ど、どうしましょう! お、お爺様(トゴット公爵家)
「ど、どうしましょう!? お、お爺様……」
ここはメヌーケイ国、王都【ホーズキ】内にある貴族街。その中でもひときわ大きい邸宅。王国の名門、公爵家のトゴット家本邸。有事の際にはシェルターにもなるその堅牢な造りの建物、更に奥にある当主の書斎。
大きな机に腰掛ける、当主、ボカッシオ。50代後半、高位貴族とはいえ、無駄なぜい肉はなく、その座する姿も威厳がある。
その前に立つのは青い顔をしたメヌーケイ国、第一王子フウサ=メーヌケイ。ボカッシオの孫にあたる。
「うむぅ……。帝国からの情報であろう? であれば確度も高い……」
先ほど、帝国から『賊が壊滅し、オーサガ王子がダンジョンより無事に帰還。策は明るみになり、”証人”のヒラキ護衛騎士長を伴いメヌーケイに向け出立した』との報告が入る。
「じゃぁ、このまま指咥えて見てるのかよぉ!」
「落ち着け。フウサ。まだ帝国に見捨てられたわけじゃぁないという事であろうに。誰かある! すぐに国境と国境の町【モトアメヌーケ】に人を送れ!」
とは言ったもののボッカシオの顔は優れない。あの宰相ならもう一つ二つ手を打つだろうと。それにここ最近、情報収集に放ってる間者からの報告もない。
あの宰相の事だ実際のところはすでに手を引いている。そんな考えも頭をよぎる
「ここまできては詮無き事……よな」
と、ぼそり。その呟きは王子には届かず
「ふ……くくく。オ、オーサガの暗殺ですか? お爺様?」
といやらしく顔を歪めるフウサ王子
孫の言葉に呆れながら頭を振るボッカシオ
「……馬鹿を申すな。いま動けばおヌシ、儂が動いたと疑われようが! 王の心象が悪くなろう。それに先方も備えているだろう。事、ここに至っては生き残りの……ヒラキに死んでもらう。そうすれば少なくともお前との関係は切れるだろうよ。さすればオーサガも口を噤もう。それでも騒げば、オーサガの小物具合を知らしめることができよう? 妄想やら、自作自演とな」
「な、なるほど……」
「【モトアメヌーケ】を出るまでが勝負だ……。出たら護衛の軍も付くだろう。軍部はバナック(オーサガの伯父。ムラソイ公爵家当主。大将軍)の影響下だ。暗殺は不可能になる」
「うぐ……そ、そうなれば……俺は……」
と、ブツブツと爪を噛むフウサ王子。
その姿を見て一つ溜息をつくボッカシオ
「しかし……お前は本当に王になりたいのか? フウサよ。なる気があるのか? 最近よい噂をまったく聞かぬぞ。この大事な時期に。儂も散々申したであろうが! 態度を改めよと!」
ぎろりと孫を睨みつけるボカッシオ。
フウサに付けた諜報部が届ける話は碌なものはない。大部分が女問題だ。
そもそもがこの孫に問題がある。ボッカシオ自身は厳しくしたつもりだが、それ以上にフウサの祖母と母が裏で甘やかしていた。気が付いた時にはかなり歪んでいた。慌てて身辺調査をした時の報告といったら。おおいにボッカシオを悩ませたものだ。
王子はあと二人おり、いずれも同じ公爵家のムラソイ家の姫が産んだ子だ。
第二王子のサコウは性格は温厚。王位には興味が無いように見える。が、性格は父王にそっくり。王も気に入っており、王太子最有力候補といわれる。
第三王子のオーサガは継承権に一番遠いが、野心家。己の力で王位に上ろうと画策している。覇気があるので国民や若い兵にも人気がある。頭もよく、カリスマもある。
今回のダンジョン攻略はそのオーサガが王太子レースでの点数稼ぎ、力を示すためにと自ら進んで行ったもの。本来であればそのオーサガ王子を除くのに絶好の好機だったのだが、その手段もとれず。何故なら、サコウの王太子が決定してしまうからだ。第三王子を応援しているものが第二王子に流れることは明白。ムラソイ家の方でも一本化ができよう。
サコウも除くというのは下策。相手は軍部を束ねる同じ公爵家。国が割れる。
再び孫のフウサの顔を見て溜息を吐くボッカシオ。
その目は『お前がしっかりしていればこんなことで頭を悩ますこともなかったものを……』と物語ってる。それは己にも返ってくる言葉でもあるのだが
大貴族のボッカシオだ。今のフウサが王にふさわしくないことぐらいはわかっている。が祖父の欲目か、家の格式か。教育すればどうにかなると思っていたが……。
結局は、オーサガ王子を盗賊に捕らえさせ、それを解放した”知恵者”という“茶番”を打つ羽目になった。猿芝居だが結果が全て。これでオーサガを蹴落とし、やっとサコウに優位に立てると思ったが
そのオーサガがまさか、己の手で出てきてしまった。あり得ないことだ。計画はあと少しのところで破綻。
しかも、ダンジョン賊壊滅の功績がオーサガに。この功績をもって様子を見ていた貴族や、軍部の連中もオーサガ支持を固めるだろう。王太子レースの先頭に躍り出たのには違いない。
しかもヒラキが王都に着けば、それはフウサ失脚の決定打となる。ボッカシオからすればそれだけは避けたいところだ
「も、もちろんだ! お、お爺様! お、俺は長子! 長子だぞ……」
ボカッシオに睨まれて語気も段々弱くなる王子
「ふぅむ。……フウサよ。残念だがここらが退き時だぞ。ダンジョンから自力で出て来たのだ。オーサガが王太子候補に躍り出ただろう……。今であれば新しい侯爵家くらいは用意できるぞ」
王位継承を諦め、新たな侯爵家を起こせという事だ。
「お、俺は王になる……王は俺が……長子の……。誰がオーサガの下になぞ……」
「あまり執着しておると命を落とすぞ? フウサよ……儂は可愛い孫を死なせたくはない」
「……お、お爺様! で、ですが! で、ですが!」
「ふぅむ……」
狼狽える孫を真直ぐと見つめるボッカシオ。その瞳は何を見据えているのか。




