精霊?
……
「おかえり! カンイチ! 今日はどうだった?」
「おう! クマ! ハナも無事で何よりだな」
「うんうん。良く走れたようだな!」
”ぅぅおふ!” ”わぉふ!”
南門の副官以下、隊員達の熱烈なお出迎えだ。犬達も ”ただいま!” と挨拶するように尻尾をぶんぶんと振って応える。
クマ達はここでも大人気だ。
「ただいま戻りました。ヨルグさん。まぁ、狩りの方はボチボチじゃな。西の池に行ったが、特に変わったところはなかったと思う」
「そうか。ありがとうな」
「うん? ハンスさんは、例のゴブリン……かの?」
頼れる大きな背中の隊長ハンスの姿が見えない。
「ああ。斥候の連中と出て行った。今日は戻らんだろうなぁ」
ゴブリン、ゴブリンと聞くが、未だに何だかわからないカンイチ。敵対生物という事だけ。己で調べようとも思ったが、ヨルグさんならと聞くことに。
「……して、ヨルグさん。ゴブリンとはいったいなんじゃ?」
「……はぁ? 本当にカンイチの村の近くにはいなかったんか? なら仕方ないか。そうだなぁ。下級鬼族と言われてるな」
「鬼族? 鬼かいのぉ……うん? 人か?」
「う~~ん。そこも議論の分かれるところだな。彼らも独自に言語、文化を持ってるし。研究者だって、人だという者、魔物だという者それぞれだわ」
「そうそう。穢れた人の成れの果てやらってな。人の女攫って孕ませるとも言うしなぁ」
「人、食うしな。ま、俺たちからしてみれば”敵対生物”には変わらんがな。”人”を見れば襲い掛かって来る」
近くにいた衛兵たちも参加する。クマ達をモフりながら。それだけ身近な敵対生物なのだろう。
「孕ませる? ふぅむ。人に近しいモノなのじゃろか?」
「エルフ以外、何にでも孕ませると聞くぞ? 節操のねぇ生き物だな」
人を孕ませると聞いて驚く。も、
――ワシも似たようなものか……
と、神の、どの人種とも繁殖可能という言葉を思い出し苦笑い。
「ふむ。人にとっては身近な脅威という訳じゃな」
「まぁなぁ。しっかりした防壁やら施設が無いとなぁ。小さな村は壊滅させられちまう」
「個の力はそうでもないが、なにせ数がな。で、姿かたちな。だいたいこれくらい(140cmといったとこか)、体形はそれぞれ、痩せも居りゃデブも居る。人に比べて手が若干長いな。特徴的なのが皮膚の色。青味が掛かった緑色がおおいな。偶に赤いのやら、黒いのも居ると聞く。で、額に一本ないし二本の角があるな。武装は主に棍棒やら、木を尖らせた槍を持ってる。中には冒険者を倒して奪った剣やら槍、鎧やらの武具を装備してる奴もいるなぁ」
「……ふむ。そこまでいけば、まんま人じゃな……」
「まぁな。で、ついでに統率個体やら、上位個体なんぞもいる」
「何じゃそれは?」
「う~~ん、例えるなら、王や領主? 戦闘職のような。魔法使いもいるぞ」
「ますますワシ等と変わらんのぉ。どうにか仲良くできんものかのぉ」
「はっはっは。ゴブリンとか? そもそも言葉は通じねぇし、即、襲い掛かって来るからなぁ。俺達も見つけりゃ、”駆除”って具合だ」
「だな。あいつらと仲良く? ゾッとするな」
――ここ迄毛嫌いしとるという事は、ゴブリンとのいざこざは長い歴史があるのじゃろう
と飲み込むカンイチ。そりゃぁ、女は孕ませられて、人を食う。軍のように大人数で攻めてくりゃ尚更だ。
「……なるほどの。見かけたら、ここに報告すればいいわけじゃな」
「ああ。そうしてくれ。狩ってくれても構わんぞ。カンイチ。右耳で報酬がつく。上位個体には魔石もある」
「……う~んむ。了解じゃ。余り気は進まんがの」
まだ話だけ。実際目にするまではと思うカンイチだった。
……
「お帰りなさい。カンイチさん。今、お茶淹れますねぇ~~」
勝手知ったる他人の家。どっかと何時もの椅子に腰を掛けるカンイチ。
「おお。すまんの。一仕事の後の一服、ありがたいわ」
「どうでした? カエルの方は」
お茶を淹れながら、本日の成果を尋ねるルック。
「うん。まぁ、ボチボチじゃなかろうか。アールの方で何匹要るのかわからんがのぉ。そこそこ獲れたわい」
「うちでも卸してほしい所ですねぇ。色々と素材が取れるし、肉もけっこう美味いし。革も人気があるんですよぉ~~」
「ほう。美味い……か。是非とも食ってみたいものだな」
が、”美味い”のならアールが皆、持って行ってしまうのぉ、とその風景を思い浮かべ、笑みが漏れるカンイチ。そして扉の陰でリストが歯軋りしてるのも丸見えに。
”ぎぃ”
「あ、親方、カンイチさん帰って……あれ?」
カンイチもドルの親方が帰って来たと思ったのだが、そこには、ちょこんとアールカエフが立っていた。
「うん? アールよ。どうしたんじゃ? こんなところに。出不精じゃなかったのか?」
ニコニコ笑いながらカンイチの手を取り、ぶんぶんと上下に振るアールカエフ。
カンイチも満更じゃぁない。
「いやなに、カエル獲って来たんだろう! 何匹いても足りないのでね! ギルドに卸される前に全量引き取りにね!」
目を見張るカンイチ、そしてルックの両人
「おいおい。ワシの事を見張ってるのかの? 信用ないのぉ」
「はい? 人聞きの悪い。見張ってないよ。うん? でも精霊たちはキミが色々とやらかすから、面白半分でついて回ってるね。で、彼らが教えてくれるんだよ。もちろんカンイチのことは信じてるよ。でも、お人よしだからねぇ。ギルドの連中に頼まれたら譲っちゃうだろ?」
――精霊様がワシを見張ってる? 面白半分で?
慌てて背中や、足、肩と目を向けるも、それらしいものは見えない。
その様子をクスクスと笑いながら眺めるアールカエフ。
「こほん。だからって、アールよ。ワシにもギルドとの付き合いというものがある。恩もあるで。信用して家で待っておれ」
「うん。……そうだね。少々焦ったようだ。普通の人族じゃ、残った時間も少ないし、弱っちいからコロッと死んじゃうから。うんうん。加護持ちのカンイチとなら長~~く一緒の時間を過ごせるだろう。……そうだな」
一人納得顔のアールカエフ。ルックには何が何やら。
カンイチは千年一万年……地面をはい回れと神に言われてる。そう考えれば、アールカエフは良き友になりえる。
――一人、家でか……孤独……誘った方が良いのかの
ふと、アールカエフの境遇、考えがよぎる。
「アールよ。一緒に狩りとか行かぬか? 外もいいもんだぞ?」
「は? 僕は遠慮しておくよ! 頭使うからねぇ! 肉体労働はカンイチに任せた! 十全に働いてくれたまえ。はっはっは! 部屋の片付けも随時募集中だ! 鋭意参加してくれたまえ! じゃ、帰るね!」
余計な心配だったようだ。伊達に1000年生きていない。そんな杞憂などとっくに克服してるのだろう。
「あ、とりあえず半分持っていけ。それと、茶くらい呼ばれていけ」
「うん? それもそうだね。折角ここまで来たんだ。ルック君。僕にもお茶貰えるかな」
「はい! アールカエフ様!」
……




