猪狩の後
……
大猪を狩った後、無事に街に帰還を果たしたカンイチ。冒険者ギルドに向かって褌一丁で街を征く。
キリリと締まった身体、純白の褌一丁、半裸の凛凛しい美少年だ。道行く婦女子の方々の視線もいやがおうにも集まる。無理もない。
「そうそう、ハンスさん。靴屋はどのあたりにあるかの?」
「はん? 靴屋か? 木靴なら道具屋。鉄甲靴なら鍛冶屋、鞣し革なら革細工屋ってところだな」
「靴専門ってのは無いのかの?」
「う~~ん。貴族街に行けばあるが……。高いぞ?」
「貴族街かの。ワシが行っても大丈夫かの?」
「そりゃな。”銀”ならいける。が、犬置いてけよ。騒ぎになるから」
「やはり……の」
「まぁなぁ。そういった珍しいものを欲しがるのが貴族というもんだ。ある意味習性だな。死ぬまで治らん」
「譲らんぞ……」
と、ボソリ。
「ああ……。国でも従魔は認められている。ある意味、冒険者の武器、活動の為の仲間だからなぁ。が、偉くなるとなぁ。己が”法”と思う輩もいるのは事実だ」
と、ハンスが応える
「まぁいい。その時は町、国を出ればよいからの。リストさんにも言ってある。その時はこっそり逃がしてくだされよ、ハンスさん」
「……ああ。そうだな」
真っ直ぐ前を見ているハンス。その表情は……
ギルドへ行く前に宿舎に寄りクマたちを繋ぐ。井戸で身を清め、新しい服に着替える。
ハンスは先にリストの所へと向かっている。
「お帰りなさい。カンイチ君。ギルド長の所へ」
「うむ」
……
「失礼する」
「おお! 無事で何より。本当に毎日毎日、何かが起こるな! カンイチ!」
と、椅子から立ち上がるリスト。
「だろう、リスト! 俺の眼に狂いが無かったってな。で、早速、猪が見たいのだが」
「そりゃぁ構わんが……でかいぞ。体高3mはある。解体小屋でも入るかどうか……」
「マジか……」
さすがのリストも絶句。
「おい。そりゃぁ魔猪だな……。でけぇな。西の沼でか?」
「うむ。近くの茂みでの。デカいトンボを獲りに行ったんじゃ。そのトンボの肉に寄せられたか。奴もワシを食おうと襲ってきたのでな」
「すげぇな。おっと、リスト、茶! カンイチ喉乾いてんだろ?」
「ありがとう。が、この後、ドルさんの処で呼ばれるで。たまたま。本当に、たまたまじゃ。道具があって、犬たちとの連携が上手く行ってな。なんとか倒すことができた。運がよかったのじゃろうの」
「まぁ、運も実力のうちってな。で、リストどうする?」
「勿論、買い取りたいがな。魔石はアールカエフ様のとこかぁ。ま、他にも毛皮、牙、肉、肝臓…売れるものはいくらでもある」
「そうじゃねぇよ。どこで確認して解体すんだ?」
ハンスにしたらそんなことはどうでもいい。モノが見たいのだ。
「中庭にテント張るしかあるまいな。今日中に準備する。明日の朝一で納品してくれると助かる」
「了解じゃ。魔石と、肉の半身は此方で頂く。後は好きにしてもらって構わない」
「わかった。契約書作っておくな」
「では、失礼する。ワシはこの後、解体小屋に用があるでの。今日は良く走ったわい」
部屋を出ていくカンイチの背を見送るリストとハンス…
……
「それにしても魔猪か……」
カンイチと交わす、魔猪の売買契約書を書きながらぽつりとつぶやくリスト。
「ああ。単騎撃破……かよ。”金”でも無理だわな。想像以上だこりゃ」
応じるようにハンスもつぶやく。
「ふぅ。カンイチも、普通の青年、新人冒険者のように『ミスリル』目指してるというのなら大々的に公表して、”英雄”とでも奉り上げちまえば、降りかかる問題も少ないんだがなぁ」
キィ、椅子の背もたれに体を預け、天井を見つめるリスト。
「まぁなぁ。俺達への義理ってんで3年はいるだろうし、金も貯めてるから依頼受けるだろうが……それ過ぎたら、すぐに引退しかねんものなぁ。引退者の身分証あるし」
「ああ……。明日から、ミスリル目指すように毎日飲みにつれて行って説得するか?」
とリスト。
「は? 無理だろ。見た目はガキだが言葉使い通り、中身は別もんだ。慎重な経験豊富な老人……。そんな印象を受ける。魔法かなんかで若返ったとか?」
「そんな夢のような魔法あるか! むしろ、”神”が、現世の様子を見にきた仮の姿ってほうが納得できるさ」
「おいおい……。神様かよぉ。それこそ夢以上だろうがよ。今日は半裸で走って帰って来たぞ? 随分とお茶目な神様だな。くっくっく」
当たらずとも遠からずと言ったところだが。
「そうなのか? ふむ。あまりにも世間知らずだったからな……。最初は」
「あんなもんだぞ。山奥やら田舎から冒険者目指して昇って来るガキは」
「あんなもの……かぁ」
「ああ。でも、カンイチは、”違う”と感じたな。雰囲気か……”強い”ってことは直感でな」
「流石、脳筋隊長だ。一応、本店のギルドマスター総括に報告しておくか……」
「あの脳筋か? 職務放り投げて手合わせしに来るぞ、きっと。王都から」
「あり得るな。お前さん以上の脳筋だからなぁ」
「ま、明日が楽しみだ」
「そうだな……。おっと、テント設営と大型動物の解体道具の使用許可証もださんとなぁ」
バタバタと、用意に取り掛かるギルド長だった。
……
一方その頃。
”ずずずぅう”
「ふぅう、美味いの。ここは落ち着くわい」
下の階、解体部屋にのんびりとお茶をすするカンイチの姿が。
「で、どうでしたかな、カンイチさん。今日の狩の首尾の方は?」
「それがのぉ……」
どうせ黙っていてもドル達には話が行く。ならばと、今日の狩の話をする。トンボ2匹、そして明日、解体することになろう、大物の”魔猪”について。
「はぁ? 魔猪ぃ? しかも、体高、3m???」
普段、学者然としてる冷静なルックも声を上げる。
「声がでけぇ。ルック。しかし、良くも無事で……」
「ああ、たまたまトンボ摑まえる武器が役に立った。運も味方してくれたし、犬たちも大いに活躍してくれたしの。そうそう。土産じゃ」
ぽん! と。ルックに、まあるい物体を放る。
「わ、わ! わわ? っと。ドラゴンフライの頭? おお! 早速!」
何やら、解剖台の方へと行ってしまった。
「しかし、大活躍じゃなぁ。狩りの神様が見てくださってるのかもしれんな」
「そうかもしれんなぁ。が、もう、こりごりじゃ。今回は真正面より正対しちまったからなぁ。会わないに越したことないわい。あのような化物は。やるなら槍やら落とし穴の準備がいるのぉ」
「違いないの」
”ずずずぅ”と茶をすする音が響く……。
……
「うん? まだいたのか? カンイチ?」
ひょっこりと解体室にリストが現れた。
「……休憩じゃ」
「で、何の用だ。ギルド長。明日の事なら大方聞いておるが」
と、ドルの親方
「ああ。明日の事だ。今日中に準備願いたいからな」
「うむ。書類は? ……了解じゃ」
「じゃぁ。カンイチ、悪いが、朝飯前にでも卸してくれ。人が少ない方がよかろう?」
「了解した。明日の朝、早くに来ることにしよう。じゃ、お茶ご馳走さま。また明日」
「おう! 気を付けて帰れよ」
……。
「しかし、魔猪か。何年ぶりだ? おやっさん?」
「小さいのだったら昨年ジップが仕留めて来たわい。しかし、体高3mか……びっくりするなよ? お前さんが思ってる以上に大きいぞ」
「だな。これで一気にカンイチが稼ぎ頭か?」
自身でポットから茶を汲むギルド長。
「ふぅむ。そうだの。革も毛皮で素のままが良かろうなぁ。牙もバラさずに一式セットでオークションにかければいくらになるか……」
「なるほど。そうさせてもらおう」
「肉にしても結構獲れるのぉ。滋養ある魔物肉じゃ。引手数多じゃろさ」
「ああ。半分だがな」
無念と顔に書いてあるリスト…
「そうか。普通なら腐らせちまうが、”収納”持ちならではだな。ま、半分でもかなりの利益は出るだろうさ」
「違いない。本部に話を通そうと思うんだが……」
「ああ。そのほうがよかろうの。国にしても税が上がるんじゃ。”金”なり、”ミスリル”なりの待遇で良いと思うぞ。貴族という生物は余計なちょっかいを出しくさる。王の覚書で良いから貰っとくといい。他国に流出するとな」
「わかった。本部を通して提案しよう」
「頼むぞ。お偉いさん。つまらんことで友人を失いたくはないからのぉ」
「ああ……」
……




