未知との会敵
前を進む犬たちに緊張が走る。
無線機でお互いに情報共有、近くにいると。
無線機越しに役所チームの犬の吠え声が聞こえてくる……
そのすぐ後、
”んばん!” ”ばぁん!” ”ばばぁん!” ”どぉん!” ”だぅ!”
静かな森に雷のように次から次へと銃声が轟く!
「う、撃ちおった?! 俺達も沢、越すぞ!」
「おう!」
「急ごう!」
猪の群れにでも襲われたってこのように連続で撃つことは無い! 何が起きているのか!
「おう! ちょっと先に、大岩がある! そこなら、沢ぁ楽に越えられるぞぉ!」
「おう! 流石、この辺りの山の生き字引きのかんいっつぁんだぁ! 了解だ! 行くぞ!」
「クマぁ! ハナのとこさ、先行け! 犬連れて!」
”ぅおん!”
二の命に従い、一吠え! 役場チームの方にいる相棒のハナへ合流すべく沢を器用に飛び越えていくクマ。そのクマに続き飛ぶように沢を越えていく猟犬たち。
リーダー犬が優秀だとここまで違うものだろうか。先ほどの”恐れ”は微塵も無い。
”ばん!” ”ばん!” ”だぁん!”
「ちぃ! これで何発めだぁ! こっちからじゃぁ不味いなぁ。場所把握しねぇと。同士打ちになっちまう!」
「ああ! 見えねぇな! 急ぐぞぉ!」
役所の連中。A班としておこう。彼らは沢の対岸を上ってきている。二がいるB班は沢を越えるために少々追い越した形だ。良く言えば挟み撃ちだが。鉛玉を飛ばすこの現場、下手をすれば同士打ちになる。
落ち着いて事に当たればとは言うが、身近に熊が現れればそうも言ってられない。
沢を超え、現場に駆け着ける二、藪を抜け、現場に到着。
誰もが目を見開く。誰もが声を出せない。
「なんじゃぁあ……アレは……」
なんとか、その一言だけ絞り出した。
「か、かんいっつぁああん! ありゃなんだ! おい! かんいっつぁん!」
タツでさえ、眼の前の熊? に、ただ、ただ狼狽えることしかできない。
他の猟師たちもまた。銃をかまえるのも忘れて
大正時代の北海道。今でも語り継がれる熊襲撃事件。その件の巨大クマ、体長2.7m。それを彷彿とさせるクマが目の前に。
いや、あれはクマであろうか? 前足が、二対4本。その掌には巨大な鉤爪が覗く。
その顔、いや頭の形から、ヒグマの仲間に違いないが、6本足の熊なぞ見たことも聞いたことも無い。今、なお、目の前にしても”映画”? と勘違いしてしまうかもしれない。
が、辺りに草を濡らす、赤――滴る”血”は本物だろう。鉄臭いにおいが鼻を衝く。
「知るか! 猟師のお前が知らんのなら――が、ありゃぁ、誰も知るめぇよ!」
と、吐き捨てる。
「二さん! さがれぇ! タツぅ! タツ! 撃つぞぉ!」
「お、応!」
猟師たちが得物を構える。
そこに、二
「落ち着け! まだぁ距離はある! 犬どもも上手く陽動している! 距離さ、詰めて良く狙え!」
「おう! 味方に当てるなよぉ!」
「おう!」「おう!」
「ああ!」
安全装置を解除し、銃を構える猟師たち。そのスコープの先に見える景色は――
”どん!” ”ばん!” ”ばん!” ”ばん!”
発砲!
着弾と同時に、”びくん” ”びくん” と一瞬、化け物熊の身体もブレるが――
”がぅおおおおおぉぉ!”
両手を――四本の前足を振り上げ、威嚇の吠えをあげる。
「ちくしょう! 効いてるのかよぉ!」
大きな熊の身体がブレるほどの衝撃! 確かに銃弾は当たっている! が、化け物熊は一向に怯む気配はない。
「あるだけブチ込めぇ!」
「頭狙えぇ! あの脂肪、そうそう抜けねぇぞぉ! タツの(銃)が一番でけぇかぁ!」
「お、おうよぉ!」
さすがはベテランの猟師。最初は面食らって慌てていたが、今は立て直し、的確に銃弾を装填、弾丸を熊の身体に送り込む。
”ばん!” ”ばぁあん!” ”ぱぁん!”
「ちっとも倒れねぇぞ! くそぉ!」
「いや! 効いちょる! 嫌がってるぞ!」
「その調子――うん?」
”ブン!”
と、すくうように振るわれた熊の左手。こちらに、地際にあった球状のモノを投擲してきた。
「岩放ってきたぞ! 注意しろぉ!」
”どごちゃり”
「……? ――ひぃ!」
「? なぁ!? ごっちゃん? ごっちゃぁ! ひひぃ!」
「ちゅ、駐在ぃ?!」
「う、うげぇぇえ!」
足下に転がる化け物熊が投擲してきた物体。その物体は岩ではなく、眼、鼻、口が付いていた。
仲間の生首、ごっちゃん――駐在の後藤の頭部だった。刃物でも使ったかのように見事に首で切断されている。
「ぐぅ! お、落ち着け! おい! ちぃ! 無理かぁ! タツ! 日高! 吉田! 高田! おい!」
二が、込み上げてくる酸っぱいものを無理に嚥下し、仲間に喝を入れるも、猟師たちの手は震え、怯え、動かない。この恐怖を早い所、復讐心に変え、熊に向けないといけないのだが――
「か、かんいっつぁん!」
「目ぇ覚ませ! おい! 酒井さん達がやられちまうぞぉ! 気合い入れい!」
「お、おう!」
「ぐぅう……、か、二さんは平気なのか!」
「平気じゃねぇよぉ! が、仲間の死体はいくらでも越えて見てきている! 戦争ん時にな! ほれ、気合さ入れろぉ! まだ、仲間ぁ助けられるぞぉ!」
「「お、おう!」」
「畜生めぇ!」
二の気合の入った激励で我に返る猟師たち! 各々顔を叩いたり、四股を踏んだりと気合を入れ直す!
――そう、未だ助けられるんだ! と。
化け物熊は此方の隙を突いて襲ってくることはなく、この場を離れたようだ。
「あの化け熊、何処行きやがった! 周辺警戒しながら、酒井さん達捜すぞ! クマぁ、ハナぁ!」
二に応えるように吠えるクマ、ハナ。どうやら少し距離があるようだ。
その犬たちの声も段々と離れていく。化け物熊が移動してるのだろう。
「急いで酒井さん達に合流すんぞぉ!」
……
「酷ぇえ……」
「うげぇ……」
改めての惨状に立ち尽くす猟師たち。
「ほれ! 突っ立っていねぇで手ぇ、貸せ! 酒井さん! 酒井さん! しっかりしなせぇ!」
死屍累々。血の海……そこいらじゅうに引き裂かれ横たわる猟犬。そしてオレンジ色のジャケットの男たち、警察の制服を着た首なし死体――まさに地獄絵図だ。
「う、あ、ああ……? か、二さん?」
二の呼びかけにやっと答える。熊の爪に掛けられたのか、オレンジのジャケットは引き裂かれている。血は出ていない。出てはいないが内臓や頭部にダメージを受けているかもしれない。
「大丈夫。もう大丈夫だ、酒井さん、頭打ったか? 気分はどうだ?」
「う、うぐぅ! うげぇぇえ……」
血と臓物の臭い漂う中、目を覚ませば仕方あるまい……
「かんいっつぁん! こいつも生きてるぞ!」
「こっちもだぁ!」
「応! じゃぁ、死んじまったのは駐在と……」
「こっちで免許回収しておくよ……」
「うん。あ、頼むわ。そうじゃ! 町の本部と、警察本店に無線で一報入れろぉ! ちっ! 犬の鳴き声……沢降ったかぁ! うちの村の総代にも緊急で無線いれとけぇ! 備えろと!」
「お、おう!」
「わ、わしは自衛隊に連絡を……」
「おぅ! 死体回収も頼んどけぇ! ワシらこのまま追わんといかん! 村か、そのまま川まで出りゃぁ、奴はぁ、町に向かうぞぉ!」
「な! だ、だが……」
「このまま放っておくわけにもいくめぇ! ワシは行くぞ。鉄砲の免許云々は、今は言いっ子なしだ!」
そう言って、惨殺現場から散弾銃を拾い上げる二。
”カシャ!” 空の薬莢を抜き取り、銃身を覗き込む。
歪みがないのを確認。元の持ち主のバッグを漁り、スラッグ弾を込め始める。
散弾銃――読んで字のごとく小さな球をまき散らす銃だ。獲物によっても内包する鉛玉の大きさ数が違い、スラッグ弾というものは弾が一つ。大型動物用だ。
が、ライフルと違い、ライフリングの無い散弾銃。近距離の射撃となる。
「お、おい! かんいっつぁん!」
銃の具合を見ている二にタツが声をかける。
「行くしかあるめぇよぉ。町からはうんと時間がかかる。自衛隊だってそう早く来ねぇ。村で暴れられちまったら、皆ぁ、やられちまう!」
「お、おお、い、行くぞ!」
「俺も!」
顔を見渡し、頷きあう猟師たち。
恐怖し、震えていた足に鞭打ち、起ち上る! 使命感に駆られてか、仲間の敵討ちか――
「ああ。ライフル持ちには是非とも来てもらいてぇ! 酒井さん達、ここ任せて大丈夫かい……? 高田さんさ、ここ任せるわ」
経験の少ない役所の酒井じゃ心もとない。人手が減るのはキツイがベテランをひとり置いていくことに。
「おう。気ぃ付けてな」
「じゃぁ、追うぞぉ! 皆の衆!」
{おう!} <つづく>