少しは手加減しないか! (虎人族とは)
……
「はい。そこまで」
アールカエフの終結宣言と同時に二頭の獣の間を清々しい風が吹き抜ける。
ガハルトとサディカの勝負は終わる。ガハルトの勝利といったところだろう。
「もういいだろうに? ほら! 手、折れてるだろう? ガハルト君、手加減知らない脳筋だから!」
「ア、アール様」
「それに、脳筋拗らせて今では脳筋大王だよ? 並の鍛錬じゃぁ勝てないって。サディカ君くらいの腕なら、対峙すれば分かっただろうに? 実力の違いを?」
「くっ……」
ぐっと唇を嚙むサディカ
「それに、ガハルト君! 少しは手加減しないか! 面白いのはわかるが、可愛い”娘”だろうに?」
”ざわり”
”娘”という単語に周辺がざわめく
「はぁ??? 本当か!? アールよ?」
『であろうな。臭いも雰囲気も良く似ているぞ。お爺』
比喩ではなく、目玉が落ちそうになるカンイチ。――それ以上に驚くイザーク君。
ガハルトとサディカの顔を交互に見るカンイチ。片や、誰もが振り返る美人。片や悪鬼も裸足で逃げ出す強面。
まじまじとサディカの顔を観察するカンイチ。ガハルト成分がこれっぽっちも無いのだが? と、首をかしげる。
「たぶん? そんな感じ? だってそっくりじゃん? ん? 顔じゃないぞ。カンイチ。いや、顔だってよく見てみれば細かいパーツは似てるだろうに? 剣筋や脳筋具合も?」
「ガ、ガハルト……? 本当かの?」
「ま、まじです? ガハルトさぁん!」
「あらあら、サディカちゃん。本当?」
「……ああ。俺の娘だ」
と、ぼそり
「……結婚してたんですね……ガハルトさん。……そういうの要らん! とか、(偉そうに)言ってたくせにぃ! ……裏切り者ぉ!」
「こらこら。イザーク君。血の涙がでそうだぞ? ガハルト君だっていい小父さんだろうに。子供の一人や二人いてもおかしくないだろうよ?」
「そ、そりゃまぁ、そうですけどぉ……アール様ぁ。武に生きる”武人”だって尊敬していたのにぃ。裏切り者ぉ……」
「お、おいおい。尊敬するポイントがずれておるぞ。イザーク君……。何も泣くこと無かろうに……」
「結婚はしてない」
「はぁ?! では娘を捨てたというのか? ……ガハルトよ。見損なったぞ!」
「いや、聞け、カンイチ!」
「落ち着いてカンイチ。色々事情だってあるんだろう? 特に虎人には多いというし。そういうの。ま、居間に行こう。先に治療だな。痛いだろう? サディカ君」
「い、いえ。こんなもの……」
「任せたまえ! この【バリバリ君5号】で完全回復さ!」
”収納”から青と白に点滅する怪しい瓶を取り出すアールカエフ。見るからに危険な香りのする物だ。
顔を見合わせるカンイチとイザーク。これは阻止せねばと。
「アール様……大丈夫です? それ……【4号】も実験まだでしょう?」
「問題なし! イザーク君! 任せたまい?」
「う、うむ。場所、移そうかの……。引っ込めろ。それ」
サディカの手当ても無事に終わる。アールカエフの”魔法”で。皆の反対でバリバリ君の治験は見送られた。
で、今回の騒ぎの経緯がサディカから語られる。
この町に父親の影が。ダンジョンからメヌーケイの王子を救い出したと。手を焼くダンジョン賊、その元締めを壊滅させて。巷じゃその噂で持ち切りだ。
で、居場所を突き止め乗り込んだところ、メヌーケイに発ったと聞く。そして帰って来たことを聞きつけ本日来たと。
「はぁ、何か? あっちこっちで種播いてるというのか? ヌシ(ガハルト)は?」
「……おい。あっちこっちでは播かん……」
娘を前に少々バツが悪いガハルト。
「おいおい。カンイチ。言い方、言い方。獅子族やら狼人族は家族の絆は強いけど、虎人族はねぇ。あまり家族やらには執着しないんだよ? 虎人は男女問わずガハルト君みたいに彼方此方と移動してるしね。で、気があったら一夜をってな具合さ。女性にしても武もあるし。とても自立志向が強いからねぇ。ほら、サディカ君みたいに?」
「なるほどのぉ……」
「で、サディカ君のお怒り。この脳筋父ちゃんに捨てられたのかい?」
「……ちゃんと仕送りはしている……今もな」
「仕送り? そんなもん、オレには関係ない。そう、捨てられたんだ。ある日突然いなくなって……。それから年一回……で、それきり顔も見せなくなって……な」
とぎろりとガハルトを睨みつける
「うむ! ガハルトが悪い。この大悪人め!」
「うんうん」
と、カンイチ、イザーク
「どうせ、ガハルト君の事だ。他に面白いことを見つけたんだろう? 脳筋だし」
「うっ……」
「で、一人で活動してるようだけど、お母さんは? 死んじゃった?」
「!」
「い、いえ、アールカエフ様。たぶんピンピンしてますよ? どこかで適当に冒険者してるかと。死んだって聞かないし?」
「……あ、ああ。仕送りも続いてるしな。死んではいないだろう」
「……そう。ほら、母娘もこんな感じだし? 成人したらほっぽり放し。小さいうちは凄い過保護なんだけどねぇ。虎人族は。ま、概ねこんなもんさ?」
「「……」」
黙り込む父娘……
「でだ。今後はどうするの? サディカ君? ウチに来る? 混ぜてあげるよ? 会いたがってた大好きなお父ちゃんもいるし?」
「ア、アール様!」
「……そうですね。アールカエフ様と魔獣様とのパーティというのも面白そうですし。お世話になっても?」
「お、おい! サディカ! ……」
サディカにじろりと睨まれて口を噤むガハルト父ちゃん。
「うんうん。歓迎しよう! 良かったね! ガハルト君!」
「は、はぁ……」
「イザーク君も良かったね! とびっきりの美人さんの加入だぞぉ!」
「……でも、”金”の『爪翼姫』でしょう? サディカさんって……。ん? ……。あれ? だとすると……ガハルトさんのお相手って……あ、あの、せ、『隻眼の姫虎』!?」
「ほほう! あの? ということは……食われたか……。ガハルト君……」
ぽんぽんとガハルトの右肩を優しくたたくアールカエフ。
「……う、うぐぅ……」
「アール? イザーク君?」
「ガハルト君の名誉のためにもここは黙っておこう。イザーク君」
「は? ……はいぃ。アール様。カンイチさん、物凄く強い伝説の虎人族の冒険者ですよ。”ミスリル”の。超有名人です」
「……なるほどのぉ」
今でこそ小僧だが、アールカエフとイザークのやり取りを見て100年の人生経験で全てを察したようだ。
当時のガハルトも名が売れ出した駆け出しの小僧だったのかもしれない。そしておそらく、逆に搾り取られでもしたのだろうと……
「……悪かったの……ガハルトよ。わしは余計な事を言ったようじゃて」
「……いや」
「で、兄弟はいるのかの? サディカさんや」
「兄弟ですか? 何人かいます。同じ父はいませんよ」
「……そうかの……」
やっぱり……と、得心のいったカンイチ。気の毒そうにガハルトを見る……
この話はこれで終いと……
そして、パーティにサディカが加わった。




