麦がよう実っているわい (メヌーケイ国)
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メヌーケイ国。広大な農地を持つ農産国。また、街道の整備が行き届いた国としても有名だ。
首都を中心とし、放射状に街道が伸び、その街道を繋ぐように内環状道、外環状道という環状の街道が走る。
戦の折りは攻めやすいと思われがちだが、要所の交易都市は堅牢な城塞都市。その優れた街道で物資、兵員をすぐに送れ対処できる。それに、今では帝国の傘の下。帝国からもあっという間に兵が移動できる。
もっとも、勇猛で知られるアーカ・ウォーリア(鮮血の戦士)発祥の地でもある。易々と抜けることはできないだろう。
「ほぉう。本当に穀倉地帯だのぉ。麦がよう実っているわい」
「この辺りはもうじき収穫ですね。うん。いい出来だ」
街道の両わきに広がる広大な麦畑。わさわさと大きな穂を揺らす麦。大陸の穀物庫と言われるのもわかる。
「ほ~~ん。変わった麦じゃなぁ」
麦の穂に手を添えるカンイチ。麦は作ったことは無いがどうにも記憶にある麦とかたちが違う。穂が随分と長い。茎の先に大きな毛虫がくっついてるようだ。
「そう? だいたいこの麦の品種が多いですよ。カンイチさん?」
そうじゃった、ここは他所の世界じゃ。地球と一緒とは限らんの、と、改めて思い知らされる。
が、やはり畑は良い物だ。目を細め広がる麦畑を楽しむカンイチ。
「うん? 麦作らんのか? カンイチは?」
「そうじゃなぁ。菜っ葉専門じゃったからの。取り組みたくはあるの」
「ま、俺は菜っ葉なぞ食わないからな」
と、フジに聞こえないようにポツリと漏らすガハルト
「腹の調子はよかろうが。本当に往生際が悪いの、ガハルトよ」
「種族特性だ……」
「そればかりじゃの。ま、ええがの。うん? ありゃぁ、鴨かの?」
カンイチの視線の先には数羽の水鳥の姿が。オオタルミカモと違ってカンイチも良く知る大きさの普通の鴨だ。
誰にもはばかることなく、美味そうに麦の穂に食らいつき、食い散らかす。
「ええ。あれは飛んでくるから厄介なんですよぉ。ここらに居るのは渡りはせずに一年中います。種まきの時は種、芽が出れば新芽、硬い葉っぱもよく食べます。若い穂も大好物。ご覧のとおり収穫間近の物も……ほんと厄介な相手ですよ。駆除しようにも中々に敏感で。憎たらしいことに弓を持っていないと今の我々のように近寄れますが、弓持ちがいるとすぐに飛んで逃げます」
「そいつは随分と賢いな。鴨も侮れんな」
「動物はちゃんと美味いもん知ってるでなぁ。追っても追っても来るじゃろ。それで身につけた知恵じゃろうなぁ。しかし、よぉ食うのぉ。であれば……さぞかし美味かろうな。うむうむ。よぉ肥えとるわい」
「ん? たしかにな。そういわれりゃ実に美味そうだな……あの鴨」
「ええ、美味いですよ。こんがりと炙り焼きにして。脂がすごいです。あとは山の近くは小型のシカが多いですね。アレも何でも食うから始末が悪い。増えるのも早いし」
「ふ~む。どこも一緒じゃなぁ」
「うん? 師匠、撃つか? で、丸焼きだ!」
『うむ? カモか? どれ、我らで獲ってもいいぞ?』
美味いカモの丸焼きと聞いてフジも興味を持ったようだ。
「うむ。そうよなぁ。獲って焼いて食うか! が、道の際やら、空き地でじゃぞ? 畑を荒らさんようにの。フジは待機じゃ。お前さんが出たらせっかくの麦畑が更地になってしまうわい」
『加減ぐらいできるわ! ……が、人も多い。ここはお爺のいうことを聞くか。任せるぞ。ミスリール。今晩の一皿だ!』
「りょうか~い。フジ様! 任せて!」
「ううん? 鴨撃ち? どれ! 僕も参加しようかな!」
と、アールカエフも”収納”から弓を出す。飾り気がない素朴な小さな木の弓だ。
「うん? アールも弓、撃てるんか?」
「はぁ? 当たり前だろう? カンイチ! 僕はエルフだぞ? エルフ! 一応? 見ていたまえ! 僕の射手としての腕前を! 百発百中だぞ!」
そうなのか? と腕を組むカンイチ。フジもフェンリルという言葉ですべて片付けるが、アールカエフもまた同じようにエルフという言葉で。
思案するカンイチなどはお構いなしに弦を引き、弓の調子を見るアールカエフ。
「ん? ああ、カンイチは知らんだろうが、エルフ族は森の民。主に弓を使うな。魔法で後押しするから強弓だぞ。しかも矢の軌道もある程度曲げられる。敵にすると厄介だ」
「ほ~~ん。うん? 肉食わんじゃろ? 何でまた? ……なんでもない」
目の前でにっこり笑うエルフは肉食エルフだ。
「カンイチ様。まぁ一部、肉を好んで食する変なエルフはいますが、身を守るため、熊とか退治したり。集落を襲う人族やゴブリンなどの敵勢種族を撃退したり。私達も川魚は少量ですが摂りますよ。その際も弓で仕留めます」
と、ダリオンがさらりと皮肉を込めて補足。オマケに人族とゴブリンも同列にして。
「ふふん。若いのに可哀そうに。古ぼけた習慣に支配されて。殻を破れない。従順な者……ま、でもなければその人族の手下なんかにはならないかぁ。ま、君らはそれで満足してるんだ。良いだろうさ。僕には全くと言っていい程、理解ができないがねぇ」
と、アールカエフも反撃。皮肉をたっぷり乗せて。伊達に1700年生きてはいない。
「そ、そう言うスィーレン様だって人族と夫婦に! き、禁忌でしょう!」
エルフ社会ではその下等な人族と結ばれることも、もはや罪とされ蔑まれる理由になる。
「はぁ? 何を言ってるのだいダリオン君? 僕は自由だし? 禁忌なんて関係ないしぃ? それにカンイチはいいの! どっから見ても普通の人族じゃないだろうに? わからないかね? ふふん! それに、大神様公認だぞ! わざわざ僕を復活させてまでくっつけてくれたんだぞ! 誰も文句は言えまいよ?」
「う、うう……」
一枚も二枚もアールカエフの方が上のようだ。押し黙るダリオン。
「そこまでじゃ。すぐにいがみ合うのぉ。それにわしは普通の人間じゃが?」
「そう? じゃぁ、そういう事にしておこう! よぉし! ミスリール君! どっちが沢山カモ獲れるか競争だ!」
「おう! 負けないよ! アール殿!」
馬車から各々、得物を担ぎ降りていく二人の背を見送る。
「ま……なんだ。なんか悪いの?」
「い、いえ、カンイチ様。私の方こそ失礼を……」
なんとも居心地の悪いカンイチだった。




