……いいから呼んで来い (ブダァイ商会)
……
もうすっかり暗くなった街。この辺りは中心部、多くの冒険者がいる区画から少し離れているので、比較的治安がいい。
どうしても、腕っぷしで生きる冒険者は騒ぎを起こしがちだ。そういった者も、ダンジョンの町の風物詩、賑やかな証なのだが。
飲食店の店頭は人であふれ、ジョッキを打ち鳴らす音がそこかしこから聞こえる
獲物を担いだ冒険者、急ぎ足で自宅に帰る町民。普段の町の風景
その賑やかさを邪魔せぬよう、急ぎ足で駆けるアカジンの率いる軍。
その大通りに面した一等地。そこに目的地である『ブダァイ商会』がある。
「……良し。アカマチ隊は隊を二つに分け、裏口と、あすこの低くなっている壁をおさえよ」
「了解ぃ~~。行くわよ!」
「はっ――!」
音を立てずに配置につくアカマチ隊。高い練度が窺われる。
……
配置が着くや、アカジンが左右に副官を従え、店先に。その後ろには一隊の兵
「こ、これは、アカジン様。見回りご苦労様にございます」
店頭にぬぅと立つアカジンに店終いの片づけをしていた店員が声をかける。
「……いや、今日は店主のブダインに話があってな。ここに呼んではくれぬか?」
「は、はい? 主人でございますか? どのような御用件でしょうか?」
その陣容を見て、ギョッと驚く店員
「……いいから呼んで来い」
低い声で短く命じるアカジン。
「しょ、少々お待ちを……」
アカジンの表情、背後に立つ兵の顔を見て、ただ事ではないと急いで店の奥に消える店員。
……
「これはアカジン様。このような時間に?」
数分後、店員と共にやってきたのは、年の頃50に届くかという、痩せた男。
極く普通の商人の服装。派手な様子はない。が、目はやたらとギラリつき、鋭く怪しく光る。一人一人を値踏みするように見まわす。
「うん? こりゃぁ、真っ黒だな!」
ブダインの顔を見てアールカエフがぼそり。とても真っ当な商人には見えないと
そして、間違いなく”敵”と。
「……うむ。ブダイン。お前とダンジョン賊の【闇の指標団】との関係が明るみに出た。調べる故、身柄を拘束させてもらうぞ」
「は、はいぃ? ……御冗談を。私は真っ当な商人ですよ」
寝耳に水。
急に、盗賊との関連を聞かされて狼狽えるブダイン。が、一応は商人というべきか。すぐさま平常の顔に戻る
「は? どこが? 嘘つけ!」
と、間髪入れずに。アールカエフが突っ込む。今度は皆にも聞こえただろう。
「……アール」
忌々しくフードを被ったアールカエフを睨みつけるブダイン。彼にはアールカエフだとはわからない。
「全く心当たりはありませんし。もう遅い時間でございますれば。続きは明日にでも……」
すぅと、小さな革袋を出すブダイン。所謂、袖の下だ。
その小袋に一瞥もくれずに
「……申し開きは屯所で聞く。抵抗すれば強制的に連れて行くが?」
と、アカジン。
「しょ、証拠は? 私が賊と関係? 馬鹿馬鹿しい! 誰から聞いたのです? そのような戯言を! 教えてくだされ! 私の方で訴えます!」
と、まくし立てるブダイン。
最初は狼狽えたものの、ここには証拠は一切ない。全てはダンジョン奥に仕舞ってある。
その辺りもブダインの自信に繋がる。
にやりと笑い突っぱねるブダイン。が、
「……ダンジョンの21階と24階にあった【闇の指標団】のアジトは壊滅したぞ。それともう一つのダンジョン賊【駆け抜ける迷宮団】とやらもな。……オマケにそことお前の処との関係も明らかになった」
「!」
声には出さなかったが、一瞬、目が大きく見開かれる。
ブダインの頭の中では、
――そんなはずはない! 提督の方から軍が動くという情報は一切入っていないぞ。秘密裏に動いていた? ありえん。軍がダンジョンに入ったという話もない。迷宮ギルド、冒険者ギルドからも何も情報はない。それにあれだけの人員がいる。戦闘に長けた者達だ! 何故、何故?
カマをかけているのか? ハッタリか? そんな事で尻尾を出すと思ってるのか? だが、確かに隠れ家のある階層だ……。知られていないはずの……本当なのか?
グルグルと頭の中で思考が氾濫する。もしも言ってることが本当であれば
「……しょ、証拠は? 明らかになったという証拠を見せていただきましょう!」
「……うむ。このような証拠の書類やら書付がわんさかと出てな。で、ブダインよ。何の呪いだ? こんな護符など売りおって……」
カンイチが集めて来た書類。その束をぱらぱらとめくるアカジン。
再び大きく開かれるブダインの目。
欲で濁った瞳に映るのは確かにブダインがダンジョン奥、盗賊のアジトに仕舞った書類だ。その全てがここに在ると。嫌でも理解させられた。
視線を、ぐるりと巡らせるブダイン。手練れの兵に囲まれている。特にアカジンの率いる【帝国軍】の精鋭部隊だ。逃げることはできない。
「わ、私は、イヅーミー様と親しい間柄ですぞ……その辺り、よくご存知のことでしょう?」
そこで最後の手段……。日頃からこの国の最高権力者。イヅーミ―提督に賄賂を貢いで得た虎の威を発動する。も、
「その恫喝は無駄。とりあえず、屯所にいらっしゃいな。ブダイン」
「! 貴方様はダ、ダリオン様……?」
隊の後方に控えていたダリオンがブダインの言葉を切る。帝国の諜報員のエルフ。全てが帝国に露見したことを知る。
「うん? ダリオン君。知り合いだったの? やっぱグル?」
「挨拶を受けた程度ですわ。それこそイヅーミ―提督の舞踏会だか……だったかしら?」
「ふ~~ん。どうせ裏で糸引いてたんだろう? 君のところが?」
「私は存じません」
ともなれば、イヅーミー提督は自身の身の保全のため、商人、ましてや盗賊なんかは切り捨てる。
それに大公の家系だ。後はどうとでもなる。
どうにもならないのは退路を断たれた己のみ。待っているのは斬首のみ。
「……観念するのだな。縄を打て」
「も、もはや、これまで! き、貴様らぁ!」
懐のナイフを引き抜き、拘束しようと近づいた兵に切りつける。も、練度の高いアカジンの隊、難なくブダインを取り押さえ、地に組み伏せ、ナイフを持つ腕の肘を逆に折り、砕く。
「ぎげぇ! げぇ!」
すかさず自害防止の猿轡をかませ、ロープで簀巻きに。
「ほぅ。見事なものだ」
と、頷くガハルト。
「……ダンジョンの警備なんていうがな、実際は騒ぎを起こす冒険者共の取り締まりが主だ。町の衛士と大してかわらんよ。よし! 踏み込め! なるべく生かしてな。抜いたのは印付けておけ」
「うん? 斬り捨てぬのか? アカジン殿。この練度なら問題ないと思うが?」
「……今回は特にな。生きた証言が必要。……で、印のついた連中は少々取り調べが過酷になるだけだ。ま、どいつも盗賊だ。最後の行きつくところは変わらぬがな」
「違いない」
腕を組みうんうん頷きながら話をするアカジンとガハルト。
「……この書類はこっちで預かって良いか。何処まで……は保証できぬがな」
何処までとは掃除の出来る範囲だ。どうしても権力者、高位貴族やその関係者となると手が出せなくなってくる。それに、そういった”駒”のやり取りを行うのはさらにその上に君臨する大貴族の最も得意なところだ。
「ああ。問題ない。お国の御都合もあるだろう。ダリオン殿と貴殿に任せよう」
「……それでも、ギルド関係者くらいは爵位持ちでも始末できるだろうさ」




