咆哮!
「犬を追うぞぉ! 急げぇ!」
{おう!}
誰よりも速く山道を下る99歳。恐ろしい健脚だ。
「大丈夫かい? かんいっつぁん、重かろう! 銃、持とうか?」
「気にすんなぁ! まだまだ、若い衆にやぁ負けねぇよぉ!」
99歳から見ればほとんどの者が、若造なのだが……
犬の声を追い、詳細な進路を割り出すため、時々止まり、足跡の痕跡を追う。
「ちっ! 足跡は確実に村さ、向かってんな! 畜生め! 急ごう!」
痕跡を探し、地面を観察していた二が告げる。
熊の足跡の向かう方向を。
犬に追い立てられ、速度を落としながらも、真っすぐ村へと足跡は向かっている。
「しっかし、若けぇなぁ! 二さん! 本当に100歳かよぉ!」
「ああ! 数えで100だぞ。ほれ、こんなジジィに負けんように、頑張れやぁ! 気合さ入れろぉ!」
{応!}
二の発破で気合が入った面々。足も上がる。
段々と犬の吠える声が近くなってきた。追いついた!
「ちぃ! 村に入っちまったか! が、まだ入り口だろう。クマたちのおかげだな!」
そう。犬達が熊が真っすぐ集落に入らないようにちょこちょこチョッカイを出し、注意を逸らしてきたのだ。が、段々とその数を減らし、今では、クマ、ハナを含めた数頭のみ。いずれの犬も疲労の為、動きに精彩を欠く。今にも化け物熊の凶爪にかかりそうだ。
「クマぁ! ハナぁ! こい!」
銃を撃ち込むので犬達を下げる。
犬が退き、化け物熊が二たちに気づく。立ち上がり、両手を上げた所に
”ばぁん!” ”ばん!” ”がぁぁん!”
本来であれば、集落内での発砲は禁じられているが、相手が相手だ。そんなことも言ってられない。
一斉に鉛玉を化け物熊に撃ち込む
”ぐるぅぅぉおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉ!”
そこに熊の咆哮! いや、今までよりも大声量ではあるが、”普通の熊の吠え声”なのに、心が凍り、手足が竦み、思考が止まる! なぜ?! 女子供じゃあるまいに! ここにいる連中は経験豊富な猟師たちだ。それが指一本動かせぬとは!
”ぐがぁあああぁぁぁおおおおぉぉ!”
振るわれた二本の右手は、ブロック塀を粉々に砕き、こちらの専売特許の”散弾”を体現せしめた。無数のブロックの破片が身動きがとれない二達に降り注ぐ
中には、建築ブロック、丸々一個がものすごい勢いで飛翔する。頭部にでも食らえば一発であの世行きだろう。
「ぐぅううう!」
”がががぁがぁん!” ”がん!”
「がはぁ!」
何とか、銃と腕で頭部を護り、”ブロック散弾”をやり過ごす猟師たち。
その一瞬の隙! 熊は見逃さなかった。一気に距離を詰め、猟師の一人をその凶爪にかける。そのまま、地面に引き倒し、押さえつけ、その腹部に大口を開け喰らいつく。
”ぐちぼきぶちぃ……”
「ぎげぇぇぇぇああああ!」
腸が引きずり出され、生きながらに喰われる猟師。
「くっ! 畜生めぇ! これでも喰らいやがれ!」
”づぅどん!”
腹に響く射撃音が轟く!
二が至近距離から放ったスラッグ弾が熊の左肩を捉える。
”ぐぉおお!”
更に踏み込み、銃口を熊の頭に向け極至近距離からの――
「くたばれ! 化物がぁ!」
”づどどぉん!”
次弾は熊の下あごを捉え、ごっそりと吹き飛ばし、骨片、牙を辺りにまき散らす!
「チッ――! 硬てぇ!」
”ぶぼぼぁあああぁぁぁぉぉおおぉぉ!”
真っ赤に空いた、口があった場所。どす黒い肉片と、裂けた舌も、でろりとはみだし、黒血をまき散らしながら、吠える!
その上の、真っ赤に燃える双眼に真っすぐ目付けられる。
二の銃も弾切れ、先に襲われた猟師の銃を引っ掴み、再び熊の顔へ――
”かちん”
「ちっ! 弾切れかぁ!」
”がふがぁああぁぁぁふ”
焦りに固まる二を見下ろし、笑う熊。笑ったように見えたのか?
「笑いやがったな。この畜生めぇ! !」
”どきゃ!”
ブンと掬いあげるように振られた熊の太い左腕、先に二の撃った弾が熊の鎖骨を砕いていたか、大して美味そうに見えない老人故か、嬲り殺しにするのに加減したのか、威力は大分殺されていた。だが、喰らったのが、100歳の老人だ。
枯れ枝のように二の骨を砕き、軽々とその体を平屋のトタン屋根の上まで吹き飛ばす!
「かんいっつぁん!」
――落ち着けぇ、タツよぉぅ……。お前が……
……
「……! はぁくぅ! うぐぅ! ふぅ、己が思ったより随分とまぁ、丈夫じゃったなぁ……。くっ! 畜生め!」
トタン屋根の上で目を覚ました二。気を失ったのも一瞬だったようだ。
「かんいっつぁーん!」
彼を呼ぶ声が聞こえる。
「生きてはいたが……くっ、い、痛てぇ……肋骨がほとんど逝っちまってるな……こりゃぁ。ふぅ、い、いきてるぞぉ! タツぅ! くっ……大声出すと響くわい。く、熊めぇえ! この畜生め!」
激痛の中、やっと体を起こし、階下に目を向ける。すると死体に貪るように食らいつく熊。なにをこんな時に飯? ……と思ったが、二は己の眼を疑った――
気が付いてしまった! 奴の下あごが”生えて”ることに! たった数分前に二がスラッグ弾で吹き飛ばしたというのにだ!
――ということは……今まで食らわせた弾丸の悉くは……? ダメージは? 人を食えば回復? どういうことだ?!
目を見張る二。
「は、ははは……こいつは敵わんな。明日は皆、奴のクソになっちまうわ……なぁ。が、しかし、やらねばな!」
手の中の銃は歪み、もはや銃としての機能はないだろう。だが、二は諦めなかった。その銃身に己の愛用の山刀を括りつけ、銃刀とす!
大戦の最中に身に付けた、銃刀を用いた殺人術。その名も『乙種銃剣術』。その使い手である、二。
戦場での銃剣術は、銃身を傷めぬようにストックの台尻での”打撃”がメインであるが、『乙種銃剣術』は体術に重きを置き、銃身を用いた柔道のような投げ、関節技、そして銃剣の突きをメインとした槍術とも言われている。
そもそも物資不足の日本帝国陸軍。物資供給など届けば幸運。しかも南国の島なんぞ、食料すら届かぬジャングル。弾丸だってままならない。その中で弾丸温存、そして、必殺! そのために磨かれた”銃剣技”だ。
だが、相手は化物熊、熊は打撃にも強いし、腕が4本。何よりも信じられないほどの回復力。人の力で対抗し得るのだろうか―― <つづく>