トンボとり。
……
今日も早く起き、井戸をこぎ、顔を洗い犬たちに新しい水を与える。
見上げる空にはようやく朝日が顔を出し、あちらこちらの家々の一日が始まる。
「今日もええ天気じゃのぉ。張り切っていこうかいの」
”ごしごしごし……”
そう、先ずは日本男子の誇り。褌の洗濯からだ。
朝食のパンを腹に納め、ギルド……というより、解体小屋へ出勤だ。
主のドルさんとお茶と会話をを楽しむ。
「おはようございます。今日も早いですねぇ、カンイチさん」
ルックが出勤したようだ。
「おはようさん。ルックさん。そうそう。ドクサンショウウオの残り出しとくの」
「ええ! お願いします。カンイチさん、今日はどちら方面に?」
「そうさなぁ。どらご……なんたらの、でかいトンボ? ……じゃったか? そいつの羽をとりにの」
はて? と首をかしげるカンイチ。アールカエフから頼まれていた素材だ。扇風機の羽になるという。
「へぇ! ドラゴンフライ? それじゃぁ、西の沼かぁ。あ、出来たら頭も持ってきてくださいね!」
「うむ。了解した。じゃぁ、そろそろ行ってくるかの。お茶ご馳走さま」
「気を付けての、カンイチさん」
「いってらっしゃーい」
ドルたちに見送られ、沼へと出勤だ。
……
「おはようございます。ハンスさん」
クマ、ハナを連れて南門に。
今日も、スラムを突っ切っていくつもりのカンイチ。先日、盗賊7名を殺害したばかりだ。
「おう! ヨルグから聞いたぞカンイチ! 怪我が無くて、結構、結構。で、今日は何処へ行くんだ?」
「西の沼に」
「……また通るのか。本当に図太いな。お前」
「私は何も悪いことはしてないし」
「まぁなぁ、気ぃつけていけよ」
「はい?」
カンイチの心情としては、なんでこうもお節介な人が多いのか
まぁ、悪い気はせんがの! と、いったところか。そもそも、今のカンイチがあるのはハンスのその”お節介”のお陰なのだから。
昨日の惨劇も、もうカンイチの記憶にないのか、今日も近道とスラムのわきを駆け抜ける。お互い不干渉……特に接触も無い。
ルックにもらった『採取地図』と、アールの描いた、いい加減な地図を照らし合わせながら、川に沿って遡る。もう少し行けば川の源流の一つの沼が現れるはずだ。
――そういえば、蛇、あのまんまじゃったなぁ、帰り、いれる瓶を探すか
今日は蛇はスルーのようだ。クマたちはバリバリやってるが……
「おい、クマ、ハナ。そいつ美味いのか?」
”ぅうおふふぅ!” ”わふぅ!”
「なら、ええがの」
毎度の謎会話だ。
……
「この辺りかのぉ。アールが言うには木の棒に肉を括りつけておびき寄せて仕留めるとあるがのぉ!?」
アールからもらった。トンボの取り方のメモ。
木の棒の先端に肉片を括り付け、それを数本立て、上空を飛ぶトンボをおびき寄せ、降りて来たところを狩るという方法なのだが。
遠くからものすごい速さで、巨大なトンボが飛んでくる。羽の先から、反対の羽の先まで(翼開長)幅、3mはあるだろうか。
カンイチの想像よりかなり大きい。
大きな丸い頭、その口元、板状の唇が捲りあがり、巨大な牙も見受けられる。
「うぉお! デカいトンボじゃの! しかも、ワシを食うつもりか!」
まだ罠の準備はしていない。肉片すら出していないのだ。そう! トンボの獲物はカンイチだ!
トンボは、暫く滑空し、大きな円を描くように旋回。再びカンイチに向かって飛んでくる。
「チッ――! どうしたものかの。銃剣を刺しても、あの重量物、持って行かれちまうな。いったん退却じゃ!」
しつこく追い掛け回されたが、木々のある林に飛び込んだら諦めたようだ。
「ふ~~む……思った以上にデカいのぉ。ビックリじゃわい。しかしどうしたものか……。TVでY字の枠に網を張って、空に投げて鴨を取るのがあったが……。うん? そうじゃ。ロープに石を括りつけてじゃな……」
カンイチが造ってるんは所謂、ボーラという投擲武器だ。一本のロープの両端に重りを付けたもの。主に、絡めて相手の自由を奪うものだ。カウボーイも牛の捕獲に使ったとか。
日本でも江戸時代、獲り物の時に使った金属製のボーラ、”微塵”がある。獲物によって形状、重さも様々。鳥用の物もあるとか。
「良しと。重りも3つ付けてやるか。まだ軽いかの。それより沼に落ちたら回収不可能じゃな。逃げられないように長いロープを付けておくか……木にでも結んでおけばよかろう」
ボーラに縄を括る…投げ縄の先がボーラになった形状だ。獲物を輪っかに通すのではなく、絡める形状。その末端を太い木の幹に結び付け、林を出る。なるべくここまでおびき寄せる必要がある。
杞憂だったようだ。余程目が良いのか、諦めていなかったのか、カンイチの姿を確認すると真っすぐ飛んでくる。
「ふん! ワシを食う気満々じゃな! 目にもの見せてくれる!」
ロープを掴み、投げ縄のように振り回すカンイチ。どんどん近づいてくる化物トンボ!
すれ違いざま、茨のようなトンボの脚を躱し、お返しにロープを投擲。見事、トンボの身体に絡まる。
が、そのまま飛び続け、大きく旋回
「う~~ん、ダメか? 重しが足りんか?」
カンイチの予定では、重りの重さと絡むロープで地に落ちると思ったのだが、そんな気配を見せずに飛び続ける巨大トンボ。
「さて、どうしたものかのぉ」
そう思った時、
”ずぅどん!”
と地面が揺れる。
トンボの加速のついた質量をガッチリ、木が受け止めたらしい。
その衝撃で散る木の葉。そして空のトンボはバラバラに。ルックに持ってきてと頼まれた頭など、どこかに飛んで行ってしまったようだ。
ドサドサと落ちる肉塊。胸の部分は3個に分かれたらしい。あと、長い尻尾も折れ曲がり地に。くるくる回りながら二枚の羽根が落ちてきた。
「おっほぉ! 上手く行ったようじゃ! が、折角の羽もボロボロじゃのぉ。二枚はどうにか奇麗じゃが。頭は、ぽーーん! と飛んで行っちまったしのぉ。やり直しかのぉ。うん? ……美味いのか。クマ、ハナよ……」
トンボの胸部。みっしりと詰まった茶色の筋肉繊維に食らいつく犬たち。美味そうに貪っている。
”ぅぅおふ!” ”わふぅ!”
「なら、ええがの……。どれ、もう一匹やってみるかぁ」
再び、沼の方に歩いていくカンイチ。食事中の犬を残して。




