初依頼 1
……
「カンイチさん、ギルド長がお待ちです」
クマたちを宿舎に繋ぎ、ギルドに帰還したカンイチ。すぐに受付嬢に捕まる。そしてギルド長室に行くように言われる。
「はぁ? リストさんがのぉ?」
ここで一番お偉い人だ。世話にもなっている。了解の意思を告げる。
……
「聞いたよ、カンイチ。盗賊に襲われたんだって?」
少々心配げにカンイチの顔を覗き込むリスト。
「ええ。まぁ」
カンイチはあっけらかんとしたものだ。
「うん? あまりダメージ受けてねぇな。初めての殺人だったろ?」
「特に……は」
特に思う事もない。逆に不思議そうにリストの顔を見る。
「……まさか、本当に中身、ベテランの爺様か? カンイチ?」
「さて?」
くくくと笑うカンイチ。
まさに戦争経験者。最前線の激戦地をあちこち転々と渡り歩いた歴戦の大ベテランの爺さんだ。
ある時は毒蛇をかじりながら密林に籠り、ある時は砲弾が雨のように降る中を突き進み、またある時は敵の特殊部隊といわれる連中と戦い屠って来た。
「……なら良いがな。これで”護衛任務”も任せられるな。相手は大抵盗賊、”人”だからな。人をやれない奴には護衛は務まらん」
「護衛かのぉ。ウチには犬もいるし、何日も拘束される依頼は受ける気は無いがのぉ……受けるつもりはないです」
「うん? 護衛の実績が無いと”金”になれんぞ?」
「……”金”? 成る気も無いです。3年たったら引退じゃ……です。私は山奥で農園を開くつもりです」
「……本気だったか」
何をいまさら。そんな表情のカンイチ。
”金”だぞ! とそれを蹴るとはとリスト。
睨み合う二人……
「そうそう、その3年についても……」
「うん?」
「よく考えたんじゃが、貴族の連中と問題起こした場合、逃げるのは仕方ない。ということでいいかのぉ? どうも、クマたちも目立つようじゃしの。仮令、領主がクマたちをよこせと言っても譲る気はないしの。武を持ってくれば……最後まで抵抗する所存じゃ」
カンイチの話を聞き、腕を組み真剣に考えるリスト。
確かにあり得る話だ。貴族の横暴。少なからず体験している。
それに、このギルドにしたって……。
否が応にも眉間に皺が寄る。
「頭の痛い問題だな。解ったカンイチ。その時は仕方ないだろう。約束は反故でいい。だが、忘れないでほしい。相談してくれ。冒険者とその従魔については、国際的にも権利は認められているからな。護る術もある」
「わかった。が、悪いが一筆くれぬかの。ワシには、何の伝手も無けりゃ、力もない。リストさんは信じとるが、ギルドから変に目の敵にされてもつまらん」
「了解した。………。これでいいか?」
「うむ。手間をかける」
「本気……なんだね。爺さん言葉が全開だ」
「はっ――!」
どうしても熱がこもると地が出る。仕方なかろう! 爺さんだもの!
……が、この約束が現実の話となるのだが……それは、のちの話。
……
リストに暇を告げ、ドルさん所で茶でも馳走になろうかと階段を下りる。
「どうしたんです? ギルド長?」
「いや、買取カウンターに行くんだろう? 薬草採取、受けたって聞いたし。俺が査定してやるよ。それに、その麻袋も気になるしなぁ」
「……」
そう。リストも一緒について来た。憚ることなく”面倒な”と顔にかいてあるカンイチ。
「そんな顔すんなよ。カンイチ……」
……
「ドルさん、いるかのぉ」
「あ、カンイチさん! お帰りなさい。居ますよ~~」
「おう! カンイチさん、奥に行こうかのぉ。……うん? ギルド長様が態々何しにここへ?」
怪訝な顔でリストを睨みつける親方。
「うむ。ワシが”採取”したものを御自ら査定してくれるそうじゃ、ドルさん」
さらりとバラすカンイチ。
あ! おい! という表情のリスト。なにせ、このギルドの指標、基準のドルの親方を前にしてだ。
「ほう。ワシ等の眼に狂いがあるというのか……未だ年には負けんと思っとるがのぉ。ルック」
「参りましたね。親方。ここまで信用なかったなんて……」
このギルドの凄腕解体人師弟に睨まれるギルド長様。
くっくっくと、カンイチは笑っている。
「悪かったって。俺も混ぜてくれ!」
さしものギルド長もタジタジだ。
「混ぜるも何も、ただ茶を馳走になるだけじゃ。のぉ、ドルさん」
「うむ。暇で良いのぉ。ギルド長様は。給料分は働いてもらいたいのぉ」
「そうですねぇ」
「……」
「ま、虐めるのもここまででよかろう。ささ、行きましょうか、カンイチさん」
「そうしましょうか。ドルさんや」
「あ、折角ギルド長がいらっしゃることだし。来客用の茶葉つかいましょう!」
「いいな!」
「おい!」
……
「ふぅ。……なかなかに美味いの」
「”ズゥ” 美味ぁ! 流石、来客用! で、カンイチさん、今日の依頼は?」
何が出て来るか期待に目を輝かせるルック。
「うん? ああ、『薬草採取』じゃ。先輩からのアドバイスでのぉ」
「へぇ。”収納”持ちのカンイチさんなら、ただ、むしってきても、十分な品質でしょうに。何せ、むしりたてのほやほやなんですから」
「あ……。そういえばそうだな」
とリスト
「ふん。その先輩とやらは貴殿かの。もったいないのぉ」
とドル親方。
「まぁ、おかげで、ギルドの規約やら、何やら知ることができたんじゃがの。昨日まで何の説明も無かったことじゃし」
「「職務怠慢じゃの」 ですね」
「うぐぅ」
気軽にカンイチに付いてきたリスト。散々な目に。良いところが全くなしだ。
「ではせっかくじゃし。『薬草』の査定、願おうかのぉ」
”収納”から、依頼にあった薬草を出していくカンイチ。ああはいったが処理は完璧だ。
「はぁ? この薬草……。ギルド証を……。確かに基本と言ったら基本の薬草ですねぇ……」
「おうん? ルックさんや、なにか問題でも?」
「いえ、処理も完璧! 鮮度も特級! 問題は”使う方”でしょうか?」
「うん?」
「うむ。折角の逸材をこんな依頼に使うとは……。本当にもったいないのぉ」
と、ドルが言葉を続ける。
「……」
リストギルド長沈黙……
特に斡旋したわけではないのだが……。とんだとばっちりである。
「いやぁ~~完璧ですねぇ。うん? こっちの土のついたのは?」
「ああ、そいつは、庭にでも植えようと思っての。持って帰る」
「了解です。査定は満点。納品……と。依頼達成です。お疲れさまでした。で、そっちの蠢いてる袋には何が?」
先ほどからウネウネと動く麻袋。リストもだがルックも興味津々だ。
「こいつか? 多分、毒蛇の類じゃな。酒に漬けようと思っての。捕まえて来た」
「へぇ? 酒に漬けるんですか! 面白いですねぇ」
「うむ。精力剤になるんじゃぞ。残りは焼いて食おうかと思っての」
「見ていいですか? カンイチさん」
「”ずうぅ” うん? 噛まれても知らんぞ?」
お茶を飲みながら答えるカンイチ。
「うむ。ルックよ。おそらくは”ブッシュマスター”じゃ。一発であの世行じゃな。依頼であるじゃろ? 麻袋のシミにも触るでないぞ。恐らく毒液じゃ」
と、ドルが忠告する。
「げ? マジですか……。こ、こんなにたくさん?」
「おいおい。ブッシュマスター? 凄い数だな……」
「カンイチさん、一袋、買い取らせてもらっていいかのぉ。若いのにも良い勉強になる」
「うむ。ドルさんに頼まれれば仕方なし。好きにするとええ」
「ありがとう。ほれ、若い査定員呼んでこんかい! ギルド長! こんな機会そうないぞ!」
「お、おう?」
来客用の茶を堪能中のカンイチ。何やらバタバタとし出したが、ま、ギルド内の事。成り行きを見守るカンイチであった。




