短編 リンドウ編 リンネ
入学当時は珍しい、珍妙な”獣人”。
貴族も通う、大きな学校に獣人族が通うのは稀だ。街中にある、文字とちょっとした算術を教える小さな学び処ならわかるが、高等教育まで行う学校には珍し。現に、全校生徒中、獣人族は彼一人だ。
ほとんどの生徒たちはリンドウの存在自体を無視。困ったことに、一部の先生も。
が、リンドウも幼い鼻垂れ小僧に関心はなし。先生からも妨害や嫌がらせがあれば別だが、”無視”であれば構わないと。
が、中にはちょっかいを出す生徒も。貴族子息の集団だ。
貴族社会の弊害か、子供たちにもしっかりと階級があり伯爵の子供がボスで貴族家の子息や貴族家に出入りの商人の子息を引き連れて好き勝手やっていた。
「お~~い! 獣人! こっち、向けぇ! 命令だ!」
子どもとも思えない、肥満体を揺らし、リンドウに命令するのはボスの、伯爵家の子
「無視すんなよ! 獣人が!」
「臭いのよ! 獣!」
”ぎゃははははは!”
と、机に座り突っ伏すリンドウを囲み罵り、笑い飛ばす取り巻きの子息たち。
「……ふぅ」
チラリ。子息らの顔を順に見渡し、ため息一つ。そのまま机に突っ伏すリンドウ
「獣人!」 「獣人!」 「獣人!」 「獣人!」 「獣人!」 ……
と、囃し立てる子息たち。周りの生徒達も巻き込まれてはつまらない、教室の隅や教室から出ていくものも。当のリンドウは微動だにせず、完全に無視を決め込む。
その態度がよほど気に食わないのか握りこぶしを作ったぽっちゃり。武力に訴えようというのか。ピクリ、リンドウの耳が動く
そこに
「やめなよ君たち。この町に来て日が浅いのかい? 獣人族だってたくさんいるだろう? ここは冒険者たちの街、ダンジョンの街だよ」
と、リンドウと伯爵家のぽっちゃりの間に割って入る華奢な男の子。線が細く一見、女の子のようにも見える
「うるせぇ! ひょろリンネ!」
「そうよ! 邪魔よ! アンタ!」
取り巻きが声を上げる。リンネと呼ばれた華奢な男の子には恐れる風も一切ない。
「リンネぇ! 俺は伯爵だぞぉ! 偉いんだぞぉ!」
と、いらだち叫ぶぽっちゃり。
が、怯む様子もなく語り始めるリンネ
「はぁ? 何を言ってるのだい? 伯爵ぅ? 伯爵は君の父上だろうに? それに君は三男だ。上に二人も男子がいたら君に当主の座はほぼ回ってこないだろう?」
図星を突かれて”ボス”のぽっちゃり子息の顔色が変わる。
幼くとも貴族子息たちだ。そこら辺の事情も熟知している。
ぽっちゃりの取り巻きの男爵の娘が吠える
「な! な、なまいきな! ひょろリンネ!」
「君の家は”男爵”位だろう? ”家”のことはどうでもいいけど、僕の家は”子爵”だよ? 僕は長子だし。ああ、君の場合、高位貴族に嫁ぐ可能性があるね。でも今のように、品のないままじゃ無理だと思うけど?」
「う、う……」
と、うつむく少女
「ほら、諸君! そろそろ授業が始まるよ。わざわざ隣のクラスから遠征なんてごくろうだね。その情熱、勉学に向けたらどうだい?」
「チッ――!」
「おぼえてろ!」
どすどすと床を踏み鳴らし去っていくぽっちゃり。隣の組の取り巻きも続く。
男爵の娘はこのクラスなのだろう。バツが悪そうに自分の席に戻る。
そんな彼らに、
「ああ。任せてくれたまえ。僕は記憶力はいいほうだよ!」
……
授業の合間の休憩時間。
前の休み時間で懲りたのか、ぽっちゃりの襲来はない。
が、突っ伏すことには変わりのないリンドウ。
「ねぇ。リンドウ君?」
机に突っ伏しているリンドウの背中に語りかけるリンネ
「……」
「僕はリンネ。ラプター家のものさ」
「……ふん」
「あら、ご機嫌斜めのようだね」
首だけ動かし、リンネに顔を向けるリンドウ
「……ふん。俺はガキには用事はない。俺はここには勉強しにきたんだ。話しかけるな。あっちにいってくれ」
「自分でいうのもなんだけど、僕ってそこそこ大人だと思うよ?」
「それでもガキだろう」
面倒くさそうに応えるリンドウ
「それをいうのならリンドウ君だって立派なガキだろう?」
「ふん。お貴族様だったら、お貴族様のお仲間と群れていればいいだろう。さっきの連中とな」
「あんな下品な子供、いや、リンドウ君のいうところの品のないガキどもと付き合えないさ」
「いいのかよ。貴族? は学校で子分をつくるって聞いたぞ」
「子分? ああ、人脈ね。そうね。あんなガキよりもアールカエフ様と繋がりのあるリンドウ君と付き合ったほうがいいだろう?」
「アール母ちゃんか? アール母ちゃんはそういうの全然気にしないぞ。だから俺と群れてもなんの得にもなんないぞ、お前」
「そうだよね。あのアールカエフ様だもんね。貴族の位なんか鼻にもかけないもの」
「そうか? まぁ……ちょっと変わってるけど普通だぞ?」
「うん? 変わってるのと普通とどっちかね?」
と、考え込むリンネ
「で、リンドウ君は将来、何になるのかい?」
「……さぁな。ま、獣人だし。『冒険者』だろうな。文句あるか」
「いや、無いよ。冒険者だって悪い職業じゃない。この町、この国だって冒険者のおかげで回ってるのだし? ダンジョンの恵みありきだもの」
「……難しいことしってるな。お前」
「リンネだよ。そりゃ、お貴族様の嗜みってね」
「変なやつだな。お前」
「お前じゃないし。変でもなし。僕はリンネだよ」
……




