熊狩へ
近場に大きな熊がでた。
朝から村内放送、役場の車が大音量で注意喚起を促す。
熊退治にきたオレンジ色のジャケットを羽織る猟友会の面々に一通り挨拶を終え、老人は周りの面々を見渡し、低い声で尋ねる。いよいよ、本題。熊狩りだ
「で、皆の衆。態々ご苦労じゃの。で、熊撃ちと聞いたが、これだけの人数。……”喰った”かの?」
場が凍る……。うなる猟師たち。
そう。”喰った”。人の味を覚えた熊が相手ということだ。
熊から見れば”人”など只の食料に過ぎない。足も遅けりゃ、抵抗する爪、牙も無い。硝煙の匂いをさせてる連中には近づかねば良いのだ。
「え、ええ。二さん。昨夜のうちに【旭町】で1人。【長野村】で2人。何れも死亡していました。ごっそり内臓を持ってかれたのが庭に埋まっていました。今の所ですが……」
と、役所の酒井が答える。
「今、調査中だぁ、が、人死にが出たで、すぐにでもニュースにでるだろさ。が、埋めたくせして結構移動している。最悪のケースだな」
と、苦々しい表情のタツ。
それは、沢山の”餌”の存在、”美味しいところ”だけをつまむ。山にでも潜んでいて、腹が減ったら夜にでも出て来ればいい。一杯飲みにでも行くように。いわば、人にとっては最悪の状況という訳だ。
「後は、山菜取りの連中だなぁ。特に街から来てる連中はの。ワシらじゃぁ、わからんもの。捜索も乗って来た車さ、見つけてからになるだな」
「んだぁ。もうすでに何人かやられてるかもわからん」
こういう時の山菜取りの連中は始末が悪い。戻ってくる、または、家族からの捜索願が出るまでどうにもならない。食われれば熊は簡単に味を知ってしまう。そんな事だから発見が遅れるのも通例だ。
「なるほど。その経路から言えば……この山ん中に潜んでる可能性が高いの。しかし、一晩で3人か? どれくらいデカいのかの?」
広げられたこの付近の広域地図を見ながら唸る。
「ええ。私もそう思います。足跡が追えれば……」
「それがな……」
「ふぅ。本当に孫らが来てるときじゃなくて良かったわい。で、目撃状況。大きさは? 足跡くらいあるじゃろうが?」
「そいつがなぁ……」
何故か、歯切れの悪いタツ。スマホを取り出し画像をさがす
「うん? 一日で三人も食ったんだ。よっぽどデカかろうに?」
「姿を見たものはおらんがの。タツ!」
と、ベテラン猟師がタツに、
「あ、ああ。こいつが写した足跡じゃ。写真は、スマホ――この画面の中だ」
「タツよぉ。ワシだってスマホぐらい知っとるわい! ……! おい、なんじゃあ、これは」
タツが鞄から出した半紙に写したであろう足跡。その大きさ、ここらでよく見るツキノワグマの比ではない。もちろん、大きいという意味で。
「ああ。だから、皆で追ってきた。駐在(愛称、ごっちゃん)も直に到着するで」
「ふぅむ。北海道のヒグマ……かの? 泳いできたか? いや、それにしてもデカいのぉ。……そうじゃ! 動物園から脱走やらはどうじゃ? 外国の熊なんか」
「そりゃないとさ。警察の方で確認済だ」
「ヒグマ……そう思うんだがなぁ。前足がおかしい。足跡がブレてるように見えるんだわ。一応写真撮ったが……どうだい? かんいっつぁん?」
まだ若いがベテランの域に達する経験を持つタツ、どうにも納得がいかないようだ。
「わかりづらいのぉ……。画面が小さいしのぉ。ワシにはよぉ見えんわい。が、怪我でもしてるのかのぉ? 皆の衆の意見は?」
「ああ。だと思うがの」
「そうだろうよ」
「ここんとこ、二回踏んでるようにも見える。ほれ、拡大してみたが……」
若いが、森に入ってる時間は人の倍はあるタツがつぶやく。手にしたスマホを再度、二に示す。小さな画面に目を細める。
「よぉ見えんわい。が、タツよ、熊は前足の跡、踏むまいよ? こっちが後ろ脚じゃろ? 前足が4本か? 脚が6本は、虫の類じゃろが!」
「そ、そうだよなぁ、二頭いるとか? 考え過ぎか」
「ワシ等もそう思うんじゃがの。前足が4本なんての。化物じゃわい。ははははは」
「もしもそうなら、生け捕りじゃな! 村興しにええぞ! 町長の”道の駅”なんぞよりのぉ!」
「違いないのぉ! 動物園にでも売るか! ははははは」
「そうじゃ! そうじゃ!」
”ははははは”
「じゃ、早速取り掛かろかい! 二さん、西の沢辺りからがええかのぉ」
「うむ。痕跡があるとええがのぉ。その前に、うちの村人、皆、おったか?」
「ああ。確認した。皆無事だわ。家から出ないように言ってあるがの」
「西の端野さんとこの婆ちゃんが炊き出しすると張り切ってたな」
「あすこの婆ちゃんはな」
「じゃ、熊肉届けて、熊鍋じゃな!」
”ははははは”
「じゃ、沢挟んで二手に分かれて登ろうか。酒井さんとタツがリーダーだな」
{おう!}
「よっしゃ! 行くか。クマぁ! ハナぁ! 出るぞ!」
”ぅおん!””
十分緊張は解れた。さぁ! 熊狩りに出発だ!
……
二手に分かれ、山へと入っていく猟師たち。沢を見降ろしながら、上流、山の中へと進む。
「今年は、マッタケ(松茸のこと)が豊作とか言っておったが、二さんとこ、どう?」
「じゃぁの。まだ早いがワシの山でも結構採れてるの。孫に良い土産じゃったわ」
「ほぉ~。冷凍してもええもんなぁ」
自然と森の”恵”の話となる。松茸。言わずも知れた高級食材だ。大抵、売るより、親戚縁者、ご近所、知り合いに配って消費される。物々交換の物資ともいう。それもかなりレートが高い。
「来年はどうなるかわからんが、マッタケを”ふりま”? じゃかなんとかで売るそうじゃ。村の若い衆が何やら企てとるようじゃぞ?」
「そいつは良いなぁ。いい小遣いになるで。舞茸のほうはどうじゃった?」
「いいですねぇ、二さん」
「そりゃぁ、もちろん。もっさり採れたぞ。マッタケも納屋に置いてあるから帰りもっていくとええ。うん?! ……シッ!」
前方、山の斜面に黒点。……熊だ。
「ありゃぁ、ツキノワグマかの。大きいが、さっきの足跡ほどじゃないの」
「タツどうじゃ?」
「違う。が、ツキノワグマにしては随分と大きいな。こんなところまで下りて来とるのか。注意がいるなぁ。こっちさ来るようだったら仕留めちまおう。必ず、町まで下りるな。怪我人が出るわ。ありゃぁ」
”びくぅ!”
”ぐるる……”
その時、先を歩いていた犬達の足が止まる。身を緊張させて。
「うん? クマ? どうしたんじゃ?」
大きく体を震わせ、沢の対岸にまっすぐ目を向け唸りだす犬たち。その尾は、だらりと垂れる。
「怯えとるのか?! ? クマ……。! タツ! 無線あったろが! あっち(側)に居るのかもわからん! 役場のに知らせや!」
「お、おう! ”ピ” ”ジッ” 酒井さん! 無事かぁ!」
『”ジッ!” こちら酒井。どうした? タツさん? どぞ』
慌てて無線を操作するタツ。が、無線機からは酒井の何時もの気の抜けた声が。ホッと胸を撫でおろす一同。
「かんいっつぁんとこのクマが反応した。注意してくれ! どうぞ」
『了解! 皆、注意! 近くにいるぞ! ”ワンワンワンワン……” うん? なんだ?』
酒井の返事の後、向こうの犬達が吠えだす!
「チッ――。でたか!? ワシ等も、こっちから警戒しよう」
「ああ。かんいっつぁんは下がってくれ」
「お、おぅ。ワシは農家じゃからな。頼むぞ。タツ!」
「おう! 任せとけ!」
一瞬で場が緊張に支配される。 <つづく>