カンイチ事件簿 誘拐犯編ー2
……
地下室に放り込まれてから微動だにしないカンイチ。座禅を組み、どれくらい時間が経っただろうか。その額には汗が滲む。
――うん? ……この腕輪の嫌な感触を辿って来たが。ふむぅ。お前さんがこの”呪物”の主……かの? 物に住み着く? 付喪神みたいなものかの? が、これはいかんの。人を祟っておるのか? ……何か人に恨みでも持ってるのかのぉ
カンイチが見る先。瞼の裏にくっきりと、ムカデのような。虫のような。何とも言えぬ”モノ”が見える。
更に精神集中し、そのモノを睨みつけるカンイチ。射貫くようなカンイチの視線に奇怪な”モノ”が苦悶に身をよじる。
”モノ”も苦しみながらも無数にある手足を伸ばし、糸のようなものを引く。都度、カンイチの手足の神経に痛みが広がる。神経系を攻撃しているのだろうか。痛みをもってカンイチの集中を途切れさせようとする。
「喝!!!」
かっ! と目を見開き、腹の中心から放たれる、研ぎ澄まされたカンイチの大喝!
精神力の波動! それをもろに食らい奇怪な”モノ”は砕け散り、カンイチの視界から完全に消滅した。
再びゆっくりと目を閉じるカンイチ。呼吸を整えるように一つ、大きく息を吐く。
同時に、”がらん、からんからり”両手首足首に付けられた金属製の拘束輪が床に乾いた音とともに落ちる。
「ま、こんなもんじゃろ。ここが人攫い共のアジトかのぉ。おっと! また”陣”とやらがあると困るの。どれ……」
ぐるりと部屋を見渡したカンイチ。再び座禅を組み精神統一
空気取の小窓、階上に上がる階段の蓋に何やら気配を感じる。
「うん? うん……? なるほどの。一回、食らったおかげか違和感を感じるのぉ」
それと壁を挟んで、小さな気配が3つ……
「うん? この壁の向こう、子供がいるのかのぉ。ますます赦せんな。人非人めが! 入口の魔法……どんなもんかまではわからんで。朝、敵が降りて来るまで待つ……かの」
”収納”から水筒を出し、一口含む。
座禅を組んだまま目を閉じ、眠るカンイチ。精神を研ぎ澄ましたままに……
……。
……
「朝……かの」
すうぅと目を開けるカンイチ。
空気取の小窓からの光が差し込む。日が昇ったのだろう。
座禅を組んだまま朝を迎えたカンイチ。
気は十分に練れている。空腹も無い。直ぐにも動くことが出来る。
そう、人攫い共に鉄槌を下すために。
「ふぅーーーーーー。すぅーーーー。ふぅぅーーーーぅ……」
座禅を組んだまま、腹を大きく波打たせ深呼吸を繰り返すカンイチ。体の隅々まで酸素を取り込み、すぐにも行動を起こせるようにと。車で言うところのアイドリングだ。
「ふぅんむ。しかし一体、どのようなつもりじゃろか。家族も居るのじゃろか?」
他人の子供を攫い、その代価で己の子を食わす。そんな人攫いに思いを重ねてみるもカンイチには全くと言っていい程理解できないことだ。
己に子が居ればそれを奪われる苦痛。簡単に理解が及ぼうが……と。
戦中、徹底的に物資が不足した中、南の島で食うためだと、島民の子を攫う連中もいたと聞くが、多くの者は返り討ちに合い命を散らしたとも聞く。
カンイチの部隊はそのすべての糧を米軍からの奪取と密林から得ていた。
島民との接触は己の場所を敵に知らせると同義とし、徹底的に避けていた。それが出来る精神と特殊技能を身に着けていたからできた芸当だが。
”どがどががやがや……”
階上で動きが。人攫いたちが活動を始めたらしい。
昨日、外した腕輪、足環を拾い上げる。怪しい気配は全くと言っていいほど無い。
”カチリ”足首にはめる。特に変わった様子も違和感もない。ただの足環と化したようだ。続けて、腕輪もはめる。こちらも特に問題ないようだ。
「ふむ。あの虫みたいのが滅したからかの。あの虫が”呪い”の元なんじゃろか?」
”ぎぃ”
呪物の考察をしていると、階上への蓋、床板が跳ね上がり、スルスルと梯子が下ろされてきた。
昨日のカンイチに蹴りを食らわせた男。そして開口部より顔を覗かせるのが、その兄貴分だ。
「おう! おう! いい子にしてたかぁ! ガキぃ! ほれ、朝飯だ! しっかり食えよぉ!」
昨日叱られたことも既に忘れているのか、ワイワイと騒ぎ立てる下っ端。
テーブルの上に、パンと、具の無いスープが入った椀が置かれる。
「ほら! しっかり食っておけよぉ! クソガキがぁ!」
「のぉ。ワシはどうなるのじゃろか……」
演技で心細そうに下っ端に話しかける。少しでも情報を得るために。そして出来るだけ広い範囲の関係者をあぶり出すために。
「はぁ? 情報通り、ジジィみたいな言葉使いだな、お前。今後の心配かぁ。安心しろ! 高く売ってやるって。はっはっはっは!」
「情報通りと言ったの……誰じゃ? 情報を漏らしとる奴は?」
「知りたいか? けっけっけ」
「うむ。是非とも知りたいものじゃ……。どうせ、逃げられんのじゃろ?」
腕に嵌った腕輪を男に向ける。
「ああ。そいつは俺でも外せねぇもの。ふふん! 良いだろう。冒険者ギルドの受付の総括のカンブルだ。あいつは俺たちの仲間なんだぜぇ」
「ほほぅ。罪人がギルドの要職にのぉ……」
「これ以上良い情報源はないだろ! ははははは! 弱いくせに金持ってる奴の情報なんかも売ってるぞぉ。おかげでこっちに被害なく稼げるってなもんだ」
媚びへつらうカンイチの態度に気を良くしたのか、饒舌に語る下っ端。
――ギルドの内情をこういった悪党に売っているのじゃな。本当に腐れた組織じゃわい。リストさんも言うほどでもないのぉ。そんな奴を要職に据えてるなんぞのぉ。確かに性根の底までは見えんがのぉ
今にもギルドなんぞとっとと辞めたいわい! と叫びたい気持ちをグッと我慢。
「ギルドのかの? なら知っていよう? ワシの”収納”に多少まとまった金があるのじゃが……そいつを払うで、どうじゃ? ワシを逃がしてはくれんか?」
「は? 無理だなぁ。”収納持ち”はものすげぇ高値で売れるしなぁ。それに、俺たちは身代金は交渉しねぇ。どうしても足付くしな。報復や返り討ちも怖え。大人しくしてるんだぞぉ」
「そうか……。そいつは残念じゃのぉ」
諦め……肩を落とすカンイチ……
「うん? 泣くか? うんんぅ? クソガキが! くはははははこりゃぁ、良いやぁ? 泣けぇ! 泣け! この生意気ぅごくぅ? ! ”ぐきん” か、かひゅかひゅぅうぅ……」
大袈裟にあざけわらう、人攫いの下っ端。
その悦に浸った隙に一気に接近、その額を固定し、顎を上に捻り上げる。”ぐきん!”と首を折られる。
呪物で完全に拘束してるのに? なんで? 生の尽きる間際そんなことを思ったか。




