べ、便所じゃと?! (スライムとは?)
……
1日目 地下3階
黙々と歩くカンイチ一行。
「親方、地図みせてくれんか?」
「ん? どうしたんじゃ? カンイチ?」
「一つの階層はどれだけ広いかと思っての」
「ああ。これじゃ。今はここでの……ここから降りて、……で、この階段を目指しちょる。ちゃんと歩けば一階層一日くらいじゃろうか?」
「ほう。結構広いのぉ……」
「ほっほっほ。カンイチよ。下の方はもっと広い階だぞ」
「うん? もう飽きたのか? カンイチ?」
「いや、そういう訳じゃないがの。同じ景色、この暗さがな。よくもまぁ、イザーク君は普通じゃな? つまらなかろうが?」
早くも変り映えしない風景に辟易しているカンイチ。
「え? だって、ダンジョンですし? いずれは入りたいと……夢? ほら、絵本やら、冒険譚にはつきものですし?」
「ほ~~ん。そりゃぁ夢が叶ってよかったのぉ。イザーク君」
「……そうでした。カンイチさんて他所の世界の人ですものね……。関心ないですよね? ダンジョンなんか……」
他所の世界。とはいえ、ゲームに慣れ親しんだ若者なら関心、興味もあるだろうが
なにせ、現地では99歳の爺様だったカンイチ。変な話だが、この狭く暗い通路。戦時中、息を殺して身を潜めていた塹壕を思い出すくらいだ。
「イザーク君には悪いがの……。それにしても、もっと、こう、”もんすたー”とやらが、わらわら出て来て賑やかじゃと思ったが……」
「先も言っただろうに? 渋滞するくらい沢山人がいるんだ。皆、出た端から狩られちまう。が、安心しろカンイチ! 下に行けばわんさか、そのモンスターがカンイチが下りてくるのを待ってるぞ。くっくっく」
「……お宝いただくのも楽じゃないのぉ。のぉ、アールよ」
「はぁ? 当たり前だろうに? 何度も言ってるだろ? カンイチ君! 只でホイホイお宝くれる訳ないだろうに!」
「ああ、しかも、未だ3階だぞ。カンイチ。10階――いや、この面子なら20階抜けてからが本番だろう」
「そうかの? 20階かのぉ……。ぉうん?」
カンイチ達と並走するように大きなネズミがチョロチョロと。
「ああ、あれがオオネズミだ」
オオネズミと聞いてカビバラを想像していたカンイチ。が、大きさは小~中型犬くらいか。よく見ればカビパラのように愛嬌のある顔ではなく、剥き出しの大きな前歯、ばさばさの体毛、毛のない長い尻尾。ヌートリアに近いか。
「結構でかいの。あんなのに集られたらたまらんな」
「ああ。普段はああやってコソコソしてるが、怪我人連れて退きあげる時なんざ、血の臭いを嗅ぎつけてか、目を真っ赤に光らせて襲い掛かって来るぞ」
「ほ~~ん。アレは地上にもいるのかの?」
「ああ、下水やら河原にな。泳ぎが得意というぞ?」
「ほ~~ん。川にのぉ。よくみりゃぁヌートリアによぉ似ているの。確か、毛皮がとれるんじゃったか? ひとつ狩るか?」
日本の中部やら関西の方で野生化し、農作物やら堤防崩壊などで問題になっていたニュースを思い出す。多少、害獣駆除に携わっていたカンイチだ。
元はカンイチのいう通り、毛皮をとるために輸入、飼育されていた生物だ。
「は? いらんだろ。ドロップだってしれてるだろう? オオネズミだぞ。オオネズミ」
「んむ? そうじゃった……。消えるんじゃったな。ここのは」
ダンジョンモンスターは倒すと消えることを改めて思い出す。皮を剥ぐ前の問題だ。
「ええ。それに尻尾とかですよ。ドロップ。そうそうこの階には掲示板にスライムがイレギュラー湧きしているって書いてありましたね。気をつけましょう」
「お! やっと、”すらいむ”という奴が見れるのかの?」
カンイチがこの世界に来てからの『謎』事項の一つ。その謎が明らかになるかと目を輝かせる
「うん? スライムか? 便所の底にいただろうが?」
「な?! べ、便所じゃと?!」
ガハルトの言葉に驚くカンイチ。
「知らなかったのか? てか、気が付かなかったのか? カンイチ? ま、普通のは半透明だもんな。暗がりと併せて見えづらいわなぁ」
「ええ、俺たちじゃ常識ですからね。寮は水洗でいなかったし? あ、下水にはいますよ。それ以外は……。カンイチさんが良くレストランは水洗だし? 俺達野営の方が多いでしょ? 野営は穴掘って……でしたし? 宿や小さい食堂ならいますよ」
「まぁなぁ。ま、今度、宿屋の便所に入ったら底の方をランタンで照らしてみるといい。はっはっはっはっは!」
「……お、おう」
――便所にスライムだと……どういうことじゃ? お、襲われはせんのか?
驚愕の事実を突きつけられたカンイチ。いままでの宿やレストランにもいたのだろうかと。で、知らず知らずのうちに御世話になっていたのかと。チラとアールカエフに目をやるカンイチ。お手上げポーズのアールカエフ。
「スライムは何でも食べる――というより吸収? するから、そういった処理に向いてるんですよ。増え過ぎないように注意しないといけませんけど」
と、イザークが説明
「ああ、食わせりゃ、増える。どこぞの町で予算ケチって、スライムをぞんざいに扱って下水からスライムが”溢れた”事件があったな。で、町の住人の半数が食われたとか?」
「は!? はぁ! ……なんともおっそろしい、便所じゃな……」
「便利、便利というが、もともと結構厄介な魔物だしな。モノによったら胃液? 溶解液を飛ばしてきたり、口や鼻に侵入して窒息させたり、毒を持つ奴だっている。ナメちゃいけない魔物だわ」
「師匠、ガハルトさん便所の話もいいけど、前! なんか来るぞ!」
「うん?」
「わしにはよう見えん……お!」
……




