納品の朝。
……
「ふぅむぅ。こんなもんかのぉ。それにしてもよく落ちるのぉ、この石鹸は。地球の物よりも優れているの。これも魔法やらかの?」
”ごしごしごし……”
夕食前。返り血で真っ赤になったツナギと地下足袋を洗い終えたところだ。着っぱなしだったので丁度いいだろう。
――乾いたら服屋に持って行って破けたところ(牙がかすめたところ)に当て布をしてもらうか。同じもんこさえてくれんか頼んでみるか
そんな事を考えてるカンイチだった。無理もない。なにせ、一張羅だ。
「さてと……」
まずは、プランター樽に河原の土を詰め。庭先に。
「ふぅむ。鍬が欲しいの。明日、ダイさんの所に顔出すか」
とり合えず、プランター樽に薬草を仮植えに。後々は庭の一角を耕し、直植えにするつもりだ。
次に、放置していた蛇をそのまま麻袋ごと井戸水でジャバジャバ洗う。
「こいつ等の瓶も明日だな。靴も欲しいし、結構やることがあるのぉ。さて、食事にしようか。今日は良く動いたから、腹が減ったわい。今日の酒も美味かろう」
……。
「おはようございます」
今日は、朝食前。少々早いが、起床してすぐにギルドにやって来たカンイチ。日もまだ出ていない。
冒険者ギルドもさすがに受注こそできないが、買取カウンターと、受注窓口、緊急時窓口は開いている。宿直の職員だろうか。朝一に張り出す掲示板に受注票をピンでとめている。
ボチボチ、少しでもいい仕事を得ようと冒険者たちも集まって来るだろう。
そんな事は他所に、勝手知ったる何とやら。するすると買い取り・査定カウンターを越えて、控室に。何時もここから奥の解体小屋にお邪魔するルートだ。
「お待ちしてました、カンイチさん!」
「おう? ルックさん。悪いのぉ、早出させて」
解体のために早出なのか。いつもは遅いルックもいた。
「いえいえ。何ていっても魔猪だからねぇ! ねぇ! 親方!」
「だから、お前は……。声、でけぇんだ! 早朝の意味ねぇじゃねぇか!」
と、ぴしゃり。
本来であれば別段、秘密にする事例ではないのだが。
カンイチの”収納”については知ってる人が少ない方がいい。これもドルとリストの配慮だ。
しかも、体高3mを超える魔猪がすっぽり入る”収納”など。
「あ! すいません!」
「ドルさんも朝っぱらからすまないの」
「いんや、元々朝は早えし。問題ないよ。一服したら行くか」
「そうしようかの。ルックさん、茶!」
「はい。また来客用のくすねて来ましょう!」
……
「おはよう! おやっさん準備は……うん? カンイチも来てたのか。早いな」
「丁度、一服も終わりましたから、これからおろしに行くところじゃ」
「ああ。ギルド長、人払い頼むよ。じゃ、行こうか、カンイチさん。ルック、解体組は降ろしてから、10分後に入れろや」
「はい! 親方!」
「……了解した」
ギルド長も一緒にお茶を飲みたかったようだ……。
……
解体小屋の隣に一張りのテント。外からは見えないようになっている。床も同じ素材のシートが張られており、血液等も漏れないように配慮されている。
「ほぅ。奇麗なもんじゃ。集めた血なんぞはどうするんじゃ」
「うん? このタンクに入れるんじゃ。中に、スライムが入っておってな。奇麗に浄化してくれる」
”ぼいんばいん”と、何かが詰まっている、金属製のタンクを叩くドル。
「へぇ? すらいむ……かのぉ」
地球でも国民的人気であるスライム。もちろん、カンイチの知識には無い。
「うん? カンイチさんとこじゃ使ってなかったのかい?」
「うちは深い山じゃったからなぁ」
スライム自体何だか知らぬが、何某かの魔法かなにかだろうと。
「よし、カンイチ。出してくれ」
「うむ。猪!」
”ずずぅぅぅううぅぅん!”
カンイチが宣言すると、床に巨大な魔猪が現れる。
正に、死にたてのほやほや。傷口から血が滴る。猪の臭いが一気にテントを埋める。
「おお……正に。よくもまぁ。単騎で狩ったもんじゃ……。おう、まだ暖かい」
「デカいな……。ここまでの物とは」
「……すごい」
立ち会った者、皆、言葉を失うほどだ。ハンスは未だ顔を見せていないが。
「じやぁ、後は任せて良いかな。ドルさん、”礫”があったら、取っておいてくれんかの」
「うむ……わかった」
「じゃ、ワシはさっさと出て行った方がええの。明日には顔を出すわ」
「ああ。頼む……」
未だ。放心しているギルド長。彼のまだ浅い”ギルド長”歴で、最大の魔物になるだろう。
「よし! ルック! 寸法から行くか」
「はい! 親方ぁ!」
ようやく動き出したギルドの職員に頭を下げ、カンイチは朝食を摂りに寮へと帰る。
……。
「ひよぉ~~! すげぇな! こいつかぁ!」
「いやぁ~~見事だ! でっかいなぁ! こりゃ!」
一応、秘密の作業場だが、賑やかに入って来たのはハンスとジップ。ハンスは置いておいても、ジップはギルド長にしては想定外だ。
「おい、ハンス……。出禁にするぞ」
と、ハンスを嗜めるも、
「すまんな。ギルド長。ちょっと小耳に挟んでな」
と、ジップが応える。既にジップの耳に入ってるようだ。
「そういう事。情報管理は的確に! ってな。ジップには、もしもの時に手を貸してもらうつもりだ。特に貴族連中の対応の時にな」
暫し、思案顔のリスト。軽く頷く。
「西の沼近辺だろぉ? こんなのいたんだなぁ! 帰ってきてねぇ奴とかいねぇか?」
とジップ。
「もともとあそこはドラゴンフライの巣だ。それなりの腕が無けりゃ行けないだろうよ」
とハンスが応じる。
「ま、いいや。ジップ、お前さん、一人でこいつを狩れるか?」
「おりゃ、”金”だぞ! はっ! 無理だな!」
両手を上げて、”お手あげ”のポーズをとるジップ。
「早いな! おい!」
「やるなら、準備万端、道具を揃えて、おびき寄せて……だな。そもそも剣士じゃ不利だわ」
「まぁなぁ。槍か……」
「落とし穴も準備しねぇと。折角だし見せてもらおうか。しっかし、すげぇな!」
親方達が寸法を取ってるわきで、猪の状況を見て回る、ハンスとジップ。リストも加わる。
「が、こいつの傷はなんだろうか?」
猪の胸に空いた大きな穴。
「抉り切るような傷だな……。でけぇ穴だ。が、一気に一回で貫いたんだろうな。何回も突いたわけでもねぇな。革にしたら目立たん良い傷だ」
「ああ。槍じゃぁねぇな。切り傷とは違うな……」
「が、これが致命傷だな。心臓までならかなり深いな……」
「足にロープか? 転ばす? この巨体をか?」
ジップと、ハンスで傷口の検証、どのように倒したかをあれこれと予想する。
「ほれほれ! 邪魔じゃ! 邪魔じゃ! 観るなら下がってろぃ!」
「おやっさん、なんか知ってる?」
「教えてくれよぉ~~」
「ええぃ! うるさい! うるさいわ! 若造共め! ほれ! あっち行け! あっちに!」
声を荒げ追い散らすドル。
「礫……がどうのこうのと……」
その中でリストがぼそりともらす。
「ふぅん、礫……ねぇ」
「ふん! 冒険者の手の内をポロポロと……。そんな事だから情報漏洩するんじゃ! 『長』がそうだからの! 良い薫陶の賜物じゃ!」
「うっ」
何も反論できないリスト・ギルド長
「ほれ。もう良いじゃろ! 解体始めるぞぉ!」
{応!}
……




