役立たずが……。 (帝国は)
……
帝都、某所
「うん、私だ。今日の報告はずいぶん遅かったね? ダリオン? ご苦労だね。何か変わったことでもあったのかい?」
ここは帝都にあるエルフ族を中心に組織された諜報部の基地。皇帝陛下以外は所在を知らない。
その奥にある執務室。その部屋の主は薄緑色の髪を持つ。そう、ハイエルフのファロフィアナだ。部下の報告を楽しそうに受ける。本心かどうかはわからないが。
……
が、その表情も引き攣る。
「は? 何だって?! スィーレン様がもうダンジョンから出て来たって? 【黄金の洞窟】だろ? そいつは……。うんうん……。随分と予定より早いな。うん? 誰か怪我したか? ひょっとして死んだか?」
ぱっ! と、明るい表情になるファロフィアナ。あのパーティーの誰かの緊急事態。アールカエフとはいわんが、あわよくばフェンリルの主、カンイチがコロッと死ねば
そう期待を込めて聞くが
「……。チッ! 皆、無事かよ……それで? ……。へ? 巣くってた二つのダンジョン盗賊団の討伐? メヌーケイの三男坊の救出? は? おまけに三男坊サイドにつくって? それってどういうこと? ……ふむ。なるほど。継承権争い……ね。……で、この後メヌーケイまで送り届ける? は? わざわざ? ……顛末を? うんうん。……何やってんだ? あの婆さんは……」
どす黒く変わるファロフィアナの表情
「……うん? なに? ……今回の件、ウチの差し金かって? さてね。私はまったく知らないよ? 本当だってダリオン。初耳だよ。君に嘘ついても仕方なかろう? 特に私からの情報はないな。やってるとしたら……そうだなぁ、宰相あたりだろうよ?」
……
「……解った。……そう。うん、提督にはこっちから一報を入れるよ。そう。……それだけ証拠が出てるなら身を引かせるしかないなぁ。……。では引き続き……うん。ああ、面倒だがメヌーケイまで頼むよ。……御苦労様、ボーナスうんと弾むからね」
”ぷつり”
「ふぅ……」
受話器をそのままに溜息一つ。
「ったく、余計なことを……いい年こいた婆さんが……。大人しく出来ないのかねぇ。まったく。が、今回はダンジョン内だ、ダリオンたちを責めることはできないね……。そもそも、エルフがダンジョンに入るか? 普通?」
新たな連絡先に繋ぐ。通信機にあるいくつかのボタン。その内の一つを押す。ショートカットのボタン。帝国に異変を知らせる緊急用の回線だ。
”ぴ!”
「宰相閣下はいるかい? ……。……は? 君? これは緊急回線だろうが! 意味わかっているのか! で? ……。はぁ? お休みになっているだぁ? お前、私が誰だかわかって言ってるのか? いいからサッサと叩き起こして来い! ……この役立たずが!」
……
「ったく、こんな簡単な仕事も出来ぬとは……日和ってるね。ったく……」
……
「うん? ああ。やっと出たか。……こんばんは。チッ、いいご身分だな。おい。……。まぁいい、お前さんとメイチがたてたメヌーケイの第一王子を王に据える策、どうやら破れそうだぞ」
先ほどダリオンには『まったく知らない』と告げたはずだが。
「…………うるさい! 耳元でがなるな! スィーレン様の一行が救出したんだと。で、ご丁寧に国元まで送るとさ。……。なんでそうなるのかって? そんなの私が知りたいよ、まったく。で、どうすんだ? ……ふん。腰抜けだな。…………。ああん? 随分と態度がデカいな。今から貴様の顔見に行こうか? 人族風情が。……。……フン! 詫びるくらいなら最初から言うな。時間の無駄だ。能無しが……。で、そもそも、なんで生かしておいた? どうして殺さなかったんだ? ……護衛諸共全員死んでもらう……そういう話だったろう? はぁ? ……人気取り? おいおい……小細工を弄して……そもそもそんな無能、担ぎ上げる方がおかしいだろうが! まぁ、いい。で? どうするのだ?」
……
「……だな。第一王子は切り捨てだな。かなりの失態だ。という事は第三王子が王太子になるな。ま、私的にはそっちの方が良いとおもうがな。国としても、ウチにとっても…………ああ。それしかあるまいよ。責任は……? ああ、メイチの奴に全て被せて引退させりゃいいだろ。お前の分も背負うんだ。金子はたんまり……ああ、文句言ったりごねたら殺せ。……あ、引退で思い出したわ。今のアマナシャーゴの都督はお前のところの親族だろう? ……で、今回、ダンジョンの賊から賄賂たんまりもらっていることが発覚したそうだぞ? かなりの証拠も…………だからぁ、耳元で騒ぐなといってるだろうが! ブチ殺すぞ! チッ、本当に進歩しないなお前は。……。ああ、そんな訳だから今のうちに処理するんだな。……。ああ、病かなんかで辞任で良いだろうよ。……だな。何も殺すことも無いさ。ま、次の提督は他所の家から出ることになるが。……。……はぁ? 身から出た錆だろうに。おい、当分大人しくしていないとすべて陛下に報告するぞ。……。……最初からそうしろ! 本当に役立たずだな。お前も引退して息子と交代するか? ……。わかった、わかった。もう一回言うぞ、当分大人しくしろよ……ああ、それじゃ」
”ぷつり”
……
机の上の水差しからクリスタル製のグラスに水を移し、一息に煽る。
「役立たずが……。それにしても本当に人族というのは滑稽だねぇ。しかし……本当に何をやってるんだ? あの化物婆さんは……。が、これ以上手を出すのも下策だな……。私は敵認定喰らってるからねぇ。他の連中はビビッて、出てこない……よなぁ。しかも、フジ様も相手にしなければならないとは……。だから、進言したんだよ。ちっ、タイミング的にもばっちりだっただろうに……」
彼女は何度もアールカエフ抹殺を進言していた。アールカエフの年齢が1500を超えたあたりから。おおよそ、ハイエルフにしてもそこら辺が寿命だからだ。功名心が無いといえば嘘になる。アールカエフを討った者と。それにサヴァにいて動かないアールカエフは帝国から見ても邪魔な存在だったのは確かだ。が、『寿命が近いのなら放っておけ』、『何も危ない橋を渡る必要はなし』というのが、上役のハイエルフ達や、皇帝の意見だった。その都度、唇を噛んでいたファロフィアナ。
が、その執念。はたして功名心だけだろうか。
……
「うん? メヌーケイの第一王子派に策が破れたこと……教えてやるか。どう動くかも面白そうだしな……どれ」
愚かな人族がどうあがくか。そんな事を考えながら三度通信機に手を伸ばすファロフィアナ。
”ぷっ!”
「ああ、私だ。宰相がメヌーケイの……ああ、第一王子の……そのルートを使って相手に連絡を入れたいのだが。ああ、そうだ……」
……




