スラム
……
「……という訳で、スラムの住人? 門の外で7人ほど殺してしまったのだが……」
報告のために南門に戻って来たカンイチ。詳細をヨルグに報告。今後の事を相談する。
「おう。そうか。そいつは大変だったなぁ、カンイチ。茶でものんでけよ」
と、空の木のマグカップを差し出す。いつもの風景だ。
「おう! そうか……って。ヨルグさん? それでお終いかのぉ?」
おもわず、ずっこけるほどの反応。爺言葉も零れる。
「うん? 話を聞く限り”盗賊”に命狙われたんだろう? なら、皆殺しが正解だな。何処の国の法でも”盗賊”は死罪さ。殺人者もな。人の命を奪えば償う方法なんてねぇ。せめて犯人を同じ目に遭わせるくらいしかな。そんなんじゃ理不尽に奪われた命たちは浮かばれはしないがな」
「……そうじゃな。償いには遠かろうなぁ」
詰所のポットからお茶を頂き。椅子に腰かける。
「ああ、賊に情けを掛けるのも無しだ。その情けで生き延びたやつは、改心なんかしねぇ。だって、すでに普通に生きられねぇから。ほれ、これに触ればすぐにバレるだろ。町にだって入れねぇ」
台の上に鎮座する、判定の魔道具を撫でるヨルグ。町はもちろん、大きな村にも必ずと言っていいほど設置されている魔道具だ。
「そうそう、副長の言う通り。根に持って高い確率で報復に出てくる。ヤツらのちんけなプライドとやらでなぁ。賊はなまじ小金あるから、暗殺者雇ったりな。ぶっ殺しちまうのが正解だ」
「大きな声じゃ言えねぇが、カンイチ、貴族なんかも態々外で襲ってきたらヤっちまうに限らぁ。もっと始末が悪いからなぁ」
――確かに大きな声じゃぁ言えない話じゃのぉ。
少々呆れるカンイチ。が、真理とも。
「おいおい、ヨルグ副長……。貴族云々の話は別にして、護衛だっているからな。無理すんなよ。まぁそんな事だ。気にすることはない。だが、賊と言えど人だ。手にかけることに快楽とか感じるようになるなよぉ。真っ当に生きられない変な”称号”が生えるぞぉ」
「まぁなぁ。”善良なる殺戮者”なんていう変態もいたなぁ」
「ああ……」
「なるほどのぉ……。魔道具と”称号”……か。ふぅむ」
考え込むカンイチ。
――なるほど、判定やら称号で町や村には入れなくなるし手配もされよう。裏で生きていくしかなくなる。それにしても、ヨルグさんの 『貴族、殺っちまえ』 発言に少々驚いたわい。確かに、金もあり、権力やらも。プライドもさぞや高かろうのぉ。
そんなカンイチの様子を見ていたヨルグが確認するようにゆっくりと声を掛ける。
「うん? その顔を見るに”殺人”は初めてじゃなさそうだが……。気持ちに余裕が無くなったら来いよ。俺も隊長も話くらい聞いてやるさ。”初めて”だったら結構、精神に来るからなぁ」
「ありがとうございます」
――優しいのぉ。PTSDを心配してくれているのであろうが、そんなことに気を遣う時代をワシは生きていない。皆、お国の為と鉄砲担いで戦地に行ったものだ。嫌だ”、”怖い”なんて言った日にゃ、鉄拳制裁、下手すりゃ嬲り殺し。
”お上は間違っている!” ”戦争反対!” なんて言った日にゃ、粛清されて、一族郎党は、非国民だ。
それに並の精神じゃぁ異国の、しかも毒虫、毒蛇、猛獣犇めくジャングルの中では暮らせられんわい。
雨のように降る敵軍の艦砲射撃、敵爆撃機からの爆撃、焼夷弾。上陸部隊の機銃斉射……迫撃砲。ジャングルの中でも昼夜問わず敵の特殊部隊が狙ってくる。四六時中、死への恐怖が支配する
その悉くを乗り越え、屠って来たカンイチだ。敵の息の根を止めることに躊躇も無ければ何の感情も無い。そのように厳しく訓練されたし、お国のために当然と教え込まれている。
「そういえば、死体も放置してきましたが」
「そんなもの、スラムの連中が片付けるだろうさ。放っておけ」
「はぁ」
お茶もいただいたし、依頼遂行を目指し再び外にでる。
「……カンイチよ。お前、慎重そうで意外に大胆だな」
「ああ、図太いというか……」
呆れ顔のヨルグ。他の隊員もそうだ。さもありなん。近道だからと、再び、スラムのわきを抜けていくというのだ。あれだけの騒ぎを起こしてそう時間も経っていないのに。
「襲われたら返り討ちにしますよ。まだ死にたくないですし」
「そうか。なんか違う気もするが。……ま、気を付けてなぁ」
「あんまり無理すんなよ……」
心配顔、半ばあきれ顔の隊員に見送られ、駆け出す。
……
クマたちを連れ、先ほどの惨状の現場付近に。すでに死体はきれいさっぱり。血の後にも砂がかけられており、何事も無かったように。
「なるほどおぉ。ヨルグさんの言う通りじゃな」
「なんだ。また人殺しに来たのかい? 兄ちゃん」
存在は知っていた。物陰に隠れていた青年。その青年がわざわざ出て来た。スラムの住人にしては身なりはこざっぱりして妙に小奇麗だ。装飾品も付けている。このスラムの顔役だろうか。
「これは異なことを。命財産をよこせと言われて、はいどうぞと。渡す者はおらんじゃろ? お前さんも襲撃者かの? ワシの命をくれと言うんじゃ。己の命を賭けろよ」
お互の一挙手一投足に意識を向ける。気を抜けば死。
「くくく。面白れぇ兄ちゃんだな、言葉使いもだが。俺にはそんな気はさらさらねぇよ。兄ちゃんの言う通り。武器ぬきゃ待ってるのは命のやり取りだ」
「なら結構じゃ。通っても良いか?」
「勿論。ここの連中は貧しいが、主に採取なんかで食ってる。アンタが殺った流れもんみたいのも時には混じるがなぁ。奴らは俺達の”粛清”対象でもあったんだ」
「そうか? 何が言いたいかはわからんが、襲われれば抵抗する。命を賭けての。それだけじゃ」
「ま、あまりスラムだと言って嫌わないでほしいって事と、ここにも一応、秩序があるって事だけ覚えてくれてればいいさ」
「わかった。その秩序とやらに期待じゃな。まぁ、お互い不干渉で行こう」
「そうだな。じゃぁなぁ」
「ああ」
特に名乗り合うこともなくわかれる。お互い別の勢力だ。こんなものだろう。
だがカンイチは気が付いていた。さらに二つの気配を。彼は単身ではなく、二人の護衛が付いていた。気配が薄い。”裏の組織”の一面もあるのだろう。
「ふむ。少々無用心じゃったな。ああいうのを”暗殺者”というのじゃろうか。いまの部屋やらの備えも見直さねばいかんな」
ここは日本じゃない。それに魔法だってある。魔道具だって。より慎重にせねばと改めて思い知らされたカンイチだった。




