時すでに遅し…… (王子と公爵)
……
「そ、それでお爺様、急ぎの用事とは?」
急の呼び出しにも拘わらず、それさえも遅れてきた第一王子フウサ。
「遅い」
溜息と共に孫を迎えるボッカシオ
何時もと違う祖父の雰囲気を感じ身構えるフウサ。
「そ、それでお爺様?」
「ふぅ。で、お前は今日何が起きたか知っておるか?」
「はい? これといって聞き及んでいませんが?」
「たわけ! この緊急時に毎日毎日女の処に通ってる気が知れんわ!」
「そ、そのような事はありません! お、お爺様……」
「儂にまで白を切るか? お前の行方など諜報が掴んでいるわ! 此度もそこで儂からの召喚の文を受けとったのだろうに!」
「うぅぐ! し、して、ど、どのようなご用でしょうか……」
「本当に何も知らぬのか……。いずれは態度も改めようと期待もしておったが……。この状況でその有様。可愛い孫だ。それで欲目も出たのだろう……」
「な、何のことでしょうか? お爺様?」
「そもそもが王の器ではなかったということだな。いいか、よく聞くのだ。本日、オーサガ王子が王都に入った。ヒラキも一緒にな。それと、アールカエフ様もな。大いに町は賑やかだっただろうに?」
「な! オーサガが! そ、それは本当にございますか!」
「ああ。お前が女遊びをしているうちにな。なんでも用心して何処の村、町にも一切寄らずに来たそうだ」
「そ、それで哨戒網に掛からなかったのか」
「しかも、北にルートをとる念の入れようだ。わざわざ遠回りをしてな。軍の助力も得ずに。中々にできる事ではない。此度の件、軍の諜報は使えなんだで万全といえぬが、それでも儂の諜報員の目をすり抜けてな。見事にやられたわい」
「くっ……今から手は……」
「打てぬな。なにせ、メイセンの処におる。もはやこれまでじゃな。きっぱりと諦めい」
「お爺様! おっしゃっていたじゃぁありませんか! 次の王は私だとぉ!
「だから散々手を打ってきただろうが! あと一歩というところまで……。ふっ、詮無き事よな。今となっては。それで、お前は何をしたのだ? 女遊びばかり……この事態になってもな。オーサガ王子がダンジョンから出たと聞いてから何をした? 国境についたと聞いた時から何をした?」
「く、くそ! お、お爺様が! お爺様が!」
爪を噛むフウサ。大きなストレスや不安を感じてか
「うむ。お前だけの責任ではない。可愛い孫だ。お前が死を選ぶのであれば儂も付き合おう。地獄までのぉ」
「は? 死? 死? 死? な、なぜ? 俺が? 私が!? お爺様!? なぜ!」
「策も全て破れたのだ。弟の下に付くのが嫌なら……。捨扶持で生きていくのが嫌なら……」
「み、身を引けば侯爵家の話は?!」
「時すでに遅し。すべて明るみに出たのだ。もちろん交渉はするが……。当面、儂の目の黒いうちは大丈夫だろうがな」
「な……なんで? なんで……?」
「……ふぅ。お前は自分を殺そうとした者を何時までも生かしておけるのか? それほどの器を持っているのか?」
「……し、死にたくない……死にたく……。そ、そうだ暗殺者を仕向けて……」
「……最後も決められぬか。王族の矜持、潔く死んでみよ。それでおヌシの意地もオーサガ王子に伝わろうよ」
「お、お爺様ぁ! や、やだ! 死にたくない! ど、どうにかしてくれ!」
「ふぅ、では完全降伏。慈悲を乞う……で、よいな。貴族ですらいられなくなるやもしれぬがな」
「……は、はい! はい!」
「……。……そうか。わかった。後で一緒に詫びに行こう。ほれ、そんなに緊張しては務まらんぞ。ワインでも飲め」
一考後、ワインの瓶を手に取るボッカシオ。孫のグラスに注いでやる。
「は、はい。”ごくごく”ぷふぅ……」
追い詰められ、余程喉が渇いていたのか、酒に逃げたかったのか勢い良くグラスを空けるフウサ。
「……先に行ってまっているとよい。フウサよ。可愛い孫よ」
憐みの眼差しを、孫に向けるボッカシオ。
「は? はぐぅぅ?! うおえぇぇ! お、お爺様! お、おじいぃ……」
「吐き出しても無駄だ。もはやこれまで。すまなかったな……。すまなかったな……フウサよ……」
「はふぅ、はぐぅ……おじ……ぃいさま……”ごぼぉ!”」
大量の血を吐きこと切れた孫の頭をゆっくり、ゆっくりと撫でる。
大貴族家当主の目にも涙が。
「儂の責任だ。儂の……すまん。すまん……儂の……」
……
孫の遺体を己の手で清め、清潔な布でくるみ、寝台に寝かせる。
大きな机に向かい、あて先の異なる3通の書状を認める。一通目は王に宛てた今回の事件に関する事の次第をまとめた報告書。公爵家の存続の嘆願を認めた書状。二通目は次期王たるオーサガに宛てた同様の書状と詫び状。三通目は娘であるフウサの母に詫び状を。決してオーサガ王子を恨むなと。それら書状を公爵家の家紋の入った布で包み、暫し、孫のもとに。
風呂場に往き、水で身を清め、新しい衣を着る。
書斎に戻った時にはすでに次期当主である長男のセバステスが控えていた。
「セバステス。これを王と、オーサガ王子に。これの母のキュヒエにもの。フウサの亡骸も家族の元に返してやっておくれ」
布に包まれた三通の書状を息子に託す。
「ち、父上」
「これから先、フウサの人生は恐らく針の山を登るようなものだろう……。であれば、この元凶のジジィくらい付き合わんとダメだろう? そなたには困難な交渉が待っている……が、家をなんとか守ってくれ」
「……はい。わかりました」
「では頼む。無様な姿はみせたくないでな。明日の朝まで決して書斎に入るな」
「……はい」
「ではな……」
”がちゃり”
書斎に入って行くボッカシオ。これが彼の最後の生きている姿だった
……
「なにも死ぬこともあるまいに!」
くしゃりと書状を握りしめ歯を食いしばるオーサガ王子
届けられた書状には兄、フウサの病死とボッカシオの自害。そして、これで手打ちにしてもらいたいと。書状には今回の細かい経緯と、公爵家の存続嘆願が滔々と書き連ねてある。
「随分と手を打つのが早かったな……ボッカシオ殿」
「ふむ。フウサ王子の今後……この後の生を憂いたのだろう。捨扶持で生きて行かねばならぬ困難。次、何かやらかしたら即死罪。あの王子には随分と生きづらくなろうさ」
「でも、お爺様!」
「これも貴族の矜持という奴だ。楽に死ねなくなったぞ。オーサガよ。善き王とならねばな」
「……くっ。……すぐに城に上がろうと思うが」
「ふむ。それが良かろうよ。バナック! 準備だ!」
「おう!」
「……先にカンイチさん達に話してきます。これもけじめなので」
「うむ。それが良かろう」
……




