初依頼 2
……
急遽、解体職員、査定職員に対する毒蛇の扱い、査定の講習が行われることになった。
カンイチとドルの親方は茶をすすっているが……。
「あぐぅ!」
「うぐぅ!」
何やらうめき声。
「♪ その身に巣くう毒を……」
心地よく紡がれる魔法の詠唱……
「おい! 急いで売店行って解毒ポーション……じゃねぇ、抗体薬貰ってこい! ランク中だ!」
慌てふためく声……
……混沌。
「こう。冷やして……。蛇などは冷やせば動きが鈍くなります」
氷の板の上でぐったりしている蛇
ルックが講師を務めてるようだ。
体長を計ったり、毒牙から毒を採取したり。
「で、ドルさんあの蛇は?」
「うん?乾燥させて粉にして薬の原料にしたりするんじゃが、これだけ活きが良けりゃ毒の採取株じゃな。抗体薬や、解毒薬用にの。まだまだ抗体は足りないからなぁ。毎年、結構な数の冒険者が死んじまう。特に若いのがな」
――ドルの親方は冒険者達を思っているのだの。買取カウンターの奥から見守っておるのじゃな。そうとなれば、ワシが出来る協力をせよう
「ふ~~ん。なら、ドルさんや、もう一袋、進呈しようかの。買い取ってくれるかの?」
と、足下で蠢く袋の買取を提案する。
「勿論じゃ。助かる! なぁ、ギルド長!」
「ああ。本当は一人一本持たせたいところだからなぁ。現状、チームで一本もない。よくもまぁ、生きたまま捕まえられたもんだ」
「そうかのぉ」
普段から捕まえてるから慣れたもんだ。カンイチに言わせれば、「噛まれなければいい」のだが。どうしても身が竦む。その一瞬の隙が命取りとなる。地下足袋で踏んで、首根っこを……そうそうできる技じゃない。
講習も終わり、毒蛇たちはケージに一匹ずつ納められ搬出されていった。これから飼育され毒を絞るのだろう。
「ご苦労、ルック。しかし、随分と、おやっさんと仲がいいな。カンイチ」
「茶飲み友達じゃから。世間話をの」
「依頼受けなくともここには来てますよ。カンイチさん」
「そうなのか? 爺臭いな。カンイチ」
「ワシをジジィというのか! さっさと、上に行け! 若造が!」
カンイチよりドルの親方の癇に障ったらしい。
「はいはい。親方。じゃ」
と、居心地の悪いこの場所から逃亡を図るギルド長。その様子を見てボツリと呟く親方
「ふん。本当に『若造』じゃな。何時まで経っても。やれやれじゃ」
「うん? おやっさん?」
「ギルド長。この薬草、そして、ブッシュマスターとくれば……。ねぇ、カンイチさん」
「うむ。ジップさんに助言を頂いての。ドクサンショウウオじゃったか。大物、ヌシの顔も拝んできたわい」
サラリと告白するカンイチ。
「な……」
「だから『若造』といったんじゃ。西に行ってるんじゃ」
「速いですけどねぇ」
「まぁ、主目的はクマたちの散歩じゃからの。走っていくわい。ジップさんに毒抜きができると聞いた。美味けりゃ食ってみようかと思っての」
「う~~ん。一応は食材ですけど。好みが分かれる味? でしょうか。毒腺に買取依頼がありますが」
「なら無理して食わんでも良いか……肉質を見てからじゃな。ここに出せばよいかの?」
いつもの解剖台を指し示す。
「あ! 今日はこっちの流し台に! 一回5匹でお願いできますか」
「わかった。出すぞ。ドクサンショウウオ!」
”どさどさどさ……”
流し台には黒地の赤斑の生物があふれる。
「うんうん。死に立てのほやほやだ。ナイフで一突き? 見事なものです。じゃ、一匹、解体してみますね」
流し台で塩か何かの粉状の結晶を用い表面のぬめりを丁寧に落し、解体台に。
顎の下から、肛門まで断ち、内臓と、イカの墨袋のような物を引き出す。
「こいつが毒腺です。左右で一対。うんうん。萎んでないし。上物です」
「ふむ……ナマズみたいな肉質じゃの」
「で、これが胃袋。これも買い手がいます。燻して珍味になります。で、こいつら、なんにでも食いつくので、胃袋の中身が楽しみなんですよ ”ざく” ……ほら。極小魔石。小さい虫型の魔物かなんか食ったのでしょう」
「なるほどのぉ」
「手間賃で頂いちゃいますけどぉ」
「おい。……そんなふうになっていたとは。不正になるだろう」
渋い顔のギルド長。真面目で通っている堅物だ。
「アホ抜かせ。もちろん、装飾品やら、珍しいのは返還するが……そもそも現地での解体が主だ。そうしないと毒腺が萎んじまうからな。”収納”持ちや、マジックバッグ持ちの高給取りの時だけじゃ」
「それにしても……」
「まぁ、解体師も見習いの内だけじゃ。なにせ、受付嬢の給料よかうんと安いんじゃ! 堅い事いうな。はっはっは」
「む、むぅ……」
納得はいっていないが、受付嬢の高給も問題となっている。下手をすれば専門職より高額だ。いくら冒険者を繋ぎ止めるためとはいえ、やりすぎだ。これも昔から続く無駄な悪習だ。
冒険者も悪い。その無駄な愛想笑いの為に買取価格の数割は安くなってるのだから。
「それで、この皮をむいてと、水で晒して……と。よく焼いて食べれば大丈夫ですよ。”血”に毒が入ってるので」
器用に皮をはぎ、太い血管にナイフを入れ、水流で残った血を流し出す
――”血”に毒? うむ……だんだんウナギに見えて来たぞ。脂もよう乗っていそうじゃな。不思議なもんじゃ。あとで外で白焼きして食ってみるかの。
と、望郷のウナギのかば焼きに思いを馳せる。
「うむ。それ頂いても?」
「ええ。もちろん。サッサとやっちゃいますね。……収納には何匹入っています?」
「あと、15じゃな」
「明日も依頼受けます? 朝と、帰ってきたら置いて行ってくれると助かります」
「うん。どのみち茶呼ばれに寄るからの。その時にの」
「たまには、上にも寄れよカンイチ」
「……偶にはの」
……
2匹分のドクサンショウウオの肉を得て、宿舎へと帰還。
井戸で体を拭き食堂へ。さすがに、即、サンショウウオは出さない。何せ”毒”ってつくから。自分で河原かどこかで焼いて食うつもりだ。
「女将さん。ここらへんで、珍味、乾物屋ってありますか?」
「うん? 干し物なら……。そうさねぇ、南門の近くにあるよ」
珍味と聞いて夜の晩酌のお供にと。串焼きなどはあるが、燻製や、ジャーキーのような物も良いなと。サンショウウオの胃袋の燻製……何とも心躍る一品か。
「うむ。珍味も良いが……そろそろ風呂に入りたいのぉ。この身体なら樽でもはいる。アールに相談するかの。只行くわけにいくまい……。手土産の虫の羽でも獲りに行くかの」
一杯飲みながら今後の予定を立てるカンイチ。日本人たるものやはり早急に風呂が必要なようだ。




