながら”収納”に。勿論警戒を忘れない。感覚を最大に研ぎ澄ます。後詰めや、観察者も居ないようだ。相手が子供と侮ったのだろう。
「これでええじゃろ。……ふむ。先ほどの商人も心配じゃな。後を追えるかの?」
”ぅおふ!” ”わふぅ!”
――恐らくだが、こ奴らが来たのは先程の女と男の集団の依頼か何かだ。それ以上は考えられない。であれば、禍根は断つべし! それに命を狙われたのだ。その代償は命をもって支払ってもらおうかの!
先ほどの男女の顔はおぼえている。彼等の死をもって決着とするようだ。暗殺者にしても依頼人が居なければ襲ってくることもあるまい。面子云々は別にしてだが、
「良し! 頼むぞ! クマ! ハナ!」
”ぅおふ!” ”わふぅ!”




