カンイチ事件簿 誘拐犯編ー5
……
「どけどけぇ!」
野次馬を押しのけ南門の見知った衛兵の方々が入って来た。
彼方此方に転がる生首。腕を飛ばされひっくり返っているこの店の店主。
さすがに場数を踏んだ衛兵たちも一瞬たじろぐ。
その中にポツンと豪奢な椅子に腰かけるカンイチの姿。
「う! なんだ……この惨状……。って、カンイチ? こんなところに?」
「なに? カンイチ?」
「おう! ご苦労様じゃな。皆の衆!」
入ってきた衛兵たちに手を上げて挨拶。いつもの南門と同じ風景だ。が、今回は血臭籠る屋敷の中だが。
「はぁ? カンイチ? どういうこった? 隊長! 隊長!」
隊員に呼ばれのそりと部屋に入ってきたハンス。カンイチの姿を認めると抜き身の剣を鞘に納める。
「うん? カンイチ? 何やってんだ? お前。こんな所で?」
緊迫の惨状の中、少々気の抜けるハンス。
「隊長さん! そいつが! そのガキがぁ! 亭主を!」
「うん? アンタが通報したこの店の……確かキプロチの女房だったか?」
「は! はい! そうでございます! さっさとそいつを! お縄に! し、死罪にしてくださいまし! 死罪にぃ!」
ハンスの顔を見てさらにがなり立てる女。
「ふむ。じゃ、話を聞こうか? カンイチ。……待っていたんだろう? 俺のことを」
ジロリと、女房を睨みつつ、カンイチに声を掛ける。ハンスの中ではカンイチの性格は分かってる。
これだけのことをするのだ。何か意味があるのだろうと。何より、逃げていない。そう、待っていたのだと。
「うむ。先ず、手を貸してほしい。急ぎじゃ! こっちじゃ!」
「わかった。人手要るか?」
「うむ! ワシじゃわからん! 頼む! それと、その男に縄を!」
「……わかった。ヨルグ呼んどけ! それと応援を!」
「おう!」
「はっ!」
「な、何を! そのガキは罪人! 早く縄を! お、夫がひ、被害者ですよぉ!」
「うるさい! 話は後で聞く!」
と、ピシャリ。ハンスの迫力に負け、口をつぐむ女房。
……
ハンスと隊員を引き連れ、裏の離れの方に急ぐ。
「で、どうしたんだ? カンイチ。何があったんだ?」
「うっへ! こいつ等の首かぁ。あの部屋に転がってたの」
首なし死体を確認しながら奥に。
「うむ。攫われた」
「は? 誰が?」
「ワシが……っと、私が攫われました」
今更ながらにジジィ言葉が全開だったと気づく。腹に据えかねることが連続したから。
「今更だろ……ま、それはどうでもいい。攫われたって? カンイチ? お前がか?」
なんで? といった表情のハンス。
「うむ。昨日な。こやつら、ワシの”収納”の事を知っておった。その情報の出どころは冒険者ギルドの受付の総括の……確かバンブルじゃかガンプルじゃったか? 人攫い共の証言じゃが、ギルド員の情報を売っているそうじゃ。身柄押さえてくれ!」
「カンブル? 奴がか? おい! 全門に通達! カンブル一族を町から出すな!」
「おう!」
「通達出します!」
「交換要員もな!」
……
離れの小部屋。地下牢に通じる部屋へと到着。
「ここじゃ、ここ。ここに地下室がある。この隣にもあるのじゃが、出入り口やら空ける方法はワシには判らん。先にそっちを! 攫われた子がおる! 多分、3人じゃ!」
「なに! よし! 探せ! 急げぇ!」
「「応!」」
”どがぁ!” ”ばきり” ”ごそごそ……”
家具は退けられ、床を中心に調べられていく。開閉の手段が全く分からない。
最終的には隙間にバールをねじ込んだり、力ずくで床板をはがしたりと、破壊して救出することに。
「本当は先に助けたかったんじゃが……。ワシ一人じゃった。相手も何人いるか……。水だけでもあるとええのじゃが……」
カンイチが行動を起こしてからかなり時間が経っている。
カンイチの時と同様、水差しがあれば良いが……。幼い子。脱水症状や熱中症の懸念もある。
「そりゃしょうがない。しかし……」
段々と怒りで人相が変わっていくハンス。
「あ! 開きました! 隊長! ……おい! 手を貸せぇ!」
「おお! 隊長! 確保! 確保ぉ! カンイチの証言通り三人! 隊長! 増員願います! 水! 早く水を!」
一気に騒めき立つ現場!
「わかった! おーーーーい!」
「水か! 水ならワシが!」
……
中から三人の少女、5歳から10歳くらいか。一番小さい子がぐったりしている。かろうじて返事がある。軽度の脱水症状か。
ゆっくりと水を含ませる。衛兵たちの姿を見て余程安心したのか、乾いた体からぼろぼろと大粒の涙を流す。
「怖かったじゃろぅ……もう安全じゃ。この小父さん達は衛兵さんじゃ。顔は怖いがのぉ。攫われた……でええかのぉ?」
ハンス達もこの状況……。本当は落ち着かせるために優しい顔をせねばならないところだが、皆、怒りの表情だ。特にハンス! 悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すだろう。
その様を見て、カンイチが優しく少女たちに語り掛ける。伊達に100じゃぁない。その辺りの対応も難なくこなす。
例え、腸が煮えくり返っていても
「「「……」」」
「うん? うん。ワシも攫われてのぉ。ほれ、隣、騒がしかったじゃろ? あれがワシじゃ。ワシがちょっと暴れたんじゃ。ワシ等は攫われ仲間じゃのぉ。パンも摘まむとええ。腹減ってるじゃろ?」
隊員が食堂から持って来たパンを並べる。
「は、はい。攫われました。お兄ちゃん、私たち……。お家に帰れるの?」
「うんうん。もちろんじゃ。直ぐに家さ帰れるじゃろう。皆、よぉがんばった……ようがんばりなさったの。……で、証言はこれでええかの? のぉ、ハンスさん」
「ああ……。十分だ……」
怒りで鬼のような面相のハンス。長年追っていた人攫いの実行犯の一つにたどり着いたのだ。
しかも、良く知る商人。普通に何食わぬ顔でのうのうとこの町で生活しているのだ。
「そうじゃ、隣の地下室の方にはワシが殺したのと、一応、生きてるとは思うが、実行犯の一人じゃ。蹴り落としたで、打ち所悪くて死んでるかもしれんがの」
「わかった。出しとけ。生きてたらみっちりと話聞いとけ。特に伝手の辺りをな!」
「「はっ――!」」
「あ……。そういやもう一人。関係あるかは知れんが、この家の料理人? 使用人をす巻きにして放ってある」
「ああ。話しを聞こう」
「恐らく”白”だとは思うがのぉ」
「どうだかな。飯の支度とかやっていたのだろう? 全く知らんとも言えんだろう」
「なるほどのぉ……ま、その辺りは、本職のハンスさんに任せるわい」
「おう! 任せろ!」
……




