タカリ
……
犬を裏に繋ぎ、女将さんに外で摂るから夕食は要らないと声を掛けようと食堂に。
そこに何故か冒険者風の男が三人と困り顔の女将さん、そしてギルドの受付嬢がいた。
「どうしたんです? 女将さん?」
「ああ、カンイチ……。ちょっと困ったことになってねぇ」
「はぁ?」
「ふん。お前がカンイチか? 外の狼の飼い主の?」
カンイチと聞くや詰め寄ってくる三人の男たち。
「ええ。そうですが。うちの犬が何か?」
「ああぁ? お前の犬だぁ? あの狼に仲間が噛まれてな! 仕事になんねぇや。で、慰謝料と治療費をもらおうと思ってな」
「ひっひっひ。おかげで依頼も未達になりそうだわ。そこんとこもなぁ。保証してもらわんとよぉ」
「ほれ、出すもん出せぇよぉ。衛兵に通報されたくはあるまい?」
――クマとハナが嚙みついたと? ほぅ。
一人一人の顔を見ていく。
「うちの犬がのぉ」
「ク、クマとハナが噛む訳ないでしょ!」
受付嬢も声を上げるも
「うるせぇ! 女ぁ!」
怒鳴り散らす冒険者達。
――まさか、こういったタカリが来るとはのぉ。さて……
「さっさと出すもん出さねぇと、衛兵が来ることになるぞ?」
「いいのかよぉ? おい!」
特に焦る事のないカンイチ。本当に歯形合せて噛んだとしたらその時に治療費や示談の交渉をすればいい。衛兵――警察の立ち合いが得られるなら尚の事。
「別に構わないですよ。衛兵さん呼んでもらっても。かえって好都合じゃ……好都合だ。但し、貴殿らも冒険者ですよね? うちの犬に近づくことはリスト・ギルド長の命令で禁じられていますよ。ギルド内にも通達が出てるはずです」
「そ、そうよ! そうよ!」
と、受付嬢
「ほんとかよ?」
「……」
「どのみち、嚙んだという傷口を見せてください。本当であれば治療費は払いましょう」
と、大げさに足に包帯を巻いた男を指差す。
「い? いてて……?」
「チッ――! いいからさっさと金よこしやがれ!」
そこに、
「何やってんだ? カンイチ。女将さん、こんばんわ」
「ああ、ハンスさん?」
タカリらが金を要求した、なんともタイミングいいところでハンスが入ってきた。
「ああん? なんだお前!」
「何だと言われてもなぁ。この後、カンイチと飲みに行くんだ。中々出てこないからな。で? 何やら揉めているようだが?」
「ええ。ハンスさん。うちのクマがそちら様の足を噛んだそうで。本当ならば治療院に連れて行こうかとの。そんな訳で飲み会は今度じゃな」
「ほ~~ん。で、金……か」
ジロリ。疑いの目を向ける
「本当に決まってるだろうがぁ! なぁ!」
「ああ、いてててて……?」
訝しげの表情のカンイチと、ハンス。女将さんも。
「よぉし! 傷口見せてみろ! 歯型合わせしよう。そうすりゃ一目瞭然! はっきりするだろう!」
「は? 関係ねぇのは引っ込んでろぃ! 衛兵呼ぶぞ! 衛兵を!」
「うん? なら好都合だ。俺は南門のハンスだ。嘘だったら覚悟しとけよぉ! お前ら! カンイチに対するユスリタカリ。従魔に対する威力業務妨害。ここはギルドの施設だ。ここの営業妨害。決して罪は軽くねぇぞ! あとはギルド員ならギルマスの命令違反か。まぁ、そっちはそっちでやってもらおう。おい! キャロル! リスト呼んで来い! リスト!」
「は、はいぃ!」
慌てて向かいのギルドに駆けていく受付嬢。
「へ?」
「ちょ、ちょっと待って……」
相手が衛兵と聞きあからさまに狼狽える男たち。
「ああん? 逃げんなよ! 貴様ら! まぁ、今から外には出られんがな! 門突破してみるか? 重罪だし、その場で死んじまうだろうなぁ。隠れても無駄だぞ。受付嬢に顔バッチリみられてるだろう? さぁ、その噛まれた傷口とやら見せてみろ! 大袈裟に包帯巻きやがって!」
顔色が青く変色した男たち。完全に血の気が引いた。先ほどまで、勢いよくがなり立てて、真っ赤だったのに。
「ほら愚図愚図すんな! 呑む時間が減るだろが!」
ハンスの一括でさらに委縮し、顔色が白く。噛まれたと主張する男はガタガタと震えてる。
「なんだ、タカリだって? うん? ここらじゃ見ない顔だな」
キャロルが連れて来たのは、リスト・ギルド長と、がっしりした体つきの三人の男。荒事専門の職員だろう。
「ああ。カンイチの犬に噛まれたってな。こんな細い足。噛まれりゃ、ぐちゃぐちゃ、骨折するだろうに……。ほれ。ギルド長もいらっしゃった。傷、みせねぇなら言い訳並べて言い逃れしてみたらどうだ? ああん?」
「しょうがないな。私はこの町のギルド長のリストだ。素直にギルド証を出せ。そして言いたいことがあれば聞くが?」
「お、おい……どうしよう……アニキ……」
「くっ……」
「ど、どうすんだよぉ……」
「さっさと出した方が良いぞぉ。今なら、ギルド内での、ごたごたってことで大ごとにしないで済む。前科がありゃ、その限りじゃないがな」
とハンス。
「が、軽い罪じゃないぞ。”仲間”を嵌めようとしたんだ。さぁどうする? このまま衛兵に引き渡してもいい」
とリストがにらみを利かせる。
「「…」」
「ああぁ……」
「仕方ない。拘束せよ。ハンス、とりあえず、こいつ等は預かる。明日中には報告するよ」
観念したのか大人しく縄を受ける男たち。
「ったく。真面目に採取してればいいものを……。馬鹿が。じゃ、行くか! カンイチ!」
「うん? 飲みにって言ってたな。俺も混ぜろ」
「は? 今から取り調べだろ?」
「ふん。俺がいなくとも直ぐに話すだろうさ。行こう、行こう」
……
ハンス達に連れられてきた店。いつもより落ち着いた、雰囲気のある店だ。少々ランクの高い、お高い店だろう。
カウンターの後ろには多くの種類の酒瓶が並び、色とりどりの果実酒を仕込んだ瓶も並ぶ。そして、奇麗に磨かれたグラスが、ランプの灯りを多方面に反射する。
もちろんつまみや、軽食も可能だ。
「”ごくり” ふぅ。しかし、ああ云った連中がいるとはなぁ」
「”ごっごっご……ぷっは!” はぁ? リスト、そんなもん、ゴロゴロいるぞ? ああいう奴等。従魔持ちにタカる連中はなぁ。だからクマたちにリード付けさせてるんだ。どした? カンイチ」
じっとグラスを見ているカンイチ。
「う~~ん。ワシがいないときに本当に噛んだらと思っての。 ”ごきゅり” うん? これ美味いな。マスター、これ何?」
「はい、タッタの実とクルブシ草を5年漬けたものです」
「うん? 信じてねぇのか? カンイチ」
「”ぷふぅ~” いや、普通は噛まん。が、相手が武器やら持ち出したらと思っての」
「そこまでしないと思うがなぁ。マスターおかわり」
「うん? そう言うリストさんも、良い毛並みだと言ってたじゃろが……。うぅん?」
「おいおい。リストよ。まじか?」
本当かよ! と目を見張るハンス。
「すまん。忘れてくれ……」
バツの悪そうなリスト。確かに敷物に良いと思ったのも事実だ。
「じゃぁ、勘定はリストさん持ちじゃな!」
「おう! いいな!」
「おい! なら、カンイチ! 違うの飲め! その酒、高い!」
「何をおっしゃる。天下の冒険者ギルドの長じゃろうが! おかわり!」
「おう! そうだ! そうだ! いいぞカンイチ! 乾杯!」
――こういうのも何年、何十年ぶりじゃなぁ、良いもんじゃわい。
と思うカンイチであった。




