一服
……
「……ふぅ。昨日は良い酒だったのぉ。若いこの身体のおかげか、二日酔いも無し。快調! 快調!」
今日も井戸の清水で顔を洗い、褌を洗うカンイチ。今日も蒼天に白褌がたなびく事だろう。
「女将さん、昨日は面倒をかけました。すいません」
「いや、気にしないでいいさね。まさか、押し掛けてきて、あんなこと言う奴がいるなんてねぇ。びっくりだわ。ささ。朝食にしようかね」
「そうよ! そうよ! 追放よ! あんな屑!」
「私達のモフモフタイムが! 癒しが!」
と、受付嬢達からも声が上がる。クマ達の人気の証明だ。
「一応、顛末くらいは聞かないとダメでしょうね……」
面倒くさいと、ありありと顔に書いてあるカンイチ
「そりゃね。当事者だし」
「どうせ、カンイチ君、ドルさん所にお茶飲みに行くんでしょ」
「そうそう。階段上がればすぐじゃない」
コソコソ目立たないようにしていたがバッチリ目立っていたカンイチであった。
……
「ああ、聞いた、聞いた。災難でしたなぁ。カンイチさん」
「でも、結構いるそうですよ。魔獣使いの従魔やら、動物使いの動物に手ぇだすの。喋れないから、どうしても不利になるんですよ。飯の種ですし、極力大事にしたくない。それで金を。でも馬鹿だな……クマに噛まれたら、骨砕けるか、千切れてるのに」
「ルックさんよ。流石にウチのクマ、そこまでせんぞ?」
「そうです? 主人に似て悪人には容赦しなさそうですよ? それに顎の力もすごいし」
「褒められてるのかの……」
なんとも複雑な表情のカンイチ
「だって、もう魔獣でしょ? クマたち。狼型?」
「オオカミ通り越して魔獣になっちまったか……。一応、犬じゃが?」
「ええぇ~!」
「確かにな。見たことない種類ではある。最近毛も伸びてきたようだし、大きくなってるな」
と思案顔のドル。
「やはり、大きくなってるよな……。食わせすぎかの?」
「いや、毛艶もいいし、肉付きも良いわい。美しい獣じゃ」
「うん?」
――ワシより良く見ておるのではないか?
と、二人の顔を見回す。
「昼休みとか、戯れに行ってるんですよ~~親方なんか暇見ては」
「い、いや、迷惑かもしれんが……賢くて可愛いしの」
少々テレ気味の親方……
「いや、迷惑だなんて。あ、それで周りが奇麗なんじゃなぁ」
今思えば、粗相だって。朝は片付けるが……。
「掃除なんかは受付の子らがやってるよ」
いつの間にやら、人気者のようだ。
「皆に好かれてありがたいことじゃ」
「やっぱり、ここに居たか」
「これは、リスト・ギルド長。昨日は馳走になりました」
「うん? ああ……」
と、少々表情が硬いリスト。
結構いい値段だったようだ。
「今、上に行こうとしてたんじゃが?」
「ここでいいだろう。で、昨日の不届き者共の事だが、二人は同様な容疑で他の町で訴えられてるそうだ。他にも前科があるし、資格はく奪、衛兵に引き渡される。残りの一人は、最近組んだとかで前科も無いから厳重注意で釈放だ。だが、名も知れただろうからこの町にはいられまい」
「資格はく奪……か。そうなると身分はどうなるのかの」
「カンイチみたいに、ギルドだけだと後ろ盾、保証人が無くなるから、”身分証無し”になるな。町にも入れんし、借金も出来ん。元から、持ってる身分証があればそいつが使えるがな」
「なるほど……ワシが他に身分証を造るとすると?」
「そうだなぁ。もっと功績上げて、町に申請。認められれば、”住民”としての身分証が交付される。が、大抵の冒険者は定住はしないし、ギルドの身分証で事足りるからなぁ。問題起こせば別だが、引退後も使える。但し、人頭税やら税金は別途町に納めるんだぞ」
「なるほどのぉ」
ふぅむと思案するカンイチ
「カンイチさん、”金”以上、目指してみれば? 有名になれば、ぜひウチの町に住んでくださいって、頭下げてきますよ」
とルック。
よく言ったとリスト
「ふむ。”金”かのぉ」
「お! いいな。そうしろ! カンイチ。”ミスリル”目指せ! ミスリルを!」
リスト・ギルド長も思うところだ。
「他には、そうじゃなぁ。商業ギルドや、鍛冶師ギルド、魔法使いの集まりっちゅうのもある」
とドルの親方。
「まぁな。それぞれスキルやら、魔法、資本金とか。審査は厳しいがな」
「……。文無しのワシには冒険者ギルドしか選択肢がなかったのじゃな……」
とぼそり。
「おいおい。うちだって審査したろうに。まぁ、腕っぷし重視だから多少審査も緩いがなぁ」
「緩すぎじゃ。特に最近はの。馬鹿ばかりじゃ。なまじ力だけはあるから余計に始末に負えん。ちゃんと一般的な教育の有無くらい見ねばならんだろうが」
と、ドルの親方。
「まぁなぁ。中には目に余るものもいる」
「ふん! 目に余るものばかりじゃわい! 仲間を脅して金をせびるなんぞ……まぁ、ええわい!」
怒りが頂点に達したのだろうドルの親方。これでその話も仕舞と言葉を切る。どすどすと足音を鳴らして奥に。
「……で、カンイチ、今日は何処に行くんだ?」
「う~~ん。確か……きんぐ……何じゃったか? 大きな蛙を捕まえて来いってアールが言ってたのぉ」
「キングフロッグか? それじゃ、また西の沼かな」
「うん? そうじゃったか? トンボと一緒に仕留めて来ればよかったのぉ。ま、ついでにトンボも狩るかの」
「カンイチさん! 西の”黒沼”にはヨロイオオナマズもいるから、水際や蛙の近くは注意ですよ。大口開けて突っ込んできますから」
「了解じゃ。ルックさん。じゃ、もう一服したら行こうかの」
「気を付けて行けよカンイチ、多めに取れたらうちにも卸してくれな」
「了解した」
……
お茶を飲み終えると、クマとハナを連れて『西の沼』まで遠征だ。
途中、トンボと猪を思い出し、長めのロープを購入。どうせロープは良く使うし、開墾の時にも役に立つ。”収納”に入れておけば腐るまい。と、複数巻き購入して、南門から出る。
二頭の犬? と戯れながら走る姿はほのぼのとしたものだが、一歩門を出れば、魔物やら、盗賊の蠢くこの世界だ。
今日もスラムのわきを抜け、近道。河原を蛇や、薬草を物色しながら遡上。細い蛇5匹と、野草のノビルとヨモギを収穫。この世界では、ヨモギは純然たる”薬草”の括りになっている。
「今日は猪と合わんじゃろなぁ」
と,ボソリ。
”ぅおふ!” ”わぉふ!”
「おぅん? お前たちは会いたいのかのぉ?」
”ぅおおふ!” ”わぉおふ!”
「……そうかよ。くわばら、くわばら」
……




